日記と短歌
by papiko
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酔えぬままいっそ伝えてしまおうか終電なんて口にするなよ
 テニスサークルという未知の世界で大学生活をエンジョイしている下の妹から、恋愛相談を受けてまごついた。私が彼女より六年ほど先に生まれて結婚をしたものだから、彼女は私のことを恋愛経験豊富な人だと勘違いしているらしい。私が片思いと妄想に青春時代と便箋を捧げていたそのころ、彼女はまだ幼すぎて、そんな姉の切ない状況を把握できなかったのだろう。
 いろいろ提案はしてみたものの、どれもこれも少女マンガに出てくるような作戦ばかりで、妹に「うーん・・・」を連発させるだけさせて、結局気の利いたアドバイスは何もできなかったけれど、話をきいていて、恋っていいなぁと思った。想ったり、想われたり。言ってしまったり、言えなかったり。

 昨日の夜、夫と喧嘩をした。喧嘩を始める前に「再沸騰」のスイッチを押した電器ポットが、喧嘩をして無言になったころに、ピロロンピロンと呑気な沸騰完了の音楽を鳴らし、それがやけに悲しくて、喧嘩をするまえにセットしたお湯の沸いた部屋にいたくなくて、私はそのまま寝てしまった。
 私の感覚は身勝手で、喧嘩をしている真っ最中は、あなたと出会って以来自分はずっと怒っているのだ!というような気分になっているし、逆に喧嘩をしていない仲良しのときは、あなたと喧嘩をする日があるだなんてちょっとした冗談でしょうというような気分でいる。喧嘩をする自分と喧嘩をしていない自分を別人のように感じ、喧嘩している時と喧嘩していない時を、それぞれ別々の次元で起こっている出来事のように捉えている。
 それが昨日、ポットの合図によって、喧嘩をしていなかった時間と喧嘩になった時間とが、ひと続きの時間の流れのなかで、ほかでもないふたりのなかで起こったことであるということに気づかされ、「取り返しがつかない」という言葉につきあたり、悲しくなったのだ。ポットのスイッチを押した後に喧嘩をしなければ、御湯が沸騰した合図のときだって、喧嘩をしていなくて、「沸いたね」と会話をできたのに。もう、「沸いたね」の会話は、取り返せない。ほんの数分前の、喧嘩をしていないときの私の心が、喧嘩している現在の私に追いついてきて、ポットのお湯を隔てた時間と出来事が、別人じゃない一人の私が経験した一連のことになった。

 そんなふうに喧嘩もして、日記でもあれほど虚しい気分について語っていたのに、今日は虚しさを感じることもなく、比較的前向きな気分で仕事をして帰ったのだった。明日がお休み、というのもあるけれど、それ以前に私は、どんな感情も、一日以上持続できない人間らしい。
 決して気持ちの切り替えがうまいほうではないのだが、ただ、やたら眠りが深いらしく、一度眠りに落ちたら朝までぐっすりどっぷり眠り続けるので、目を覚ますと感情がほぼ真っ白にリセットされていて、寝る前まで自分の心を覆っていた気分を再び手繰り寄せるのには、相当の時間がかかってしまうのだ。大抵の朝は、昨日を手繰り寄せるより先に今日の感情が動きだして次から次へと呼び鈴やら口笛やら舌うちやら警報を鳴らし始めるので、そういうわけで昨日のことは、引きずり出さないまま終わる。
 これは一体、いいことなのか、悪いことなのか。眠りが浅くて昨日をちゃんと持ち越すことができれば、考え事がもっと深まっていけるのだろうか。しかし、深い眠りのおかげで絶望せずに済んだことがいくつもあるし。

