日記と短歌
by papiko
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思い出すことがたくさんありすぎて夏の終わりの日なたスキップ
 八月が終わる。今日は夫の実家へ行き、家の車を借りて横浜の街へ買出しに出かけた。入道雲が気持ちよくて、B'zのCDを持ってこなかったことが悔やまれた。夏の終わりに持ってこいだというのに。日なたの駐車場で子供がスキップをしていて、嗚呼あの子明日から久々の学校なんだなぁ・・・と思うと、急に切なくなってきた。

 大学生のころは夏休みでなくても休みが多かったし、中学高校のころなどは夏休みでも部活があったり補講があったりして夏休みの終わりに対する寂寞感がそこまでなかったから、思い出すのはやはり小学生のころの夏休みだ。小学生の夏休み、私は妹たちと毎日毎日あそんで過ごした。ちょくちょく友達とも遊んでいたけれど、どちらかといえば妹と遊ぶほうが好きだったから、喧嘩して自分か妹ふたりのうちどちらかが泣くまで、ゲラゲラドタバタ遊び続けた。
 低学年のころは日がな一日ごっこ遊びをしながら、同時進行で水遊びをしたり砂遊びをしたり近所の探検してみたり、やりたいことがいくらでもあって、夏休みの私たちに退屈という概念はなかった。高学年になってからは、上の妹と二人で、当時手に入れて間もなかったスーパーファミコンの「ドンキーコング」を必死でクリアした。最後のあたりなかなかクリアできなくて、私も妹も半泣き状態だったことを、未だに二人でよく語り合う。

 母がいつも家にいた夏休みは、おやつの時間になるとかき氷をつくってもらって食べた。母が仕事にでていた年の夏休みは、アイスバーを次から次へと平らげすぎてお腹を壊した。長女の責任として毎日一時間の勉強タイムを定め、私が宿題をするとき必ず妹にも「夏休みの友」を広げさせて、居間のテーブルでもくもくと宿題をしていたころもあった。私が小学生のころ下の妹はまだまだ小さくて宿題なんてなかったけれど、同じテーブルに澄まして座り、お絵かきしたりなんかしていたものだ。
 読書感想文と自由研究のために、連れ立って図書館へ行ったりもしたが、その後妹がどんな本で感想を書きどんな自由研究をしていたのかは、どの年もほとんど記憶にない。自分のことで精いっぱいだったのだろう。そういえばひとつだけ、私が小学二年生で上の妹がまだ幼稚園児だったころ、ふたりで一緒に粘土の貯金箱を作ったのはよく覚えている。妹がひよこの貯金箱、私が怪獣の貯金箱、海でひろった貝を埋め込んでつくった。妹のひよこの貯金箱、絵の具をそのまま塗りたくった鮮やかな黄色とピンクで、可愛かったなぁ。

 夏休みの印象的な出来事といえば、あれは私が小学五年生で、上の妹が小学二年生ぐらいのころだったか。スピッツの「ロビンソン」と「涙がキラリ☆」が流行っていた夏、岡山の祖父母のところまで、初めて上の妹と二人だけで旅した。あのとき岡山の祖父母は私たちを、なぜだか急に思い立って因島まで連れて行ってくれた。急きょ決まった旅行で夏休み中とあってはどこの旅館も当然空きなど無くて、祖父が手当たり次第電話をかけた結果唯一空いていた古い民宿に泊まったのが、おもしろかったなぁ。ごく普通の家庭の食卓みたいな食堂で、工事作業員さんっぽい人たちと一緒にサバの味噌煮を頂いて、ちっとも広くない薄水色のタイルのお風呂に入って、宴会場のようなやたら大きなお部屋で四人布団を敷いて、私も妹も目を丸くしてはしゃぎっぱなしだった。次の日は日が暮れるまで、因島のプールで泳いだ。おじいちゃんが写真を撮って、おばあちゃんがソフトクリームを買ってくれて、移動中の車の中でも、プールのスピーカーからも、とにかくスピッツの「ロビンソン」と「涙がキラリ☆」が流れていた。
 ちなみに、当時まだ幼稚園児だった下の妹は父と母とお留守番で、母と一緒に私たちの出発を駅のホームまで見送りにきてくれた。彼女は電車が発車するときまでニコニコ笑顔で手を振ってくれていたのに、電車が動き出して私と上の妹が見えなくなったとたん、「〇〇ちゃんも行きたいようー!」と、大号泣しながら電車の背を追いかけたらしい。直前まで、自分も一緒にいけると思っていたのかな。それを聞いた時は、上の妹とうるうるした。下の妹は今でもあの日を根に持っているらしく、私と上の妹があの夏の話をすると不機嫌になるため、なかなか話せない。下の妹の不機嫌を解消するためにも、いつか、姉妹三人で旅ができたら楽しいなぁ。

