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日記と短歌


by papiko

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 同じ温度で笑い合えると、それだけで嬉しくなる。ささいな記憶の一致で同時に吹き出したりすると、一気に親近感がわく。そんなことで、その人のことを、昨日の何倍も好きになる。自分が単純でよかったと思うのは、サラリと人を好きになれるとき。単純で嫌だと思うのは、スパンと人を拒絶してしまうとき。

 わずかながら夏のボーナスをいただいた。ボーナスというよりは、お小遣いと呼んだほうが正しい額かもしれない。世間一般的なボーナスと較べれば、まさにすずめの涙。それでもやはり、ひしひしと嬉しい。続けなければもらえなかったお金だ。貯金するのもつまらないし、念願だった「あしながおじさん」の靴を買おうかな。あしながおじさんの靴の形はいつも私を惹きつけて止まないのだけれど、値段が高くてなかなか手を出せなかったのだ。この機会に、一足買っちゃおう。それから美容院へいって、少しばかり染めてもらおう。靴を買って美容院でカットとカラーをしたら、もうボーナスはなくなるだろう。でも、それがいい。ボーナスぐらいはきれいさっぱり形に変えたほうが、自分のがんばり度とか身の程が具体的にわかっていい。何事も、メリハリが大切。なだれ込むようにではなく、刻み込むように生きたい。

 久しぶりに、恋人と外食をする。隣町のバーミヤンで、中華を食べた。口内炎がまだ痛くて食べ辛かったが、たまには外食も楽しい。冷蔵庫の中身も何もわからない状態で頼みでてくるメニューは、どれも思いがけなくて、家で食べるのとは一味も二味も違ったおいしさがある。お腹がいっぱいになったら、ブックオフへいき、ブラックジャックを4冊かった。コミック文庫で集めることに決めたのだ。ドラえもんとブラックジャック、ずらっと本棚に並んだら、相当幸せ・・・。道は長いががんばろう。ドラえもんはあと2巻でコンプリートの予定。
by papiko-gokko | 2007-07-31 23:56 | Diary | Comments(0)

青く染まっていくよ


 なんの実力も伴わないのに、漠然としたイメージの理想ばかりどこまでも膨らませて、なんの計画性もなく、憧れと思い込みに身をまかせてそのイメージに手をのばし泳がせ続けているのは、人から見れば、幼稚でみっともないことなのだろう。だけど、私はもうここまで、そんなふうにして生きてきてしまった。そして最近ようやく、大人の世界では、漠然とした理想や憧れに身を任せてばかりいてもどこへも進んでいけないのだということに、気付き始めている。大人の道は精密で、壁一面重要項目で張り巡らされていて、信号だらけ。常に隠し持つべきは、おもしろい形の石や変な枝じゃなく、印鑑、保険証、口座のカード。ひとつの理想を掴むためには、膨大の現実的契約。印鑑、印鑑、印鑑。必要なのは、発想ではなく、見極め。つまらない。
 そうなのか、本当にそうなのか。そんなことはないはずだ、大人だって楽しいはずだ。なにしろこの世界は、大人がつくっているのだから、大人が楽しめるようにできているはずだよ。それなのに私は、大人になってもう4年たつのに、どうしていまいち大人を楽しめないのか。お金をつかえば楽しめるのかな。セクシーな洋服を着れば楽しめるのかな。子どものころと同じように、理想とか憧れに、うっとりうっとり手をのばしていても、もう、楽しめないのかな。その手は身近な大人を、追い詰めていくだけなのかな。