 読みたい本がいっぱいあって、図書館で予約したのも明日には届きそうで、それに編み物もしたくて、そわそわする。編み物をしながら本を読めたらいいのに。
by papiko-gokko | 2008-10-31 23:46 | Diary
漂っている幸せと吹き抜ける虚しさ今日は踊り明かそう
 寒い。一時間ぐらい我慢していたら、くしゃみと鼻水と眠気が止まらなくなったので、この秋はじめて、暖房と加湿器のスイッチを入れた。コタツ布団、もう少し早くクリーニングに出せばよかったなぁ。
 寒い日が続くと、編み物の針を動かすピッチが自然と上がっていく。早く早く、編み上がった帽子とマフラーであったかくなりたい。ここのところ根を詰めすぎたせいか肩こりがひどいけれど、楽しいから、そんなことけっちゃらだ。よし編むぞ。早く、早く、部屋よあったまれ。「早く」は、冬に生まれた言葉のような気がする。

***

  漂って掴み切れない幸福のなかで立ち尽くし、ふいに吹き抜けていく虚しさに後ずさりして、わかりやすい追い風を待ちながら、枝毛を見つける作業だけ、着々と、うまくなる。
 虚しさはいつでも、プールの底に映る波紋のように、私の底で揺れている。それは同時に、カビの生態にもよく似ていて、カラリと乾いているときにはふわふわ浮遊していて見えないけれど、少しでも心のどこかが湿っていたり腐りかかっていたりすると、ぶわぶわそこに集結して瞬く間に正体を現しながら増殖し、ムダだよムダだよと、青緑色に視界を覆いながら嗤う。
 虚しさから一時的に逃れることはできても、完全に心の中から葬り去ることは出来ない。がんばるぞ!とか、楽しい!とか、まっすぐ思えたひと時の力が強ければ強いほど、その反動でふいに吹き抜ける虚しさの気配は冷たく、その冷たさに目を覚まされたような気がして、しばらく元気を出すのが怖くなり、目を伏せてぼんやり歩く癖がつく。伏せた目には、プールの底の波紋みたいな虚しさがゆらゆら映って、穏やかで、退屈で。それを眺めるともなく眺めながら、何かのきっかけでまた再び目を覚まされたような気持ちになり、がんばるぞ!とまっすぐ思えるひと時が巡ってくるのを、ぼんやりぼんやりと待つ。
 朝、一昨日で賞味期限の切れてしまった牛乳片手に虚しさをおぼえ、昼、いらない書類をシュレッターにかけながら虚しさに駆られ、夕方の帰り道、急いだのに信号が赤に変わって虚しさに捕らわれ、夜、悪いニュースを見て虚しさに浸り。誰もがこの虚しさを底に映しながら、生きているのだろうか。それとも私は割り切るのが下手だから、それでこんなに毎日だらだら虚しくなるのだろうか。
 今日は、空回りの一日だった。私のこれまでやってきたことはなんだったんだろう・・・と、虚しい気持ちになることが、いくつも重なった。しかたない。こんな日もあるよ。

  そんな気持ちで、エレファントカシマシの、「ライフ」というアルバムを聴いている。いい。ある程度の立場が定まって落ち着いている、気だるく平穏な生活で、積極的な葛藤や決意があるわけではなく、自分の日々を一応受け入れながらも、そのなかで、とりとめもなく考える疑問や、どこからともなく漂ってくる憂鬱が、ゆったり流れ出してくる、そんなアルバム。全体を通して、最近の気分にすごく寄り添う内容だ。特にぐっときた歌を、いくつかここに。