 こうして書いていると、次から次へと思い出がよみがえってくる。あのころの夏は、まったく今とは比べ物にならないぐらい、忙しかった。忙しかったから、いつもあっという間に終わってしまった。どこかへ連れて行ってもらえる数日間ほどの特別な日と、一か月以上もある予定のない毎日。眼の前に可能性がありすぎて、それらを手に取り眺めるだけでも大変だった。あのころ、楽しい!と感じていたのかどうか、思い出そうとしても日に焼けた肩や腕しか思い出せなくて、今となってはわからないけれど、こうして振り返ってみるかぎりでは、小学生のころの夏休みって、ものすごく楽しかったなぁ。去年のサンダルと麦わら帽子が、次の年には大抵小さくなっていて、永遠みたいな毎日のなかで、どんどん成長していた、あの六年間。

  今日の日記は横浜のことを書くつもりだったのに、すっかり夏休みの思い出日記になってしまった。まぁ、いいか。明日からは九月。いよいよ秋が近づいてくる。
by papiko-gokko | 2008-08-31 23:43 | Diary | Comments(0)
やがて止む雨を見ている軒下でとぎれとぎれの会話が続く
 会社の同期の送別会、一次会だけ参加した。誰かが辞めるたび同期で集まって飲むので、もうこれで5回目ぐらいになるはずだなのだが、何度参加しても距離感がつかめず、何もまともに話さないまま終わってしまう。飲み放題で三時間あれば誰かしらとたっぷり話せそうなもんだけれど、グレープフルーツサワーばかり頼んで、騒がしくてよく聴き取れない会話にアハアハ参加しているうちに終わっていた。大勢の飲み会なんて、そんなものか。同年代であることと同期であること以外、特に共通点があるわけでもないし。
 途中、隣に座っていたの子の気分が悪くなったので、一緒に外に出た。お店を出てすぐの軒下にふたりで座り込み、生ぬるい夜風に当たりながら、ネオンを吸って光る雨粒をぼんやり眺めているうちに、お互いハイになっていた気持ちが落ち着いてきて、ぽつりぽつりと、会話をしつつ酔いを覚ました。周りには飲み屋が連なっていて、狭い路地にも関わらずひっきりなしに人が行き交い、中にはちらちらとたまにこちらを見る人もいたけれど、そんなことちっとも気にならなかった。
 私はお店などで向かい合って話すのよりも、こんなふうに、横に並んで同じ何かを漠然と眺めながら、ついでみたいにぽつぽつと会話するほうが好きみたいだ。目を見て話さなくてはというプレッシャーから解放されるし、会話が途切れても気詰まりじゃない。同じ風景を眺めながら話しているかぎり、そんなにお互いの感覚が離れることはないだろうと、安心して沈黙できる。だから、学生のころも登校時間に歩きながら話すのが、一番本当のことを言えて好きだった。
 ひさびさに顔を合わせた同期の人たちは、髪型以外だれもほとんど変わっていなかったけど、入社したころに比べれば落ち着いていて、仕事の話になると、一年前に集まったころより、幾分愚痴が増えていた。みんないろいろ、大変だよなぁ。