****

 HEYHEYHEYにスピッツが出演。ダウンタウンとのトークのほか、20周年ということで、これまでにヒットしたシングル曲のPVが流れたり、秘蔵VTRがあったり、ファンとしては幸せすぎる20分弱だった。私のきゅんきゅん王子マサムネさんは、今日もライブでみたあのままのマサムネさんだった。そしてやっぱり、目が最高にきれい。甘くて静かで涼しげで、それでいて実はかなり鋭い力のある目。あの瞳で捕らえられたら、あの睫毛のまばたきで問いかけられたら、「好きです」と、言わずにはいられなくなる気がする。しかもあの声なのだから、敵わない。この前まで、恋愛対象は30代までだったけれど、好きな人たちが40代に突入してきたので、40代までになりました。
 ダウンタウンとのトークも、楽しかった。HEYHEYHEYは好きだけど、好きなアーティストがでると妙に緊張する。ダウンタウンふたりにいじられすぎて疲れませんように・・!と、真剣に願ってしまう。スピッツのメンバーはみんな、決してしゃべりが得意なほうではなく、服装もダウンタウンに「それにしても、地味やなぁ」とつっこまれていたけれど、スピッツのメンバーが、所々でつかえながらも、ダウンタウンのツッコミにはにかみながらも、穏やかに話しているのを見て、あぁ別に、話上手じゃなくたって、洋服に頼らなくたって、ちゃんと魅力的な人にはなれるんだなぁと思い、そう思ったとたん、ますますスピッツを好きになった。人付き合いにつまづくたび、もっと素敵にいまどきの服を着こなせて、切り替えしも素早くスラスラしゃべれたならよかったのかなぁ、と、いじけてしまったりするけれど、もうそんなことでいじけないと決めた。そんなこと、私の求める魅力には、必要じゃないんだ。他人を不快にしないレベルで、自分らしくあればいい。いいなぁ。スピッツ。スピッツを好きだと自覚しながら生きることができる自分でいられて、よかった。
マサムネさんは言うまでもなく、スピッツメンバーひとりひとりの雰囲気が好きだ。ボーカルに惚れるだけじゃなく、そのボーカルを取り囲む人やバンド全体の雰囲気も好きだと感じるバンドは、スピッツが初めてだと思う。そしてこれからもないと思う。
 新曲『群青』も、しっかり歌ってくれた。これがまた、いい。まだCDを買ってないのに、すでに大好きなのだ。
「優しかった時の心取り戻せ 嘘つきと呼ばれていいから」
 という歌詞に、ザボンと浸された。優しいって思われたいだけなのかもしれない、自分には思いやりがあると、思いたいだけなのかもしれない。ひとたびそう考えはじめると、どうしていいかわからなくなる。確かにそうかもしれない。だけど、例えそうだとして、だからといって自分のなかで培ってきた優しさや思いやりの定義を投げ捨ててしまったら、私は他人に対してどんどんギスギスしていくばかりだろう。それで、一体だれが幸せなのだろう。それがなんのプラスになるのだろう。人間をどれだけキレイなものだと思っているのだろう。嘘つきと呼ばれてもいいから、自分や周りがひねくれすぎて手離した、自分の信じる優しさや思いやりを、取り戻せ。
by papiko-gokko | 2007-07-30 22:12 | Diary | Comments(0)

島根の嬉しいこと


 この二日で見つけた、島根県の嬉しいことみっつ。
 その1.
 前々から、ちょっと見たいなぁと思っていた映画「天然コケッコー」のロケ地が、島根だったこと。なんでも、ど田舎の小さな分校に、東京から都会の匂いを放つカッコいい男の子が転校してきて、恋に始まるとか始まらないとかいうお話らしい。しかも、主題歌はくるり。なにからなにまで魅力的だ。DVD化したら見よう。
 その2.
 出雲の夏祭りについて調べていたらウィキペディアにたどり着き、そこで、出雲市が岡山県津山市と友好交流都市という関係であることが判明したこと。津山。私の憧れ稲葉浩志の出身地津山と自分の故郷が、そんなに親密な関係だったとは。嬉しい。また津山に行きたいな。今いくと、中学生のときとはまた全然違った気持ちで巡れる気がする。津山は、稲葉さんのメモリアルロードというマップができているぐらい、稲葉さんの故郷であることを誇りとして大事にている市だから、行くだけで嬉しくなる。稲葉さんの実家のすぐ前にある神社の高台からはたしか、津山の町がよく見渡せた。もしかするとあれが、夢見が丘のモチーフなのかなぁ。
 その3.
 なんだか選挙で島根県が今回注目を集めていること。毎回自民党の圧勝だったのに、今回はそうではないということで、注目を集めている。地元が悲しいニュース以外で注目を集めると、単純に嬉しい。

 それにしても、夏というのは、あまりにも生き辛い。しんどいことだ。まだ梅雨が明けたか開けてないかぐらいだけど、もうはやく終われ、終わって、終わってくださいお願いします。
by papiko-gokko | 2007-07-30 00:21 | Diary | Comments(0)