暑中見舞い-憂鬱な午後-youtube
普通の日々youtube
かくれんぼyoutube
あなたのやさしさをオレは何に例えようyoutube

 虚しさにとらわれた時、エレカシを聴くと、抱いていた虚しさが、だんだんと生きることへの愛しさに変わっていって、布団のなかで泣き疲れた後みたいに、静かにまぶたが重くなる。エレカシのおかげで、心地よい夜です。
by papiko-gokko | 2008-10-30 12:54 | Diary
謎めいた君の机の引出しに滑り込ませるため書く手紙
 明日、社長が営業部にやってきてファイリングしてある書類などの点検することになり、その際ひとりひとりのデスクの中までチェックを行うというので、みんなして大急ぎで片付けた。私のデスクの一番したの引き出しには、お昼休みを楽しむための文庫本とお菓子とレターセットが、大量にストックしてある(しかもだらしがないので、ぐちゃぐちゃに入っている)。そんな自分ワールド全開な引き出しを見られたら、大変だ。どうしようどうしようとあたりを見回してみたがよい隠し場所も見つからず、おろおろしているうちに閃いて、小包を入れる配達用封筒を借りて全部詰め込み、発送予定の小包っぽくして机の下に置いておくことにした。完璧だ。
 狼狽していたのは私だけではもちろんなく、隣の席では同僚のエビちゃん(仮名)が、一番上の広い引き出しに整然と並べて入れてあったマニキュアやらリップやらの乙女グッズを一生懸命片づけていたし、向かいの席では、担当の営業さんが何やら大量に捨てていたし、「勘弁してよー」と嘆きながらゴチャゴチャの引き出しを前に頭を抱えている営業さんもいた。机の引き出しなんて、会社で唯一許されているプライベートゾーンなのだから、そうなるのも仕方ない。なんだか、学校の抜き打ち検査みたいで、大の大人がみんなして屈み込み引出しの中をひっくり返しているのがおかしくて、笑いながら片づけた。
 他人のデスクの引き出しは、宇宙の入口みたいだし、それにちょうど、玄関にも似ていると思った。開いた瞬間から、自分とは全く異なるその人特有の味わいや性分が、ぶわっと濃縮されて漂ってくる感じ。どぎまぎもじもじする感じ。そういえば、ドラえもんは、のび太の机の引出しを、タイムマシーン使用時の玄関として使用しているなぁ。さすがドラえもん。あぁ、ドラえもん、もうそろそろ、私のとこにくればいいのに。 

 そんな感じで、楽しい時間もあったのだけれど、なんとなく、もやもやっとすることもあった。営業さんに厳しく言われたりとか、そんなことは平気なのだ。そのときは打ちのめされて泣きそうになるけど、うちに帰るまでには、負けるもんか!という気分になり、ケロッとしている。しかし、事務員同士の、つまり、女同士のもやもやには、潜伏期間があって、家に帰ってお風呂に入っているときなどに、なんであのときあんなふうにされたんだろう・・・と、ふいに憂鬱が立ち上ってきて、だんだんと心を塞いでいく。
 営業部にはひとりだけ年上の事務員さんがいて、責任感があってとても頼れる優しい人で、いじわるなんてもちろんしないのだけど、なにげない言動の節々から、私のことを全然信用してくれていないなぁと感じる。サワッとファーで首筋を撫でるような疑いの眼差しが、じわりじわりと、私を圧迫し、前向きな意欲を削いでいく。それはきっと気のせいで、私が、単純に、仕事ができないんだから、仕方ない、あんなに素晴らしくていい人が、わざと私を憂鬱にするはずがないと、理解しようとするのだが、理解の姿勢はもやもやをあやふやにするだけで、消えるどころかひろがっていくばかり。
 年上の女性は苦手だなぁ。どう関わっていいのかわからない。幼稚園のころからそうだった。年少のころは一刻も早く年長になりたかったし、小学一年生のころは、一刻も早く高学年になりたかった。長女だからなのかな。そういえばこれまでの人生のなかで、年上のお姉さんと仲よくなれたり、分かり合えたり、ちゃんと打ち解けたことがない。とにかく、職場の人とは距離を保って、仲良くしようとしすぎないことだ。仲良くしようとすると、小さなことがチクチクしんどくなる。もやつきそうな気配がしたら、さっとドライにテンポよく、交わしていこう。
by papiko-gokko | 2008-10-29 22:30 | Diary
何処でどう生きても生命そのものが抗いようのない大自然
 今日、印象に残った仕事のこと。取引先の人から、担当営業さんのパソコンで開けないファイルが添付されて届き、ちょっと私のパソコンで開いてみてくれと頼まれた。恐る恐る開いてみたら、私のパソコンでもやはり、ヴァンッと警告文がでてしまう。「なんか、危険な可能性がありますけどいいですかって出ます」と営業さんに伝えたところ、「じゃ、その危険冒してみてください」と、受話器片手に忙しなく返され、その言い回しが大変気に入ったので、残業してがんばることにした。
 昨日のミスを少しでも償おうと、解凍を試みたり謎のフリーソフトをインストールしてみたりやけくそでアイコン連打してみたり、あれこれ悪戦苦闘したのだが、しかし努力の甲斐なく、そのファイルは死んだシジミみたいに頑として開かなかった。肩を落として、「ソフトを入れてみたりしましたが、開きませんでした・・・」と、報告すると、営業さんは「いっすよ、あっす。(いいですよ、ありがとうございます)」と、ファックス送信しながら労いの言葉をくださった。いっすよ、あっす。嬉しかったけど、もはや他国語。会社を出た後もその言葉が頭から離れなくなり、「イッスヨアッス!」という、素っ頓狂なかけ声で始まる民謡を、頭の中で考えながら帰った。ケチャみたいな感じで、キーボードのエンターキーをみんなでチャカピシ叩きながら、ネクタイ振り回しながら歌えば、カッコいいと思う。