 明日は、夫の実家へ行くことになった。八月は最後の最後まで、バタバタしているなぁ。
by papiko-gokko | 2008-08-30 23:56 | Diary | Comments(0)
君と僕だけが知り得る学問の研究室を手に入れた夏
 今日は一番忙しい、金曜日の月末。昨日心に決めた戦闘モードで月末処理の仕事に打ち込み、そんな自分に軽く酔っていたら、いきなり社長室に呼び出された。こんなことは、二年半勤めていて初めてのことだ。
 私の勤める会社では事務職に昇進や転勤などないはずだし、一体どんな失敗がばれたんだろうかと日々の仕事を振り返ってみても、ありすぎて全然わからない。職員室に呼び出された生徒さながらの気分で社長室へ続く階段をのぼり、登りきったところで初めて目にした『社長室入室の際の注意事項』という張り紙を読んで完全に怯み、ラスボスに挑むような想いで社長室のドアを開いたら、そこにいたのは社長さんではなく(社長は高齢の為めったに出社しない)、社長の次にに偉い取締役の人だった。
 ひろびろとした部屋には、表彰状などの飾られた大きなガラス棚やらドラマに出てくるような美しい応接セットやらがあり、奥には大きな木製のデスクも置かれている。いかにも社長室といったその雰囲気に緊張を加速させながら、就職活動中に読んだマナー本の内容を必死に思い出しつつ一礼して中へ入ると、偉い人はすぐ立ち上がり、朗らかなお顔で自らこちらへ歩み寄ってきた。そして、「やぁ遅くなってしまったんだけども、結婚おめでとうございます」と、なんとお祝儀袋に入ったお祝いをくださったのだ。驚いた。まさかそんな会社のトップの人からお祝いを頂けるだなんて思いもよらなかったから、正式な報告も営業部の所長にしかしていなかったのに。びっくりしすぎて舞い上がり、ひたすら「ありがとうございます」を頭をさげていたら、「ハネムーンはいかれるんですか?いかれたほうがいいですよ、思い出になりますから」と、偉い人は殊のほか気さくに話しかけてくださって、「きっと行きたいつもりです」と、たじたじになりながら変な日本語で返答した。ハネムーンという言葉、久々に聞いた気がする。
 ハネムーン談話のあと、これまでに結婚をした女性社員について幾つかの例をあげてから、「そんなわけで育児休暇もあるから、子供ができてもぜひ続けてくださいね」とも言ってくださって、そのときはもう、「ありがたき幸せにございます!」と、土下座をしてしまいそうなほど恐縮した。私は子供ができたらしばらく育児に専念してみたいと思っていいて、生活が成り立ちそうならきっぱり辞める気なのだけれど、このご時世、そんなふうに言ってもらえるのは、すごくありがたいことなのだろう。あぁ、困った。子供ができるできない以前に、ほかの仕事をしてみたいという気持ちもあるし、すごく迷う。どうしよう。私は後悔をしたくない。後悔をしたくないと思えば思うほど、気持ちが揺らいで、足元がふらつく。ふらつきながら、一歩先に出現するかもしれない落とし穴にばかり目を光らせて、前方を見据えることを忘れている。どうしよう。後悔したくない。
 社長室をでてからも、しばらくは足の震えが止まらなくて、自分はなんて小心者なんだろうかと、階段をよろよろ降りながら、情けなくなった。企業戦士だなんて言葉を昨日ここに書いてしまったことが、恥ずかしい。ラスボスだと思ったら、ご褒美をくださる王様だったよ。なんだかもう、誰が敵だか味方だか、さっぱりわからないけれど、ともか戦士のつもりで仕事をしよう。カッコよくありたいから。
 明日は同期で集まって、飲み会がある。別の営業所でがんばっていた同期が一人辞めるので、その送別会だ。同期が増えることはありえないから、こうしてひとりまたひとりと、確実に減っていくだけだ。寂しい。同期の送別会があるたび、次は誰だろう私かもしれないなぁと、毎回考える。もう一年半近くも昔の送別会で、辞めることになっていた同期に、私も辞めたいよと漏らしたとき、「ひとつの職場でずっと続けられるのなら、それはすごくいいことだと思うよ」となだめられたのを、思い出す。すごくいいこと。変化と退屈の繰り返しで、すごくいいことの実演は、難しいなぁ。