 2年前の日記で結婚することを書いた地元の友達から、今度は、赤ちゃんが生まれましたとメールが届いた。猛烈に可愛い赤ちゃんの写真つきだ。友達が生んだ赤ちゃんの写真をみると、まず息をのむ。そして胸と鼻のあたりがつぅんと熱くなる。友達がお母さんになったのだということも、友達から新しい命がでてきて別人としてこれから生きていくのだということも、なんだかもう、ミラクルすぎて、ひゅっと息をのんでしまう。小さな子どもが、生まれて始めて目にする蝶々や乗り物に見入るのと同じように、私は友達の生んだ赤ちゃんの写真を、水晶玉を覗き込むがごとく見つめまくった。こんにちは赤ちゃん、今あなたにとってすべてが新しいこの世界で、今日私にとっては、あなたの誕生がなにより新しかったです。
 ヘルメットかぶってセーター服に体操ズボンで、男の子の話ばっかりしながら一緒に自転車こいでいたあの子が、ついにお母さんになったとは。会いたいなぁ。抱っこしたいなぁ。うちの会社にお盆休みがないことをつくづく恨む。お正月に帰ったときには、絶対に抱っこしにいこう!もうひとり、1月に子どもが生まれた友達とも会えたら嬉しい。うわぁ、来年のお正月は、ふたりも抱っこできるかもしれない。腕を鍛えておこう。髪の毛も手のひらも、やわらかいんだろうなぁ。お乳の匂いがするんだろうなぁ。できれば首が据わってないぐらいの子を抱っこしたい(あの首を押える感じがたまらない)けど、お正月のころにはもう、座っているのかな。


 今日は一日家にいて、掃除をした。掃除に夢中になっていると、すぐ時間がたつ。血液型はあまり信じていないけど、一度始めるとちゃんと片付けなければ気がすまなくなるのは、A型的気質なのだろうか。そのかわり、やらないときにはとことんやらないが。とにかく、いろいろできたので満足。今日は本当にそれだけの一日だった。一日中音楽をきいていた。私のIPodのなかには、素敵ソングばかりたっぷり注入してあるなぁと思いながら聴いていた。明日君がいなきゃ困る。
by papiko-gokko | 2007-07-28 23:15 | Diary | Comments(0)

金曜日


 先生が欲しい。頼れる大人が欲しい。学生のころは、頼れる他人の大人といえば、まず先生だった。にもかかわらず、私は一度も先生を心から信頼しようとしなかった。もともと年上の人と話すのは得意じゃないし、それに、先生はみんなの先生だから、独占欲の強い私までもが本気で信頼を寄せてしまうと、様々な場面で醜い卑しい気持ちを抱いてしまう予感がして、嫌だったのだ。本当は、先生とフレンドリーに話せる子たちが、ものすごく羨ましかった。私にも、聞いて欲しいことや教えて欲しいことが、いっぱいあったから。
 学生じゃなくなった今、ひとりぐらいは仲良しの先生をつくっておけばよかったなぁと、改めて思う。先生が欲しい。年の離れた頼れる大人が、たったひとりでいいから身近に欲しい。近くに住んでいなくたっていい、たまに電話で話をしたり手紙をかいたり、そんなことのできる大人。学生じゃなくなっ今、誰が私の先生をしてくれるのだろう。いつかの進路相談のときみたいに、一体どこの大人が親身になって、私を指導してくれるだろう。

 仕事が思うように片付かず、歯医者に遅れそうになる。歯医者で口内炎のことを話したら、お薬を塗ってくれて、そのとたん、痛みがすごく楽になった。ありがとう、ありがとう歯医者さん。あなたはすごい。
by papiko-gokko | 2007-07-27 23:48 | Diary | Comments(0)

