日記と短歌
by papiko
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日記
 その人のことを考えているとあれこれ心配になるのが友だちで、その人のことを考えれば考えるほど、うまくぶれなく言葉にできなくなるのが本当の恋かも、と、唐突に思ったりした。

幼馴染の友だちと会う。先日の日記に書いた初徹夜など、幼少時から中学卒業まで、私のあらゆる妄想の暴走に付き合い続けてくれた、一番古い友だちだ。ありとあらゆる道草とか、小川を飛び越える練習をして思い切り落っこちずぶぬれになったこととか(しかも冬)、虹製造屋さんごっこをして公園の水のみ場の水を手でシュパシュパ撒き散らして虹をつくりまくっていたらどこかの大人にもったいないと叱られたこととか、中学時代の度重なる恋は盲目的半ストーカー行為とか、思い出してはゲラゲラ笑い転げた。そうしてひとしきり笑い転げたのち、「あのころはそれを普通とおもっとったけど、今思えばぱぴこって、すごく自由ですごく変な子だった」と、しみじみ言われた。彼女とは、帰省して会うたびに懐かし話で盛り上がる。
 そんな私の妄想暴走に付き合っていた彼女も、今は看護士二年目で、すっかりしっかりしている。聞けば夜勤やらいろいろ、大変そうだ。「今は業務に終われてばっかりで、本当は、もっと人に優しくならんといけんに。優しくなるために、もっといろいろ悩まんといけんわ、悩まんと、優しくなれんが」という彼女は、十分に、優しいと思う。そうか、優しくなりたいから、人はあれこれ、悩むのか。
by papiko-gokko | 2007-04-30 01:55 | Diary
お見舞い
 昨日の夜遅くに実家へ到着し、今日、祖母の入院する病院へお見舞いに行った。祖母は、二人部屋の、大きな窓のある、ちいさな病室にいた。三ヶ月間意識の戻らないまま横たわり続けている祖母は、焦点の定まらない潤んだ目をぱちぱちと開いていて、深く眠っているというよりも、果てしなくぼんやりしている、という感じがした。祖父が耳元で、「孫が全員集合したで、孫たちが会いに来たで」と何度か言うと、心なしか、瞬きが早まった気がした。三ヶ月前かけつけたときには、祖母との面会で涙がとまらず手も握れなかった上の妹も、事態を理解できなくて変なふうに自分を責め苦しんでいた下の妹も、今はかなりおばあちゃんの状態を受け入れ現状に慣れたらしく、上の妹はいたわるようにやわらかく、下の妹は目覚めさせようとするように乱暴ぎみに、それぞれ躊躇うことなく祖母を呼び体のいろんなところに触れ、口々に「おばあちゃん」と話しかけた。
 三ヶ月も植物状態でいれば随分老け込んだのではないかと思っていたのだが、祖母は思いのほか、キレイだった。髪の毛はのびていたけれどちゃんと櫛の通っている感じだったし、肌もつるつるしている。こんなに変わらないもんなのかぁ・・・とぼんやり思いつつ妹たちが交互に触る祖母の肌を見ていたら、上の妹が「おばあちゃん、またまゆげがのびたかね」と、おもむろに棚から電気の眉毛シェーバーを取り出し、馴れた手つきで祖母の眉毛を整え始めた。見ると棚にはほかに、シャンプーやらお手拭やブラシやタオルが揃えられており、棚の上には生き生きとした花がたくさん、花瓶に生けられている。それを見てようやく、祖母がこうしてキレイにぼんやりしていられるのは、母や叔母や妹たちが日々訪れて代わる代わるキレイにしているからなのだと気付いた。ベッドの傍らには、ラジカセも置いてあった。母がお見舞いにきて帰り際、祖母が退屈しないよう、ラジオを入れておくらしい。
 「こんぐらいでいいかいな?」「反対も剃るけんちょっとじっとしとってね~」と、普段通りのいたわりに満ちた調子で話しかけながら祖母の眉毛を整える妹の姿に、感動した。そしてそんな上の妹の言葉に、「もっとがいに剃ってごせ(もっと強く剃ってくれ)」「やーよんなったわ、だんだん(よくなった、ありがとう)」と、祖母の口調を真似ておどけながら返事を返す下の妹にも。あれだけ繊細な上の妹のどこに、こんな頼もしい強さがあったのか、あれだけ子どもで寂しがりの下の妹のどこに、こんな安心な明るさがあったのか。内なる優しさを、上の妹は労わりの強さに、下の妹は救いの明るさに、変えることのできる子なのだと知った。
 花瓶の水を変え、しばし和やかに会話をしたりおばあちゃんに触ったりした後、「それじゃあ、帰るけんね」「また来るけんね」と、言い合い病室を出る。この前のような動揺と悲しみはなく、誰もが始終穏やかで、祖母が植物状態であることなんて問題でないみたいに、楽しい雰囲気で話して、帰った。けど私は、最初から最後まで一言も、直接話しかけられなかった。ぐるぐる言葉がつっかえてばかりで、妹たちの存在にかろうじて救われながら笑っているような自分の軟弱さに、驚いた。まったく私は即座には、何にも太刀打ちできない。呆然としてばかりいる。
 帰りの車の中で自分の軟弱さに打ちひしがれつつ、ともかく、祖母のことを書こう、と思った。うえの妹のようにいたわれない、下の妹のように明るくなれない、私には、本当に何も出来ない。ただただ、平気なふりをして立っているだけで、やっとだ。驚くよ、驚く。文章を書こう。自分のできる範囲の、最も素晴らしい形で。