 昨日今日と、つい仕事についてのもやもやばかり書いてしまった。仕事のことは仕事中だけ考えて、日記をかくときには、もっと他のいろいろなことに思いを巡らせたいのにな。気をつけよう。
by papiko-gokko | 2008-08-29 23:57 | Diary | Comments(0)
言わなくていいことだった最後まで目をそらさずに言えないのなら
 仕事中、思わず口をついてでしまった稚拙な反論に、自分でうんざりした。嗚呼、私は聡明でないのだから、やはり外の世界、特に職場では、必要以上のことをしゃべらないようにしたほうがいい。自分も人も不快にしないためには、よいお返事で従うに限る。
 入社したばかりのころは、社外の人と電話で話すのが何より緊張して苦痛だったが、今では社内の人と話すのより、社外の顔も見たことのない相手と電話で話しているほうが、断然気持ちが楽だ。どんなややこしい打ち合わせも、苛立ちこそすれ苦ではない。それはきっとお互いに、相手のことを何も知らず、特に知り合いたいとも思わず、個人的な好き嫌いの感情がほとんどない間柄だからだろう。顔も知らない相手だから、軽い冗談で朗らかに笑い合ったりもできる。ほどよく乾いて風通しの良い関係。一方、社内のことを社内の人と話していると、なんだかびっしょり濡れた服を着たまま、つまらない振り付けで踊っているような気分になってきて、嗚呼、くたびれる。私にだって意見や訴えがあります、私にだってやりたいこととやりたくないことがあります、私にだってあるように、あなた方にだってあるのだと、わかっているから重たくて、纏わりついて、くたびれる。
 毎日毎日、同じ人としか顔を合わせないせいかもしれない。たまには私も営業さんみたいに、たまには外へ出て仕事をしてみたいなぁ・・・なんてことをもんもんと思うのは、ないものねだりの贅沢か。いつまで今の会社で仕事を続けよう。そろそろちゃんと考えなくては。ともかく、ぎゅっと帯をしめて戦闘モードで仕事に臨めば、好きになれないことであろうと、いくらか理想的に、かっこよく働けるような気がする。企業戦士とは、いい言葉だな。
by papiko-gokko | 2008-08-28 22:38 | Diary | Comments(0)
長い長い恋をしたことそれもまた酔って語ればただエピソード
 眠れない夜は、頭の中で数字を数える。数字は私の発音できる言葉のなかで、最も心をからっぽにしてくれる言語だ。いち、にい、さん、しい、と数えているうちに、それまで頭のなかでごった返していたどうでもいい考え事が、だんだんと立ち消えてさざ波になる。数字は足音と似ている。その足音に考え事が次から次へと踏みつぶされきったとき、すうっと眠りの波にさらわれる。
 数字のことを書いていて、思い出したことがある。子供のころに手術をして、全身麻酔を体験した。麻酔を打たれて、自分がいつになったら眠るんだろうかと体を硬くしていたら、看護師さんに「数字を数えてごらん」と言われ、言われる通りに数え始めて、いち、にい、さん、しい・・の、途中あたりで、ずんと意識の輪郭が崩れた。まるで砂場に引きずり込まれていくようにずぶずぶと、一瞬にして眠りに沈んだ。あのときは、術後に麻酔から冷めた時もまた、砂のなかから無理やり引きずり出されたような息苦しさがあって、すごくぐったりしているにも関わらず酸素マスクを自力ではずし、眩しくて目が開かなくて、なぜだか無性に腹が立って、ウガァと泣いた。生まれてすぐの赤ちゃんは、もしかしたら、無性に腹が立って泣いているのかな。恐かったじゃんかなんなんだよもう! っていう気分。
 ちょっと話がずれてしまったが、数字を数えるようになったきっかけは、たぶんあの手術のときの体験からだ。眠りのイメージが砂浜なのも、そのせいかもしれない。砂浜で数を数えながら、寄せては返す眠気の波に、ぼうっとしたりはっとしたり、繰り返す。恐らくこれからも続いていくであろう、私の眠り方。