 録画していた「時をかける少女」を見る。おもしろかった。ドキドキハラハラきゅんきゅんうるうる、とにかくたくさんの青春気分が詰まっていた。いいなぁ、青春。高校生の恋物語は、いつの時代も甘酸っぱくて鮮烈だなぁ。制服を着てした恋は、制服がカプセルの働きをして、卒業しても、脱いだ制服が記憶をキレイにキレイに守リ続けてくれるから、特別鮮明な思い出として残り、大事にしたくなるのだろう。私の六歳下の妹なんかは、ちょうど今あの主人公と同じ高校三年生で、それはもう、見ていて眩しいほど青春の時を駆け回っている。あの子が脱いだ制服も、素敵なカプセルになればいい。私は素敵なカプセルになったと思うよ。全然、時をかける少女のような、キラキラの女の子じゃなかったけれど、野暮ったいなりに、素敵なカプセルになったのでしょう。
 物語の内容は、簡単に言ってしまえば、時を逆戻りさせることができるようになった女の子と周りの高校生たちの、いろんな恋と選択の物語。自分の叶わなかった恋なんかを思い出すと、あぁあのときにもう一度もどれたらもっとうまいこと立ち回れたのになぁ、もっと違う言葉をいえたのになぁ、と、やきもきしてきたりするけれど、恋は時間を越えて存在するものだから、もし戻れたとしても、どうあがきなおしたとしても、やっぱり駄目なもんは駄目だったんだなぁと、時をかける女子高生の恋を見つつ、しみじみ気付いて、なぜだか少し、ほっとした。

***

 昨日はなんとなく新鮮で、嬉しい気持ちにさえなった会社も、今日になればもうそんな新鮮さも嬉しさも消え、心の最も休まらない場所に戻っていた。自分のデスクがあるからといって、そこに仕事がちゃんとあるからといって、居場所だなんて、呼んでは駄目だ。あそこは居場所なんかじゃない。あの場所は、私を拾ってくれた勤め先に過ぎない。居場所だなんて温かなもので捉えようとするから、些細なことで勝手に裏切られたような気分になって、無様に傷ついたり憤ったりすることになる。物事をなんでもかんでも、温かく捉えたければ、もっと心を強く広く持たなければ。それができないうちは、安心ならない大抵ものを意識的に冷やして捉えなければ、私はどこまでも迷惑な人になってしまうと思う。

 それにしても、口内炎が悪化して痛い。痛すぎる。せっかく胃腸が快方に向かいつつあり、ようやく噛む食べ物を今日あたりから少しずつ食べてみようかと思っていたら、ひどく痛い箇所に口内炎ときた。またゼリー生活だ。夜もお豆腐しか食べられなかった。神さまは、一度無意識のうちに手離してしまった素晴らしい日々を、そう簡単に返してはくれない。ごはんをむしゃむしゃ食べることのできていたあのころは、今から思えば、なんて素晴らしい日々だったことか。しゃべるのも辛くて、どうしても無口でいたがってしまうので、なんとなく誰とも険悪なムードだ。痛いんだよ、涙がでそうだよ。オーバーだって子どものころから言われるけれど、人の痛みの感じ方は、人によって違うっていうし、オーバーとかきやすく言わないでくれよ。本当に泣きそうに痛いんだ。
by papiko-gokko | 2007-07-26 23:09 | Diary | Comments(0)

もぐもぐ


 お腹の調子は依然として最悪だが熱はようやく下がり、ふらつきながらもなんとか出勤。デスクの上には、二日分の仕事がキレイに整頓されておいてあった。うわぁと一瞬うんざりもしたけれど、それと同時に嬉しくもあった。自分が休んだぶんだけ溜まってしまう仕事がちゃんとあったことも、その仕事を誰かがきちんとキレイに整頓して置いてくれていたことも。居場所とは、こういうことを言うのだろうか。お腹がぺこぺこで力がでなくて、あまり十分には仕事をできなかったけれど、とりあえずまた日常生活に戻っていけそうでよかった。
 ここの数年そんなにひどく寝込んでいなかったので、久々に病む辛さとそれが治っていく喜びとを実感した。一時はすっかり気が滅入って、めそめそ涙ぐんだほど。ごはんを普通に食べられないことがこんなに辛かっただなんて。昨日できなかったことが今日できるようになることが、こんなに嬉しいことだったなんて。昨日無理だったことが今日できるようになっていると気付くたび、自転車に始めて乗れたときぐらいに嬉しくなる。昨日ちいさなおわん1杯も食べ切れなかったおかゆを、今日はおかわりできた。昨日までは寝転んでいなければお腹が痛かったのに、今日はもう普通に座っていられるようになった。食べ物の味を感じるようになった。そういうことの、ひとつひとつが本当に嬉しい。ここ数日はお腹がいつになく存在感を発揮しているので、お腹にすごく話しかけた。怒ったり、慰めたり、感謝したり、懺悔したり、なだめたり、元気付けたり。内臓って偉大だ。いつも無言で働いてくれてありがとう、そんなことも知らず適当な食事で済ませたりとかして本当にごめんなさい。もうこれからは、お腹のことすごく考えて生活します。必要ならば、青汁だって薬用養命酒だって何だって飲みます。だからご機嫌なおしてください。わあ、たった今、これを書いていたら、おならがでた。わかってくれたのか。ありがとう。
 あとひとつ問題なのは、口内炎。胃腸が荒れると、どうしてもできてしまう。痛い。ともかく、病気について考えた数日だった。発熱中、私が布団のなかで唯一口ずさんだ歌は、「悲しみの果て」だった。お腹が治ったら、素晴らしい日々を送っていこう。明日はお腹が痛くなくなりますように。
by papiko-gokko | 2007-07-25 23:26 | Diary | Comments(0)