 お見舞いのあとは、妹と母と買い物に行ったり犬さんがたと戯れたり、楽しく過ごした。
by papiko-gokko | 2007-04-29 23:30 | Diary
帰ります。
 ゴールデンウィークと有給をつかって、明日からたっぷり一週間、実家へ帰る。準備をしなければいけないのだが、慢性的なめんどくさい病で、どうにも進まない。進まないというよりもまず、踏み出せていない。先日帰省のために買った1000円のキャリーケースに、一体どれほどの衣類が入るのか、まだ一度も確かめていない。ぶっつけ本番。
 今回キャリーケースを買ったのは、パソコンを持って帰ろうと思っているからだ。実家で打ちたい文章がある。
 中学生のころ、実家で飼っていた犬が死んだ。どうにもこうにも悲しくて信じがたくて、その日の夜は遅くまで、泣いたり泣き止んだり繰り返しながら延々と文章を書いた。書いて書いて書きつかれてようやく納得して、というよりは書き尽くしてからっぽになって眠り、次の朝には大丈夫になっていた。しばらくのちに読み返したら、まったくひどい文章だったけど、ともかく文章を書くことで、ショックでへちゃげた私の姿勢は正された。
 帰省すれば、病院で呼吸器をつけて眠りっぱなしの祖母に、会うことになる。1月の暮れ以来だから、実に3ヶ月ぶりだ。3ヶ月がたち、私は未だに号泣していない。あーだこーだと表層で考えすぎて、どうやら泣くタイミングを逃してしまった。祖母の体はしばらく生きるだろう。そしてしばらくののち、生きることを終えるだろう。祖母が完全に生き終わるまえに、私は彼女のひとりの孫として、心の中をきちんと正したい。心の姿勢を正したいとき、私は泣くかもしくは文章を書く。今、祖母のことでは泣けないのだから、文章をかくしかない。今回の帰省中、祖母のことを書く気持ちになれたら、書きたいと思っている。思い出や、聞いた話や、想像や、気持ちや、いろいろ、書きたいと思っている。そしてそれをこの日記で、祖母を知らない人に、読んでもらいたいと思っている。いざ帰ってぐうたらしたら、気持ちが折れるかもしれないけど。