**

 毎日利用している駅の自転車置き場には、常に二人ぐらいの整備員さんがいて、そのなかにひとり、大変人懐っこくて愛想のいいおじいさんがいる。誰に対してもにこやかに挨拶をくれて、毎日利用する人の顔は覚えてくれてもいるようで、私にも必ず、知り合いを見つけたように気さくな笑顔で「おかえりなさい、今日もご苦労さま」と会釈してくれる。
 人と話をするのが好きな人なのだろう。今日もその方が当番で、私に挨拶をくれたあと、あとから入ってきたサラリーマンの人とも楽しそうに挨拶をかわして、「やぁまた明日かから雨らしいですね」「いやまったく大変で困った」と、少しばかり世間話をしていた。会話を聞きつつ自転車にまたがりながら、あぁいつかこの整備員さんが死んでしまったら物思いに沈む人がたくさんいるのだろうなぁ・・・などと、勝手にしんみり考えてしまった。会うのが嬉しい名も知らぬ人に出会うとすぐ、この人がいなくなってしまったら・・・と想いを巡らすのは、私の悪い癖だ。
 最終的な友人知人の数がその人の価値を決めるとは思わない。けれど、見返りを求めない笑顔を向けた人の数は、多ければ多いほど、その人の一生を包み込む空気がやわらかくなるのではないかと、整備員さんを見ていると思う。あの整備員さんと挨拶を交わすと、「花さき山」という絵本を思い出す。ふもとで誰かが優しいことをひとつするたび、山に花が咲くというお話。あのお話は美しすぎて馴染めない部分もあるけれど、自分の行為によって自分の知らない場所に花がひとつ開くという発想は、優しくて好きだ。あの整備員さんが駐輪場に来た人に笑顔をひとつ向けるごとに、何処か遠いところにある山に花がひとつ咲くイメージが、自然と浮かんでくる。そうやって咲かせた花びらが、死後、魂の起こした風でひらひらと降ってきて、たくさんの人が思い出す。誰かが笑顔を思い出すごとに、その人の、いない世界がやわらかくなる。
 なんて、迷惑な妄想をしてごめんなさい整備員さん。くれぐれも長生きしてください。あなたと挨拶できる日が好きです。
by papiko-gokko | 2008-08-27 21:33 | Diary | Comments(0)
いたいけな君が生み出す疑問符の嵐を走る 僕に任せて
 お化粧がはがれてしまうから、というのはそれだけで、泣くのを我慢するための、とても有効な堤防になる。
化粧を少しもしていなかったなら泣いていたかもしれない。そんな場面が、社会人になってから幾度となくあった。今日も危うく泣きそうで、お化粧お化粧と思ってなんとかこぼさなかったけれど、まばたきしたらまつげが濡れた。マスカラをつけていなくてよかった。まぶたがかぶれやすい為、いつもお化粧はファンデーションとチークと口紅だけで、アイメイクは全然しない。だから、泣いてお化粧が崩れるといっても大した変化はないのだが、それでもやはり、顔をせっかくよそいきに塗っているのだからという気持ちは、涙をこらえる力をぐっとパワーアップさせてくれる。今日塗った分量のファンデーションより安い涙を流してたまるか。ぐむぐむ目を見開いてこらえながら、私も一応外見を気にする女なのだなぁと、冷めた部分で考えた。そういえば男の人はお化粧をしていなくて、思う存分手の甲でぬぐえるのだから、泣きたいときにぼろぼろ泣いたらいいのに、どうして女の人よりも泣かないのだろう。あの人たち、なんであんなに強いのだろう。