  初めて漬物をつくった。白菜の漬物。先日夫の実家へ行った時に、義母から簡単な作り方を伝授してもらったのだ。ジップロックに白菜を入れて、お酢と塩としょうゆと麺つゆと砂糖を入れて、じゃくじゃく揉んで、二時間ぐらい置けば完成という、面倒くさがりやの私にとっては素晴らしい手順。ちょっと物足りない味のような気もするけれど、初めてにしてはうまくできた。白菜の漬物大好きなので、また作ろう。鍋をするたび微妙に白菜が余って、いい調理法がわからなくて、困っていたのだが、漬物にできるなら万歳だ。

 今この日記を書きながら、あぁ私って本当に限られた小さい世界のなかで小さなことに一喜一憂して生きているなぁ・・・と、つくづく思った。しかし、例え自分が世界を股にかけた仕事をしていたとしても、それでも私は、太陽の動きや海の満ち引きより、そばにいる身近な人の頷く速度や声のトーンのほうに、強く心を揺さぶられると思う。私にいる世界が小さいのではなくて、私の見つめる範囲が小さいのかな。この世の見渡すほどの大きなものは、意識的に見つめなくても、この世の生き物である自分の体のなかにいつでも全部そのまま映っている気がして、太陽の動きも海の満ち引きも、自分のなかに存在している気がして、大きなものを感じたいときには、返って、目を閉じたくなったりする。
by papiko-gokko | 2008-10-28 22:45 | Diary
戦いを挑んでみては思い知る敗北感に恋が紛れる
 編み物が楽しい。楽しくて、くたくたになる。いつまでも続けたいんだか一刻も早く編み終わりたいんだかよく分からない気持ちで手を動かし、あと一目、あと一段、あともう一段・・・と、見かねた夫に「そこまでにしなさい」と、ストップをかけられるまで、ひたすら熱中してもくもくと編み続けてしまう。繰り返すって心地よい。自分がそれを望まない限り、どんな物事も永遠に終わらないような錯覚に、自分をくるんでしまえる。