 あ、もう準備どころじゃない、もう明日になっちゃう。よし、どっちにしても明日になっちゃうのなら、準備は寝た後の明日にしよう。明日といえば明日の今頃は、島根なのかぁ。これぐらいの時間にちょうど到着するはず。星がでているかな。風は強いかな。妹がいる。犬がいる。抱きしめる。
by papiko-gokko | 2007-04-27 23:09 | Diary
出てゆくよ言ってたより少し早く
 憧れと軽蔑の発生源は、同じところにある。自分の現状とかけ離れた存在に出くわしたとき、あぁ最高だ、と思うか、あぁ最低だ、と思うか、それだけの違い。だから、なにかの拍子に憧れが軽蔑に変わることもあるし、軽蔑がふいに憧れに反転するときもある。

 良心が疼く、という感覚を久しぶりに味わい、私は普段案外と良心に基づいて行動しているのだなぁと気付いた。一度思い切り良心に背いて行動してみれば、世界は裂けて深まり広がるのかもしれない。人の気持ちとか考えたってどうせどこかで傷つけてしまうのだから、たまにはもう最初からズタズタにしてやるぐらいの心意気で、弱みに漬け込みまくってやるぐらいの勢いで生きてみたりしたほうが、人生盛り上がるのかもしれない。でも、そんなふうに生きる自分の姿を想像したとき、その私を私自身が、強く軽蔑する。それが教育された結果の私自身なのか、本来の私自身なのかはわからないけれど、どちらにしろ自分自身に軽蔑される行為に走れるほど、私は割り切れる人間じゃない。自分にドライでいられない。自分自身に軽蔑される行為を平気でできる人は、自身のことを嫌いなのか、それともすごく好きなのか。自分に甘いのか、厳しいのか。

**

 初夏まじか。男性の、色っぽくなる季節がやってきた。ちょっと汗ばむようだけど、半袖を着るほどではないし、でもちょっと暑いな、ちょっと風通しよくしようかな・・・そう、Yシャツ腕まくり&ネクタイゆるめの季節である。カッコいい。特にYシャツ腕まくりのかっこよさには、毎年感嘆する。私にとって男性のもっとも色っぽい部位は腕から手の甲にかけてで、その次が首筋なので、腕まくりの手でネクタイをゆるめられたら、私の頬もひゅろんとゆるむ。基本的に細い腕が好きだけど、軽く筋肉質なのもいい、手首が細くて指が長いと素晴らしい、色は浅黒いのも筋が際立っていいし、白いのもまた、血管の具合が目立つのでいい。自分の恋人に関しても、彼の最もセクシーと感じる場面は、腕をまくって洗い物に励んでいるところ。願わくば、真夏も長袖で洗い物に励んでほしい。