 家にいるのがなにより大好きだけど、外に出て働くことは嫌いじゃない。だから自分の仕事を好きになりたいし、自信を持てるようになりたい。女性が自分の仕事に自信を持って働くために必要なことはなんだろうかと考えたとき、身につけなければならないことよりも、切り捨てなければならないことが多いように思えてきて、そこで思考がいきづまる。今の仕事をこの調子であと何年続けても、私はこの仕事を好きにはならないだろうし、自信がつくこともないのではないか。
 書店で働く夫は、自分の仕事を好きという。それを聞いて、心底うらやましく思う。私も本を扱う仕事をすれば、自分の仕事を好きになれるのかな。そういうことではなく、気持ちの持ちようだろうか。外の世界に、ひとつでいいから自信が欲しい。

***

 ものすごーく久しぶりに、人間ごっこの「ごっこ遊び」を更新しました。もう二年位このページは更新していなかったのだけど、昨日夫から、「短歌は短歌でしかないけど、あれはせっかくぱぴこっぽいんだからやるべきだ」と、なぜかにわかに言われたので、目についたモノをお題にやってみました。出来あがった作品を読んだ後、夫はふきだして、「これでこそだ。短歌はあくまでも短歌だから、ぱぴこ本来のイタさが存分に発揮できてないのだ」とのこと。なんだ、バカにしたかったのか。でも、ひさびさにやったら楽しかったから、これからはまた、こちらもぼつぼつやってみよう。
by papiko-gokko | 2008-08-26 21:57 | Diary | Comments(0)
納豆は小つぶ卵はLサイズ君の決め事さがすスーパー
 会社帰り、近所の耳鼻科へ行ってきた。数日前から左耳になんとなく違和感があり、昨日から唾をのむとボツッと音がするようになったので、中耳炎だったら大変だと思い、慌てて予約したのだ。
 結婚して保険証を作りなおしてから、病院へ行くのは今回が初めてだったから、受付で新しい苗字を呼ばれたときには、誰に冷やかされるでもないの動揺して、新一年生みたいな張り切った返事をしてしまった。誰かから名前を呼ばれるということが、こんなに新鮮に感じられるのなんて、実際、小学一年生の春以来ではないかと思う。胸にサクラのバッチをつけてもらい、上気した頬にまっ白ソックスの小さい私が、苗字の変わった私の脳裏で、元気いっぱい起立した。
 診察は滞りなく進んでいった。お医者さんからも何度か苗字で語りかけられ、そのたび意識がひやひやへらへら波立つのを感じながら、鼻と喉を見てもらって、それから耳を見てもらって、最後に聴力のテストもした。結果、鼓膜は右も左も綺麗で問題ないし、聴力も全然大丈夫らしい。「ちょっと鼻と耳の連動がうまくいっていないのかもしれないから、粘膜を保護するお薬を一週間分出しておきますね」と、一応お薬をもらって、また来てくださいと言われることもなく診察終了。ほっとしたけどちょっとだけ拍子ぬけだ。てっきり中耳炎で、「あなたなんでもっと早く来なかったんですか」ぐらいのことを言われると思っていたのに。
 どうやらまた私は、自分の体について神経質になりすぎたらしい。ちょっと痛かったり違和感があったりすると、気になって気になって仕方がなくなるのだ。それで何度不要な診察券をつくり、「一応」のお薬を頂いて帰ったことか。医者と結婚しなさいと子供のころから母に言われ続け、「さっさと病院いって安心してきな」とつっぱなす人と結婚をして、この調子だと将来私は間違いなく、近所の医院めぐりが日課のおばあさんになりそうだ。そのころには新しい苗字が、すっかり耳に馴染んでいるのだろうなぁ。