そんな一日


今日も会社をお休みさせてもらった。体温は微熱に下がったのだけど、お腹の調子がどうにもこうにも最悪で。どうやら今回の発熱はお腹からきているらしい。食べたい気持ちはあっても、体がてんで受け付けてくれなくて、切ない。早く元気に戻りたいなぁ。戻らなくちゃ困る。
今日は久々の晴天で、お腹以外は昨日ほどしんどくなかったので、洗濯物を干した。どこかでセミが鳴いていた。夏なのか。今年は夏がくるまえからダウンしてしまうなんて。つくづく私は暑さに弱い。体質改善をしよう。
洗濯物を干したらもう他に今できそうなこともなく、ひたすらテレビを見ていた。教育テレビがおもしろかった。ピタゴラスイッチの内容に感心し、子供に囲まれたお兄さんが唐突に始めたヒップホップなじゃんけん踊りを眺め、最近は子供もテンポの速いのを好むんだなぁとしみじみし、「おはなしのくに」がおばさまの静かな朗読ではなくイケメン俳優のワンマンショーになっていたことに驚きつつじっくり見つめ、そして英会話が始まったのでチャンネルを変えた。午後再び教育テレビにすると、10分古文漢文とかいうのを三本だてでやっていて、「土佐日記」「伊勢物語」「枕草紙」と、どれもとっつきやすくて教科書で習ったときから好きな作品だったので、たっぷり古文の世界を堪能した。学校を卒業してすっかり遠ざかっていたけれど、古文の響きは、よいなぁ。声にだしても美しいし、文字をながめると、ひらがなが、ぴかぴかうるうる麗しい。古文を堪能したあと少し眠り、目を覚ましたら教育テレビは高校生日本史の時間だった。日本史は、暗記しなくてよい教科なら楽しめたのになぁ。暗記と計算は苦手。つまりたいていの教科が苦手。
そうこうしているうちに日が暮れて、長かった一日が終わろうとしている。明日はすっかり良くなりますように。切実に。ソフトクリームもたもた食べたいよ。
by papiko-gokko | 2007-07-24 21:25 | Diary | Comments(0)