***今日のお題「鍵」のこと***

 上京してから、今までに2度引っ越した。今年中には、3回目の引越しも予定している(今そのお金を貯めているところ)。やらなきゃいけないことが盛りだくさんで大忙しの「引越し」という行事のなかで、いつもとりわけ印象に残るのは、アパートの管理会社に、今まで使っていた部屋の鍵を返す時だ。
 私はいつも、鍵に鈴のキーホルダーをつけている。すぐにモノを落とすし、落とさなくても何処へ入れたかわからなくなるので、もし落としてもシャリンと大きな音が立って気付くように、家の前ですぐ鍵が見つからなくても体とカバンを揺すればリンリン音がしてどこにあるかわかるように。
 管理会社に鍵を返すときには、もちろんそれをはずさなくてはいけない。キーホルダーをはずすと、馴染み深かった鍵は、とたんに軽くよそよそしくなる。空っぽの部屋に、キーホルダーをはずした鍵で鍵をかけると、何かが終わったような、長い魔法が解けたような感覚に囚われる。事務的な手続きで、鍵は管理会社の元へ帰り、私はひとつ、帰る場所を失う。新しい街に部屋を借りるということは、街の一角に魔法をかけることみたいだ。それまでまったく私が存在しなかった場所に、私の空間を作り出す魔法。部屋の鍵は、その魔法をつかさどるキーで、、そのキーを返したとたん、魔法は解けてしまう。
 今いるこの部屋の魔法も、鍵を返せば解けてしまう。鈴の音の鍵は、こんなに毎日探しているのに、本当は私のものじゃない。そう思うと、なんだか心もとなく、寂しい。でも今のところ、マイホームを持ちたいという思いは不思議とない。引っ越せるほうが気が楽だ。魔法が呪縛に変わるまえに、ふいっと鍵から鈴をはずしてどこかへいける。新しい魔法の本拠地を探すのも楽しい。今度はどこへ行こうかな。街や鍵が変わっても、鈴の音と私の歩幅は同じだから平気。
by papiko-gokko | 2007-04-26 22:35 | Diary
フラスコに注ぐ夕焼け君の住む町と小指が化合していく
 恋人の髪を切った。今住んでいる街には彼のお気に召す美容室がないらしく、私が切ることになったのだ。人の髪を切るなんて初体験だったので、最初はかなりビクビクハサミをいれていたのだが、慣れてくると楽しくて、容赦なくジャッキジャキやった。髪の毛を切るとき指紋を辿るあの振動って、どうしてあんなに心地よいのだろう。感覚に任せてジュアッキジュアッキきりまくって我に返ったら、まろやかな髪型になっていた。ロビンソンのころの草野マサムネさん・・ほどじゃないけれど、ちょっとあんな感じのまろやかヘアーになっていた。見る人に見られたら何を言われるかわからないが、どういうわけか彼は随分気に入ってくれたようなので、よかった。髪を切るって、自分の好みにできるので、いいかもしれない。

 どこをどう正せば、私は愚かじゃないのだろう。どこをどう伸ばせば、素晴らしくなれるのだろう。わからなくて、どうにかしたいという気持ちだけが先走って、他人のちょっとの言葉で舞い上がり、ちょっとの言葉で沈み込む。自分のスタイルを定めることが、いつまでたってもできないでいる。
 私はもしかしたら今まで、思い切りハンドルを切ったことが、ないかもしれない。あらゆる曲がり道を無視して直進でつっきっている。頑固さと臆病さと怠慢がタッグを組んで、ハンドルをがちごちに固定している。ブレーキとアクセルのみで、なんとかこれまでのあれこれを、しのいできた感じ。駄目だ、自分で自分の人生を、私は運転しないほうがいい。助手席がいい。助手席で、シートベルトと、ドライブ中かける音楽の心配だけしていたい。地図は読めないので、カーナビつきの車じゃなきゃイヤだな。

***今日お題「音楽」のこと***
 
 音楽とお絵かきは、言葉と同じ速度で私のなかに芽生えていったと思う。言葉をしゃべるようになると同時に歌っていた気がするし、絵を描いていた気がする。もちろんそのときの記憶はないのだけれど。ちらちらと思い出す記憶と親から聞く話による限り、私は、歌とおしゃべりとお絵かきが、大好きな子どもだった。私が始めて書いた文章は近所のお姉さんへのお手紙で、一生懸命に書いた文は、便箋のうえでくるくる渦を巻いていた。まだやっと字を書けるようになった程度で、まっすぐに字をかくということを知らなかったのだ。ぐるぐる渦を巻い文字列は、ちょっとト音記号みたいだったなぁと、ちょっとこじつけだけれど、思う。真っ直ぐ書く、ということを大人から学ばなかったら、私は未だにト音記号なお手紙を書いていたのかもしれない。

*****
テクテク短歌

ボクだけに配給された風景を君にも分けてあげるよ、おいで

レシートの裏に記した駅までの地図には君を誘うトラップ

フラスコに注ぐ夕焼け君の住む町と小指が化合していく
by papiko-gokko | 2007-04-25 23:07 | Diary
窓辺に置いた椅子にもたれ
 美しい瞳の先輩が、珍しく前髪をピンで留めておでこをぺこんとだしていて、ちょっといつもより幼い雰囲気なのがすごく可愛かった。先輩は憧れなので、先輩が可愛かったり美しかったりすると、それだけでちょっと、嬉しい一日になるのです。