***

 ここ数日私のなかで、吉行淳之介ブームが静かに沸き起こっている。なんて粋な文章を書く方だろう。指先だけで大抵の物事を使いこなせてしまいそうな、器用でもの静かな表現の数々。相手に気持ちを伝えるためではなく、相手の気持ちを探るために発せられる会話文の、気の利いた言い回し。登場人物に対する、ほどよくドライでなめらかな作者の視線。物語全体にうっすら漂う翳り。読みながら、長いため息を漏らしてしまう。何を隠そう、私はこの人の描く性が好きだ。くらくらしてくるほど色っぽいイメージを描きながら、しかし決して下品ではない。不必要に直接的で生々しい言葉は決して使わない。そこがいいのだ。
 「あなたとお会いしていると、恥ずかしいという気持を思い出したの」(驟雨)、「なにをぐずぐずしているんです。ぐずぐずしていると、接吻しちゃいますよ」(薔薇販売人)、というふたつの会話文に出会った時、あまりにもぽうっとして、一度本から目を離さないではいられなかった。なんだか、自分が恋に落ちる瞬間にばったり立ち会ってしまったような気分になって。
 この人の作品を読むとき、男性主人公のイメージは、若かりし日の吉行淳之介その人である。数名の友人によると私は面食いなところがあるらしく、だから、文学好きの人に叱られそうだけれど、男性作家については、文章と顔をセットにして惚れこむという場合が結構ある。この人がこの文章を書いたんだなぁ・・・と思うことで、ますますうっとりできるのが、楽しいのだ。若いころの吉行淳之介さんカッコいい、こんな人に、ぐずぐずしていると、接吻しちゃいますよ、なんて言われたら、そのときできる抵抗なんて、ビンタぐらいしか思い浮かばない。
by papiko-gokko | 2008-08-25 22:11 | Diary | Comments(0)
逃げたって生きていけると知りました以上かつての児童代表
 今朝は11時あたりまで眠ってしまった。心ゆくまで寝坊ができる日の幸せ。
 昨日から、八月とは思えないほどの涼しさだ。靴箱の奥からブーツを出して、衣替えを始めてしまいそうな勢い。再び暑さは戻ってくるのだろうか。