発熱へのSHOWTIME


昨晩からいきなり、発熱。久々に38度を越える熱がでて、昨日は手足が燃えるように熱かった。
今朝になっても熱が下がらなかったので、小雨降りしきるなかフラフラと病院まで歩き、薬をもらった。解熱剤もはいっていたので、今はそれを飲んで楽になっている。うとうとと、寝たり起きたりを繰り返しているのだが、あんまり寝過ぎても夜に眠れなくなってしまいそうで怖いし、こうして日記など書きはじめてみたりする。
実にありふれたことだけど、こうして寝込むと、健康のありがたみを痛切に思い知る。どんな役立たずでも会社へ行って一日をがんばりたい、ご飯をおいしく食べたい、なんて、一生懸命に考える。このことを母には言わずにおこうと思ったのに、電話をしてしまった。ひとりぼっちでどうにも心細くなってしまって、適当な連絡事項を考えて、それを伝えるために電話したんだよ~というそぶりで、電話かけてしまった。しかし電話が繋がるなり母から「どしたの、病気?」と言われたので、先に熱がでたことを話してしまい、適当な連絡事項はいかにもとってつけたようになってしまった。でも、母の声を聞いたらほっとして、お昼ご飯をがんばって食べることができた。母親というのは、ふしぎなものだなぁ。生命維持の基礎を教えてくれた人だからだろうか、少しでも生命が危機に晒されると、本能的に、声が聞きたくなる。まったく24歳にもなって、我ながら情けない。甘ったれでいけん。
うとうとしながら、変にリアルで奇妙な夢をいくつか見た。熱のときの夢って、うちなる願望や欲望や恐怖感や心配や迷いが、マグマのようにどろどろ吹き出すんだな。気持ち悪い。
今夜は恋人がお粥をつくってくれるようだ。昨日も熱でハァハァしてるときにつくってくれて、涙がでるほどおいしかった。恋人がつくるものはいつも悔しいほど美味なのだが、昨晩のお粥は格別だった。病気のときは、人の優しさが身に染みてわかるなぁ。一生一緒にいてくれや。
熱なのに普通に日記かいてしまった。書かないと、頭が言葉でぐるぐるして、寝付きが悪くて困るんだもの。明日は良くなりますように。
by papiko-gokko | 2007-07-23 18:14 | Diary | Comments(2)

 じっくりたらたら一日中、家事に勤しんだ。一週間分の「やらなくちゃなぁ・・」を片っ端から片付けて、清々しい気持ち。途中日用品の買出しにいき、さまざまな便利グッズを見つけた。日用品売り場にいくと、毎回あれこれ試してみたくなる。
 昨晩、会社のことが駄目なのだからせめて家のことはちゃんとできる私でありたいと思っていた矢先に、いつも寝る直前になるまでお弁当をつくるの忘れてばかりいることについて、恋人から「君は生活力が欠如している」と言われ、大号泣の喧嘩に発展した。確かに私は、ずぼらで生活力が低いかもしれないけれど、生活を快適にしたいという、生活欲はある。だからがんばろうと思っているのに、なんてことを言うのだろう!と、混乱してしまったのだった。
 ケンカはとりあえず終結したけれど、非常に悔しかったので、今日はいつにも増して一生懸命にがんばった。生活力のなさは生活への欲望でカバーできる。欲望さえ絶やさなければいいんだ。生活への欲望に忠実に生きていればそのうち、生活力もついてくるだろう。他のどこへ行っても駄目でも、家でぐらい、役立たずじゃない存在でいたいから、がんばる。
 あぁ、なんだか、悔しがってばかりいる。一体何様のつもりなのでしょう。悔しがるというのは、もっとがんばって生きている人のすることだよ。

 ふいに浜崎あゆみを聴きたくなって、掃除中ずっと浜崎あゆみのアルバムを聴いていた。彼女が「女子中高生のカリスマ的存在」と言われ初めていたころ、ちょうど高校生だった私もまた彼女の歌を好きになり、よく聴いていたけれど、当時の私にとっての「浜崎あゆみ」は、カリスマというよりむしろ、ほかのどのアーティストよりも自分の心と身近な距離で歌詞を書き歌ってくれている女の子、というイメージだった。きっと多くの女子高生にとってもそうで、だからこそ人気がでたのだと思う。いつの時代も、大人は子供の文化について、適当なことを言う。
 久し振りに聴くと、改めてよい歌詞をかく人だと思った。難解ではないけれど単純でもなく、想いや考えをちゃんとひとつひとつ言葉にしている歌詞が、つららのような歌声で、ツキンツキンそのまま心に刺さって溶ける。曲がりくねったりせずキレイに刺さってくるから、一言一言を、まっすぐ受け入れられる。『A Song for XX』、『Duty』、『M』、『SEASONS』、『SCAR』、『End roll』あたりは、掃除の手をとめてじっと聴き入ってしまった。
 そんなに頻繁には聴かないけれど、影響をうけている作詞家さんのひとりだと思う。『For My Dear...』の歌詞にある、「いちばんに言いたい言葉だけ言えなくてこの歌をうたっているのかもしれない」「いつの日か言いたい言葉だけ言えそうで歌をうたい続けていくのかもしれない」という言葉は、そのまま私が短歌を詠む理由と思う。
by papiko-gokko | 2007-07-21 23:03 | Diary | Comments(0)