***お題「椅子」のこと***

 椅子は、気配を記憶する。座った人の存在感を全身で吸い込んで、その人が椅子を立ち上がり離れたとたん、花粉が舞うように、ぶわりと記憶した気配を放出する。

 今までで一番じっくり眺めたのは、教室の椅子。中学時代、部活が終わって誰もいない教室へ戻ると、空っぽの椅子がずらりと並ぶ放課後の教室は、うとましいほどの気配に満ちていた。恋に恋していた当時の私は、こっそりひとつの椅子に近づき、その気配に酔いしれた。好きな人の椅子の気配は格別なのだ。頬杖、あくび、ふやけた教科書をぐだぐだ捲る指、ぼろシューズ・・・椅子の放出する気配のもやがスクリーンとなり、私の記憶と妄想を映し出す。一方自分の嫌いな子の椅子は、木目や鉄の錆び具合すら憎らしくて、不機嫌極まりない日には、危うく蹴り倒しそうになったりした。椅子の気配を感じるだけで、その人をどんなふうに好きか嫌いか、わかってしまう。もしかしたら、本人を見ているとき以上に。

 いつも私を不安にするのは、喫茶店の椅子。ふたりで喫茶店へきたとき、向かいの人が立ち上がると、一緒に乗っていた子にいきなりシーソーを降りられたみたいに、一瞬にしてガコンと心もとなくなる。お店の椅子はあまりにもたくさんの人を座らせているから、もうあまり気配を吸い込めなくなっているのだろう。喫茶店などで席をたたれたのちの気配は希薄で、数秒で立ち消えてしまって、残っているコーヒーを見つめていなければ、最初からひとりだったような、もう向かいの席には誰も帰ってこないような気分になる。お店で席を立つときには、カバンをおいておくか、コートをかけておいてほしい。

 馴染み深いのは、食卓の椅子。我が家は両親と私と妹ふたりの5人家族で、実家の食卓には五つの椅子が常に置いてある。今は私と上の妹が実家をでているし、少し前まで父も単身赴任でいなかったのに、椅子は常に5つ出してある。毎日座っていた人がある日を境に座らなくなると、椅子はそれが自らの役目であるとでも言うように濃い気配をたちのぼらせ、それまでの日常で溜め込んだ存在感で背もたれを覆っていく。それでも母は椅子を片付けなかった。片付けたらすっきりするのに。「休みのたびあんたたち帰ってくるのに片付ける分けない」と母は言う。5人そろうときなんて、最近ではなかなかないのに。母は、気配を捉えていようとする人なのだと思う。だから邪魔でも椅子を片付けないし、お茶碗も、絶対未だに5つ買う。もしくは私と妹二人の三つ。そのおかげか、いつ実家へ帰っても違和感がない。椅子はどこかからやってきた人の居座る場所で、どこかへ立っていった人が戻ってくる場所だから、うっかり片付けたり撤去したりしたらいけない。
by papiko-gokko | 2007-04-24 21:56 | Diary
夜明けの瞬間はいつだって退屈だったけれど
 眠たくて眠たくてしかたのない一日だった。キーボードを打ちながら幾度となくうつらうつらしてしまい、なんとか眠らないために電話をとりまくったので、周りからすると今日の私は、やけに張り切っているように見えたかもしれない。
 あぁ、それにしても、中村俊輔選手カッコいい。MVP、よくわからないけどかっこいい!