 もうすぐオリンピックが終わってしまう。今年は時差が少なかったからリアルタイムで競技を観戦できたし、楽しかった。四年後までまたがんばりたいという選手もいれば、しばらく休んで今後を考えたいという選手もいて、直後の感想はさまざまだが、ほとんどの選手が北京から帰った後も、出場したスポーツの世界に携わっていくのだろうなぁと思うし、そうであってほしい。自分も人も、時とともに変化して、同じものばかりを見つめてはいられないけれど、だからこそ、自分が目を離しているあいだも同じことをずっと続けている人の存在があることは、安心で、優しいことだと思う。ひとつのことを続けている人のところへは、いつでも心が戻っていける。
 私もここでずっと文章を書き続けていたら、それがいつか誰かにとっての、優しさになることがあるかな。そんなことを考えながら書くなんて、おこがましいか。いずれにしても、私にとって続けられることはこれだけだから、とにかく、書くことを続けよう。
by papiko-gokko | 2008-08-24 00:06 | Diary | Comments(0)
ジャンプしていけそう朝の始まりに語り明かしたファミレスの窓
 職場の人たちはみんな優しくいい人たちで、好きなのだけどだからといって、いつもいつも感謝してばかりはいられない。毎日顔を合わせていれば、その分だけ相手の些細な言動に悲しくなったり苛立ったりもする。小さなことなど気にせずに、たっぷりした心でいつでもただ感謝だけしていられたら、生きるのはどれだけ楽だろうかと思う。もしくは感謝の気持ちなんてこれっぽっちも持とうとせず、人の優しさを当たり前のように使い捨てながら、とことん傲慢に生きていけたら。
 毎日にこにこ繰り返す、つかず離れずの人間関係に、ふっと嫌気のさす日もある。何事も考えすぎずドライにいこうと心に決めていながら、無意識のうちに本心を探ってしまう。もっと知りあうことができれば、恐くなくなる気がするのだ。だけどもっと知りあうということは、相手との関係に取り返しのつかない厄介事の起きる可能性が増えるということで、職場の厄介事なんてたくさんだから、やっぱり私は、ドライな関係を心がけよう。誰の事も好きになりすぎないこと、嫌いになりすぎないこと。それを寂しいとか虚しいと、思わないこと。
by papiko-gokko | 2008-08-22 23:34 | Diary | Comments(0)
有り余る音と光とタイミング街の合図を無視して走る
 最近セミの合唱に、スイッチョンの鳴き声が混ざり始めた。今朝、晴れた空は高くて、帰り際にちょうど降り出した夕立ちは、ぎゅっと細胞が縮まるぐらい冷たかった。秋が近づいてくる。威勢よく遊び続けているさなか、大人から「さぁもうお片づけしましょうね」と言われて、しぶしぶ夕焼けを背負う、あの感じに似た寂しさ。

 帰り道の夕立ち、かなり怖かった。暴風と雷雨のなか、猛スピードで自転車をこいだ。悪天候のときにスピードを出しては危険だと頭では分かっていても、恐怖のほうが完全に打ち勝ってしまって、とにかく早くうちへ帰りたい一心でこいだ。途中、何度も雷がゴロロロと鳴り、世界が嘘みたいにまっ白く光った。太陽が雲に覆われた世界を、一瞬であんなに明るくできてしまうなんて、恐ろしすぎる。かなわない。何を削減しても増やしても、地球様の気まぐれにはかなわない。カッと光るたび血の気が引いて、体中が硬直して、ずっと肩をすくめながら走った。足が震えて、震えを抑えるためにますます勢いよくペダルを踏んで、いつもは途中から自転車を押して歩く坂道を、気づけば乗ったまま登り切っていた。自然の驚異の前にはもう、力加減など捨てて、身を小さくしながら逃げるしかない。きゃあと叫んで走っている人もいたけれど、私は声すらでなかった。ずっと歯を食いしばっていたらしく、顎のあたりがぐったりしている。家に帰ってシャワーをあびて、みるみる落ち着いていく心。あんなに震えあがった雷も、家にいさえすれば恐くない。家があるってすばらしい。世界中のどこよりも自分の家が大好きだ。

 ソフトボール、オリンピック最後の試合で金メダルを取れるだなんて、最高にかっこいいじゃないか。最後のあたり緊張しっぱなしで、歓喜の声で緊張が弾けて、夫が感動した感動したというので、自分も何か言おうと思うのに、息が詰まって、うまく吐き出せなくて、ぽかんと口を開けたまま、ほんの少しだけもらい泣きしていた。
 私自身はこれまで何もスポーツをしてこなかったし、スポーツ観戦もそれほど熱心にしたことがないけれど、オリンピックや甲子園などの大きな大会で選手の流す嬉し涙や悔し涙には、めっぽう弱い。選手の悔しさや喜びがダイレクトに伝わってきて、鎖骨のあたりがぐぐっと絞めつけられ、うまく息をはけなくなる。ひとつのことに打ち込んできた人間のがむしゃらな情熱やひたむきな執念は、見る者の胸を打つものだなぁ。オリンピックはいつも、それを実感させてくれる。
by papiko-gokko | 2008-08-21 22:56 | Diary | Comments(0)


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