日記と短歌
by papiko
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一年の境目にいてあたたかなあなたと笑い合えている事
 大晦日。大掃除をして、一息ついているうちに日が傾いて、妹と犬さん親子の散歩をして夜になる。土手から見渡す夕焼けが、相変わらず美しかった。波ひとつない水面に映ったように、ピンと澄んだ空気と色彩。年の暮れに見るに相応しい夕暮れだった。妹達おもしろいので、げらげら笑ってばかりいた。ふたりの妹が2匹の犬を連れ、私はうんち拾い係だった。年の最後に与えられた仕事がうんち拾い。うん、悪くない。これからおそばを食べて、こたつでもごもテレビをみながら、年を越すことになるだろう。そんなありふれた、一年の終わりの一日。よいお年を。
by papiko-gokko | 2006-12-31 18:43 | Diary
ビル真から膨らむ光かけあがるように広がる東京の朝
 本日早朝、東京を発つ。6時30分の新幹線に間に合うため、4時45分に目覚ましをセットしていたが、15分寝坊した。でもまぁまにあうだろうと普通に準備しているそばで、一緒に跳び起きた恋人が「まにあわないよ!」「急ぎなよ!」「君もっとハラハラしなよ!人間が大きすぎだよ!」としきりに私を焦らせた。なるほど確かにある程度準備を終えて時計を見ると、間に合うか間に合わないかの瀬戸際な時間。大慌てでコートを羽織り、家を出した。
 外はまだ、驚くほどに夜。しかし朝を目前にした夜の暗さと空気は、夕暮れの後のそれとは明らかに異なり、透明で不安定で、冷蔵庫で冷やされ固まる直前のゼリーみたいだ。静かに冷やされているゼリーに食い込んでいくように駅へと走り、電車を乗り継ぎ、なんとか無事新幹線に乗り込む。ほっと一息ついて走り出した窓をふと見たら、先程まで真っ暗だったそらが、もう白々と明るんでいた。東の空がうっすら赤紫で、だけど夜がそうであるように、夕焼けと朝焼けもまた、まったく違うんだなぁと気付いた。立ち並ぶ高層ビルが朝霧のなか光を集めて輝き、太陽の昇る速度で、一日分の新しい力がたまっていくのがわかる。一日分の力がゆるゆる緩んで溶けていく夕暮れの東京と、真逆の空気。これから動き出すのだ。
 しばらく朝焼けを眺めているうちに、やがてかくんと眠気がやって来て、そのまま眠りに落ちた。そうしてうとうと寝たり起きたり繰り返すうち、あっという間に岡山まで到着。岡山駅へおりると、中国地方の、こんもりまるく連なる山が見え、自分の中でなにかが元通りになっていくみたいに、ほっと安心した。この先の人生がどこで進んでいこうが、私はこの山のシルエットを見て、育ったのだ。
 岡山駅は改装され、新しくなっていた。けれど改札はまだ自動じゃないところも多く、東京である程度自動改札に慣れてしまった私は、きょどって違う切符を渡してしまった。自動改札なら違う切符をいれると即座にバシュンとでてきて改札がバタンとしまってそれまでだけど、駅員さんはもちろんそんなことなく、しばらく眺めた後で、「えっとすみません、こっちじゃない切符を見せてくださいますか?」、とゆっくり切符を返してくれた。そして丁寧に「右に曲がって、六番のホームですね」と説明してくださり、「気をつけていってらっしゃい」と微笑みまでくれた。なんだか、いい。機能化・マニュアル化していない、きちんと人が人を扱っている感じ。東京のように人が沢山いれば、機能化マニュアルかしなければ混乱だらけになってしまうわけで、そんな風にざっくり守られている秩序も好きだったりもするんだけど、やっぱり、人にゆっくり優しくしてもらえると、嬉しい。
 出雲行の電車に乗ったらすぐ、晴天の青空と山を眺めながら、おにぎりを食べた。朝の短い時間に、恋人がつくってくれたのだ。彼はいつも、いざというとき優しい人だなぁと思う。彼のおにぎりはおいしい。絶妙の塩加減で、つんと泣かせる。
 窓の景色が山と川と時々たんぼと家という田舎の景色になりはじめたころ、そばに座っていた家族が、「わぁ田舎ね~」「本当、物語にでてくるような」「ドラマの世界ね」と話しているのが聞こえて、はっとした。そうか、私からすれば田舎の風景なんてありふれていて、東京の景色こそドラマみたいで物語を感じうっとりするけれど、都会で生まれ育った人にとっては、まったく逆になるのか。自分がすんだことのない景色に出会うということは、もうそれだけで物語なのかもしれない。
 しばらくうとうと眠り、目を開けるとそこは雪国だった。岡山はからから晴れていたのに、山陰に入ったとたん、普通に雪が積もっているではないか。おそるべし、日本海側。出雲市駅につくと、改札の出口で母と妹達が待っていた。三人そろってきてくれるとは嬉しい。妹たちはおしゃれをしていて、けれども相変わらずだった。とりあえず、家に着いたら思う存分抱きしめる。妹はふたりとも私と変わらないぐらいの大きさだけど、妹だから、やっぱり小さいのだ。可愛かった。会いたかった。
 そんな感じで、一日が終る。くたくた。眠ろう。
by papiko-gokko | 2006-12-30 17:40 | Diary
最近もくるりを聴いているの?とか例えばそんな話がしたい
 明日は仕事納め。お得意さんへの年賀状も全部だしたし、末締めの請求書も今日のうちに全部処理したし、あとは集計のみだ。がんばろう。