 まざまなことを文章にしてみたいから、昨日の日記では好きな歌の題名をお題にして文章を書こうと思うと書いたのですが、歌の題名だとどうも思い入れ強すぎて、どうにも冷静な文章にならなかったので、やはりお題配布サイトさんから貸してもらうことにしました。文章の長さは、お題の内容やその日の余裕によって、まちまちになると思います。ということで、さっそく今日から始めてみようと思います。

***「暁」の話***

 どんな風に朝がくるのか見よう!と言い出したのは、私だった。小学2年生のころ、大の仲良しの友だちのうちへ泊まりに行った日のことだ。まだ夜の浅い時間に外へ出て、ふたりでさそり座の心臓を探した記憶があるから、恐らく夏休みだったのだろう。その友だちが11月生まれでさそり座だったから、私も友だちも、さそり座という星座を学校で習うよりずっと早くに知っていたのだ。ふたりで夜空を見上げているうちに、朝まで起きてみたいという欲求が芽生えた。当時の私は欲求をストレートに発散する子供だったので、思い立ったその瞬間に「ねぇ朝まで起きようよ、てつやして、朝になるしゅんかんを見ようよ」、と、友だちに提案した。友だちはその意味をわかっていたのかいなかったのか、すんなり頷き、私はますますひとりで盛り上がり、覚えたばかりの「徹夜」という言葉を何度もつかった。
 午前0時を越えるという経験はもう、一年生のお正月に経験済みだった。その日始めて夜更かしすることを許されたのだ。父が、「後一分で明日になる」といい、よく意味が分からないまま眠たさ故のハイテンションではしゃいでいるうちに一分たち、「明日が今日になって、今日が昨日になった」と父がいい、それから父と母が「あけましておめでとう」を言い合っているまんなかで、私は心底驚いていた。それまで、明日の瞬間はぱっと日の昇る朝だと思っていたのに、実際に生まれて始めて見た明日の瞬間は、いつも眠る時間と変わらないまっくらの夜だったからだ。大人は目を覚ましたままで今日と明日をまたいで、よく混乱しないなぁと、子供心にそんなことを思ったりもした。
 その経験以来、朝の瞬間が気になって仕方なかった。父からは夕焼けに似ているとか眩しいとか教えてもらったけれど、やはりいつかは自分の目で確かめないわけにはいかない、と思っていた。さすがにまだひとりで恐い真夜中を越える勇気はなかったけれど、友だちとならば恐くない。まさにその日は、絶好のチャンスだったのだ。眠らないために、私と友だちはあらゆることをした。ぬいぐるみで看護婦さんごっこをしたり、深夜のテレビをつけて白黒の外国映画を眺めてみたりした。三十分ごとに窓の外を眺め、まだまだ真暗な空にがっかりしては朝焼けの時に思いをはせた。私はそんな感じでつねに興奮状態にあったので、瞼がどんなに重たくなっても気力でがんばることができたのだが、しかし友だちはそうもいかないようで、遊んでいる最中、何度もこくんと眠りに落ちかけた。私はそれを必死で起こし、私の記憶が確かなら、午前4時ぐらいまでは、寝ないでいたと思う。問題は、入院ごっこだった。看護婦さんである私たちが、過労で入院してしまうという設定で、私たちはつまり、ベッドに横になってしまったのだった。横になったとたん、記憶が途絶えた。私も友だちも、ほぼ一瞬で眠りに落ちたのだと思う。
 目を覚ましたらもう、外はすっかり昼もまじかな午前中の明るさだった。悔しかった。あのさそり座は一体いつどうなったんだと、寝ぼけた頭で思った。遅い朝ごはんをいただいて友だちの家からでると、頭がごうんと重く痛くて、それなのに足元はふわふわして、太陽も道もやたらと眩しく、目がしばしばした。徹夜明け独特のあの景色を、小学2年生のとき生まれて始めて体験したのである。家に帰ったらすぐ母に徹夜しようとしたことを話し、話しながらソファーで再び眠った。
 暁を始めてこの目で見たのは、それからかなり先のことなのだが、そのときの記憶よりも、この暁を見ようとしてみることのできなかった幼い頃の記憶のほうが、私にとっての一番最初の「暁」のイメージ。あんなに必死で起きたこと、後にも先にもない。
by papiko-gokko | 2007-04-23 22:36 | Diary
はなやいだ街で君への贈りもの探す探すつもりだ
 母の日の贈り物を求めて、池袋を歩き回った。母は私と同じく雰囲気に酔いながら生きているところがあるので、私からのプレゼントは東京っぽい雰囲気ものであればあるほど喜んでくれるだろうと思い、「なんとなく東京っぽいもの」というコンセプトで探し始めたのだが、やってみるとこれが思いのほか至難の技だった。東京のお店で探しているのだから全てが東京っぽいといえば東京っぽいし、今どき大抵のものは別に東京でなくても売っているといえば売っている気もする。知っている限りの大きなお店をぐるぐる渡り歩き、それでも究極の東京っぽさには出会うことができず、4件目のお店を出た頃にはもう3時間以上が経過していたので、くたくたになって一旦本屋さんへ入り、そこで休憩しながら母の好きなものをもう一度よく考え、そこでようやく母がカバンを好きで東京に来るたびカバン種類の多さに感動していたのを思い出し、カバンと標的を絞って、再びお店めぐりを再開した。しかし、カバンって相場が高い。私の経済事情では、とてもじゃないけど母ぐらいの年齢の人が持つお出かけ用カバンはプレゼントできない。どうしようどうしようと悩んだ末に、自分の好きなBleu Bleuetという雑貨屋さんで、布のカバンと雑貨をいくつか買うことに決めた。デザインはほとんど私の趣味に走ってしまったが、私の趣味は母の趣味と似ているので、そうはずしてはいないと思う。贈り物買いついでに、自分用の帽子も買った。夏にかぶる涼しい帽子。会社へかぶっていこうかな。