 今日は仕事で痛恨のミス。稲葉さんが仕事の姿勢について言っていた、「力は抜いて手は抜かない」とは、ものすごく難しいことだ。力を抜くと、同時にぽやんと気が抜けて、気が抜けると集中力が切れて、結果的に重要なところで手を抜いてしまう。仕方がないので明日からは、もう少し力を入れて仕事をしよう。
 仕事で私は誰よりも、担当の営業さんに認められたい。営業さんにさえ認められれば、後の人にはどう思われてもいいぐらい。『一生懸命がんばっている姿』だけで認めてくれるような生易しい人じゃないので、余計に認められたい。辞めるまでに認められたい。ぱぴこさんが担当でよかったと言わせてみせたい・・・けれど、それはもう、この二年間でさんざん迷惑をかけてしまったから、無理だろうなぁ・・・無念だ。
by papiko-gokko | 2008-10-28 00:05 | Diary
階段に廊下に窓に黒板に君の姿を編み込みながら
 高校の校舎を舞台とした、長い長い夢を見た。まるで現実のように、ちゃんと時間を追って進む夢だった。もう何年もずっと私の夢に住み着いている人が数名いて、その人たちは、こなれた様子で私の夢の中を動き回り、夢の出来事をかき回す。やるせないことばかりしたり言ったりして、とても私の潜在意識が生み出す夢だとは思えない。夢は魂の散歩で、時々その散歩のなかで他の魂と出会って、踊ったり喧嘩をしたりするんじゃないかなぁと、寝ぼけた頭で真剣に思った。

 昨日買ってきた毛糸で、編み物を開始した。今年は帽子から完成させる予定だ。編み物をするのはちょうど一年ぶりぐらいになるけれど、棒針と毛糸を構えたら、自然と手が動きだした。骨や筋肉の記憶力ってすごい。
 ちゃかちゃか法則に従って同じ動きを繰り返すうち、動き自体は具体的で細かい作業なのに、なぜだか頭はどんどん観念的で壮大なことに思いを巡らせていた。例えば、本能に組み込まれている法則に従いながらひたすら続いてきた生命の営みだとか、そこから広がる無数の食物連鎖だとか、狂うことなく登って沈む太陽と月と地球の関係や、さらには太陽系の公転のこと、銀河系、何万光年むこうの星たちが定期的に迎えているであろう生と死にまで、ちゃかちゃかちゃかちゃか、リズムにのって思考がひろがっていく。
 複雑に思えるこの世界は本当は、何かひとつの大きな大きな法則の流れのなかにあって、私の命は、こうして何か大きな力にちゃかちゃかと編まれている作品の、細かい細かい編み目のひとつなのかもしれない・・・と、そんななんだかわけのわからない結論に達しかかったとき、ようやく五段ほど進んでいた。先は長い。いい感じの帽子が出来上がりますように。

 コタツ布団と夫のスーツをクリーニングに出すために、ふたりで近所のクリーニング屋さんにいったら、店員さん(いつものおばちゃん、たぶん夫婦で営んでおられるのだろう)は私の顔と以前の会話を覚えてくれていたようで、データを見ながら「あ、あなた苗字かわったんだったわね」と言われ、それからスーツの保管の仕方を教えてくれた。ここのおばちゃんはいつも、クリーニングに持って行った衣類の保管方法を教えてくれる。
 クリーニングを出し終えてからすぐ向かいにある八百屋さんへいったら、今度は夫がそこのおじいさん店長から、「あれ、今日はメガネかけてないんだね」と言われてはにかみ、顔を覚えてもらえていることに、ふたりで感動しながら帰った。顔を覚えてもらえていることが、どうしてこんなに嬉しいのだろう。店員と客以上の会話を交わすことができると、近所の大人に頭を撫でてもらった子供みたいな気持になる。
 職場では、私も夫もしっかり大人でいなければいけないけれど、自分の親やもっと上の世代の方がほとんどのお店を営んでいるこの商店街では、どちらかといえば大人より子供に近い立場でいられる。大人としてピンとしているより子供のように扱ってもらえるほうがまだどこか心地よくて、だから自分の親より年上の人に自分の顔を覚えてもらえていたりすると、ちょっとだけ甘えることを許された気持ちがして、ほっと、嬉しくなるのかな。
by papiko-gokko | 2008-10-26 22:28 | Diary
増えていく電化製品常備薬そろいの食器ふたりの暮らし
 土曜日。二度寝三度寝を心ゆくまでしてから、十時半ごろもたもたと起きて、夕方の出かける時間まで、家の掃除をしていた。私も夫も家にいない時間が長いのに、それでも一週間生活すれば、部屋は散らかる。部屋のあちこち散らかった衣類や本ひとつひとつに平日の溜息が宿っているような気がして、なるべくテキパキさっさか片づけ、「強」のメモリに設定して掃除機をかけた。洗濯も干して、さっぱり。平日を一掃するための休日、休日を満たすための平日。
 綺麗になった家のなかを改めて歩きまわって見ると、この家に引っ越してきた一年前に比べて、電化製品がいくつも増えている。それから、常備薬も飛躍的に増えた。この一年のうちに、いずれかが、風邪をひき、おなかをこわし、頭痛を訴え、耳が痛くなり、鼻炎に悩まされ、筋肉痛を起こし、口内炎に苦しみ、そのたびに薬局で薬を買ったり、病院で処方してもらったりした。ありがたいことに、大抵全部飲みきらないうちに治るから、そういった薬が次にまた同じ症状になったときのために、常備されていく。