 こうしてせっかく文章をアップして読んでもらえる場所があるのだから、毎日いろんなことについて書いてみたいと思うのだけれど、私の日常はそんなに変化に富んだものではなく、どうしても同じような内容になってしまう。そこで、余裕のある日は、お題でひとつ文章を書いてみることにした。さっそくお題配布サイトさんをいくつか見てみたが、多すぎてどれがいいんだか決められない。だからひとまず、自分の好きなアーティストの歌の題名をお題にしてみることにした。最初は、私の脳内三大アーティストであるB'z・スピッツ・椎名林檎のシングルあたりからいこう。それでもしうまくいったら、他のアーティストやアルバム曲なんかにも手を伸ばしたい。文字数とかは決めないで、日記の一環として、やってみようと思う。今日は時間がないので、たぶん明日から。
 
by papiko-gokko | 2007-04-23 00:38 | Diary
届きそうな気がしてる
 友だちが私の文章を褒めてくれたので、単純な私は、あぁもっと文章を書いてもっと人に読んでもらいなぁと、うっとり思った。文章を書く行為は、私の、最も譲れない私の部分だ。それはもう、小学一年生のころから変わらない。文章は私が私として成り立つための軸で、文章を書いていなかったら、私は私でいられなくなる自信がある。魂がバラバラになる。ご飯を食べなくなったら私は私のままで痩せていくけれど、文章を書かなくなったら私は私じゃなくなりながら痩せていくと思う。そんな私だから、文章を褒められることが、一番嬉しい。文章を褒められたときの充実感たるや、ただならぬものがある。もっと文章を書きたいなぁ。もっといろんな文体で、もっといろんなことについて書けるようになりたい。