 夕方は、仕事だった夫と待ち合わせて、池袋で買いもの。まずはキンカドウで、毛糸玉を買った。濃いグレーの毛糸を、十玉。去年は違う色三色でマフラーを編んだけれど、今年は同じ色で編むことにした。マフラーと帽子、お正月の帰省までに、つくれたらいいな。明日から早速はじめよう。
 それから東急ハンズへいき、夫と別行動で買い物をした。彼とは見たいものが違うから、東急ハンズではいつも大半の時間を別々の階で過ごす。私は防災用品やら日用品の階が好きで、今回もそこへいき、結露防止のテープとスプレーを購入。東急ハンズで出会う便利グッズ大好きだ。
 サンシャインで夕食を済ませてから、パルコへ。西武ライオンズの優勝セールで10パーセントオフだったので、この機会を逃す手はないと思い、念願のコートを買った。これから秋が深まってきたころはおるのにちょうどいいような素材。先日深緑色のワンピースに一目惚れして買ったのと同じearth music&ecologyで、今回も選んだのは深緑色。どうやら私は、このお店の洋服の深緑色がとても好きだ。ぐわっと引き寄せられる。
 洋服を選んだあとは世界堂へ行き、夫が文房具を物色。彼は無類の文房具ラバーである。本と文房具が趣味だなんて、お金がかからなくて素晴らしい。私がずらりと並んだ色鉛筆やクレパスのコーナーでヘラヘラ楽しくなっているうちに、彼は布に絵を書けるペンを買っていた。
 
 うちへ帰ったら九時半で、半分ぐらい観ていた「おもひでぽろぴろ」の後半を見た。最後泣いてしまった。こんなに泣ける作品だったっけ。子供のころの記憶って愛しい。思い出すことのできる過去って、愛しい。
by papiko-gokko | 2008-10-26 00:37 | Diary
夕暮れのひとちがい皆それぞれに遠い誰かの面影を持つ
 昨日の日記が全体的に恥ずかしい。一文字一文字、宇宙に通じる掃除機で吸い取って無重力に返したい。
 日記を読んで、メールを送ってくださった方が二通あった。どちらも落ち着いた言葉遣いで日記についての考え方を書いてくださっていて、考え方が大人で、筋が通っていて、そうかぁと目から鱗を落としながら、あぁ自分はなんて子供じみているんだろうと、すっかり反省した。青臭いというか、浅はかというか。
 大人の思考に触れ、なんだか、お医者さんで散々イヤダァと泣いて駄々こねながら診察を受けたのちに看護師さんからキャンディーをもらって、しゅぽんと安心し落着きを取り戻した子供みたいな気分。それじゃ困るよ、しっかりしよう25歳。
by papiko-gokko | 2008-10-24 14:37 | Diary
楽しくて全部そろっているけれど どれもこれもが前ほどじゃない
 いろいろもわもわ思って(その、いろいろもわもわ部分は、一夜明けて読み返して恥ずかしくなって削除しました)、コメント欄はきっぱり外して、メールフォームにしました。
by papiko-gokko | 2008-10-23 14:51 | Diary
静けさは誰もが眠るからじゃなく眠れぬ人がそれを聞くから
 昨夜夫と喧嘩をして、仲直りせず不愉快な気持ちのまま眠りにつき、今朝も今日出すゴミについて以外ほとんど会話をしないまま、目も合わせずに家を出た。最近平日はいつも私のほうが早く出社し夫のほうが遅く帰るので、一緒にすごす時間はせいぜい二、三時間。そのわずかな時間を喧嘩に費やすなんて、もったいない。もったいないけど、腹が立ったのだから仕方ない。火曜水曜あたりは、お互い精神的に一番しんどくなっていて、些細なことも気に障ってしまう。昨日は炒飯に入れた具のことを発端にして、みるみるややこしい内容の喧嘩へと発展していったのだった。頑固者の減らず口同士、ひとたび喧嘩が始まると、お互いつべこべつべこべ屁理屈捏ねて、目も当てられないことになる。
 恋人同士のころから喧嘩はそれなりにしていたけれど、恋人の喧嘩に比べて、夫婦喧嘩のほうが、ずっとくたびれる。言い合えば言い合うほど、日々の鬱憤が発散されるどころか、追い詰められて息苦しくなるばかり。これが、ともに生きるということか。
 恋人同士のころの喧嘩はたとえば、誰のものでもない砂浜で互いの砂城を崩したり埋めたりしているような気分だった。それに対し、夫婦喧嘩は、せっかく手に入れた二人専用花壇で、せっかく植えたふたりの植物を、蹴散らして引っこ抜いて荒らしているような気分。誰のものでもない砂浜ならば、荒らしたままそこを去ってしまえばそれで終わりだし、謝って壊した城を作り直すのも直さないのも、お互いの勝手だ。いくら荒らそうと時とともに波にさらされ元に戻る。しかし、ふたりの花壇を手に入れてしまった以上、私たちの花壇を管理し手入れできるのは私たちしかいない。荒らしたらそのぶんだけ、自分たちでまたきれいに元に戻すしかない。それをわかっていながら、それでも荒らさずに居られない日があって、決め事や理念の花を無遠慮に鷲掴んでは引っこ抜き、投げつけ、もう引っこ抜くべき花の見当たらなくなって、引っこ抜いた植物の根っこが散乱した土の上、どっと疲れが押し寄せてくる。
 昨晩はともかく不愉快極まりなく、寝つきのいい夫の健やかな寝息さえ腹立たしく、わざと激しい寝返りを打ったら、「どしたぁ」と寝ぼけた声を出してきて、急に全部がアホらしくなり、できれば明日は仲良くできればよいと思った。

***

 今日は仕事で珍しい見積がきて、金額を出す為に参考資料を揃えておいたら、担当の営業さんに「これ、ぱぴこさんがやったんですか、すごいっすね」と褒めてもらえた。彼は「仕事を一生懸命やるのと、仕事ができるのとは違う」とスッパリ言いきる厳しい人で、めったにほめてくれることなんてないので、たまにお褒めにあずかると、こうして日記に書いてしまうほど嬉しくなる。この営業さんのスッパリした潔い感じに、私は好感を持っている。これまで、幾度となくそのスッパリにザックリ切られて、トイレに駆け込み泣いたけれども、おかげで鍛えられたし、なんだかんだで、私の心は担当の営業さんに、もうすっかり懐いている。会話はほとんどしないので、人間関係としてはまったく懐いていないけど、その存在に。
 先日ワンピースを褒めてくれた義姉といい、こうして半年に一度ぐらい褒めてくれる担当の営業さんといい、自分が手ごわいと感じている相手から褒められるって、快感だ。やはり、手ごわいと感じる相手にほど認められたいと思うものらしい。私も誰かにとっての手ごわい相手になりたいけど、何に対しての自信もないし、基本的に甘やかされていたい私は他人のことも甘やかすほうが好きだから、手ごわくなるのは、無理か。 かかってきなさいだきしめるから。
by papiko-gokko | 2008-10-22 12:07 | Diary


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