 最近、人と話すのが好きになった。楽しい気持ちになる。人と言っても、ごく限られた親しい人限定で、相変わらず親しくない人の前では、うまく言葉を抽出できずにギクシャクおどおどしっぱなしなのだけれど。
 今日ふいに懐かしい友人から電話があり、嬉しかったので結構ペラペラしゃべっていたら、ぱぴこは昔に比べてすごくちゃんと意見や気持ちをしゃべれるようになったと、驚かれた。その友人によると、高校時代の私は、いつも言いたいことをうまく言葉にできないまま黙って人の後ろにいるような感じだったらしい。社会人になって成長したんだなぁと、何度もしみじみ褒めてくれて、自分が昔よりしゃべるようになったという事実にも、友人が私の成長を見つけてくれたことにも驚き、そして嬉しくなった。
 自分ではそんなつもりなかったのだけれど、確かに高校時代は、今に比べて人に自分の気持ちを言えていなかったかもしれない。言えなかったというよりも、あまり伝えようとしていなかった。どうせ伝えられないと面倒がって諦めて、自分のなかで無理やり完結させてしまっていたのだと思う。人に何かを伝えることは、自分の内側をすり減らす苦しい行為のように感じていた。けれど、自分なりにしゃべってみれば案外と伝わるものなんだと言うことが、最近ようやくわかってきたのだ。そして伝われば伝わった分だけ新鮮な反応が返ってきて、内側は磨り減るどころか、膨らんで広がるのだということにも気付いた。
 人と話すことは、楽しい。そう思えるようになったのは、今日友人が言ってくれた通り、成長したということなのかな。そうなのだとしたら、今なら昔きちんと話せなかった人とも、きちんと話せるかもしれない。不誠実に伝えようとしなかったことを、伝えられるかもしれない。成長をみつけてくれる人がいるって、ありがたいことだ。ちょっと恥ずかしいけど。

 恋人が唐突に、メトロノームがほしい、と言い出した。どうしよう。私はどちらかといえばほしくない。それならカスタネットが欲しい。
by papiko-gokko | 2007-04-22 01:32 | Diary
迷路ゲーム
 思い切り、お金と時間の無駄遣いがしたい。お金を稼ぐための労働時間と、心身を維持するための生活時間で成り立っている私の日常。たまにはどっぷり寝坊して、各駅停車でも1時間かからない場所へわざわざ特急券のいる特急で行き、味の違いもわからないくせに高級料理店でカレーライスを食べ、しかもジュースとデザートまで頼んだりとか、してみたいのだ。お腹が満ちたら、後先考えずに、なんでもかんでも買う。カントリーっぽい食器棚とか、セットの布団カバーとか、好きなブランドの洋服とか、電化製品とか、陶器の飾り物とか。思う存分買ったら、荷物がいっぱいで大変だから、今度はなんとタクシーで帰ろう。そして、おつりはいりませんってドアしめるのだ。それだけすればもう、この一年でちびちびためた私の貯金なんて、あっというまになくなってしまうだろう。後悔するに違いない。だから、いつか、無駄遣いしてもまったく後悔しないような輝かしい無駄遣いをするために、今は我慢。輝かしい無駄遣いには、恋人を巻き込む予定だ。恋人を巻き込めば、後悔しない無駄遣いができる気がするから。

 今日も特に新しいことはなく、昨日とよく似たような心の動きで一日を終える。会社では、妄想ばかりしている。仕事しながらできることなんて、妄想ぐらいだから。キーボードを叩きながら、延々とどうでもいいことを考えている。どうでもいいことすぎて、日記にも書けない。気を抜けば、こまごまとした具体的なことにばかり囚われていく。どうせ囚われるのならば、大きなものに囚われていたいのだけど、憧れていたいのだけれど。大抵の仕事なんてそんなものだよ、退屈で不機嫌なもんだよ。営業さんたち、営業成績をのばすは、大変そう、私もっと、電話をすばやく取ったほうがいいんでしょうか、すみませんいつまでも新人みたいな失敗をして、空回しをしたときは自分でもそれなりに悲しんでいます忘れるけれど、人の気持ちを掴むのが苦手な私は、他のOLさんがたが何を考えているかわからないので、結果的にいつまでたても最低限の挨拶しないですけれど、できれば嫌わずにいてください、あ、発注をすればよかったのに、もうすぐB5の用紙がなくなるんだったのに、月曜日に発注して間に合うかなぁ、間に合わなくてもどうにかなると、知っているんだけど。
by papiko-gokko | 2007-04-20 23:42 | Diary


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