 明後日の早朝には東京を発ち、島根へ帰省する。私と同じく大学から東京に出ている友だちから、「一足先に帰りました」とメールが届いた。年の初めに、地元で会える予定なのだ。お互い東京に住んでいるのだから別に東京でもいくらでも会えるんだけど、だけど違うのだ、そういう問題ではないのだ。
 地元の知り合いに東京で会うと、親しみももちろん感じるのだけれど、同時にとても遠くも感じる。地元の知り合いでも東京で会えば当然東京での生活の顔をしていて、あぁこの人も色とりどりの東京で新しい世界と出会い私の全然知らない日常を私の知らない顔で送っているのだなぁと気付いてしまい、気付いたとたん、身近であるはずの姿が今にも途切れそうに遠くなる。その遠さは、あっという間に私の価値観や距離感を狂わせて、ともすれはうっかり突拍子もないことを言いかねないほどなので、危険でいけないのだ。それより、同じように地元に戻ってきている時間に、地元の顔で会うのがいい。
 今まで地元の友だちと会う場合、みんなで集まって会うという感じだったけれど、もうみんな働いていて集まるのは難しそうなので、今回は、ひとりひとりと時間をあわせて会うことになりそうだ。楽しみだなぁ。お互いの新しい世界の話を少しと、それから共通の思い出話をたっぷり、したいな。
by papiko-gokko | 2006-12-29 00:38 | Diary
的確な言葉を知っている君に歌われたくて差し出す心
 とらわれたくないものにとらわれて、夢の中でまで仕事でへまして迷惑かけて、恐くて苦手に思うことが山積みになりまぶたの裏で揺る。B’zの歌詞に、ちょうど的確なのがあったなぁ。
ああだこうだと 他人が気になって だらだらと 時間がこぼれてゆく
 焦ってばかりいるよ 仲間はずれの夢を見るよ 寝てるときまで眉間にシワ
」(Hi

 やもやした気分の帰り道、ポケットのiPodを再生したら、スピッツが流れ始めて、その歌詞の的確さに一気にうっとり心がほぐれ、おしゃぶりを与えられた赤ん坊みたいに、もやもや虫が泣きやんだ。
怖がる 愛されたい 怖がる ヘアピンカーブじゃいつも 傷ついてばかり
 さまよう 何もない さまよう 中途半端な過去も 大切だけど
 夕日が笑う 君も笑うから明日を見る
 勝手に決めたリズムに合わせて歩いていこう
」(夕陽が笑う、君も笑う

私の魂はいつも、的確な言葉に出会いたがっている。だから、的確な言葉を紡いで歌うアーティストに心底憧れるし、的確な言葉のちりばめられた物語に酔いしれるし(但しハナから的確なことを言おうとしている自己啓発本は苦手)、恋人と長いこと一緒にいて飽きないのも、彼の発言の的確さが、面白くて心地よいからだ。的確な言葉を生み出せる人が、私はとても好きなのだ。
短歌を詠むのが好きなのも、無駄な言葉をそぎ落として31文字にすることによって、そのときの自分にとって最も的確な言葉を、見つけることができるからかもしれない。的確な歌を詠めた日は、本当に気持ちがすっきりするし、いまいち的確でないときは、悔しい気持ちが残る。日常じゃ的確じゃないことばかりしでかすから、せめて言葉だけでも、的確で、ありたくて、無我夢中でそぎ落とす。
by papiko-gokko | 2006-12-28 00:44 | Diary
台無しにしたいバランス君の手で僕の片手を封じて欲しい
 都会の喧騒と、荒れ模様の日の雨音は、個々の音をまぜこぜにして打ち消すので、外で歌を歌うことを可能にしてくれる。だから、喧騒も雨の日も、嫌いじゃない。歌うといっても自分にやっと聴こえるぐらいの小さい声でハミングする程度だけれど、外の空気を吸い込みながら歌うのは、やっぱり気持ちがいい。発した声が、どこにもとどまることなく、すぅっと線になって消えてくれるから、どんな言葉を歌っても、哀しくなりすぎたりしない。



 今まで出会った大切な人は、大きく分けて二種類いる。手を繋いで一緒に同じ道を何度も繰り返し散歩してくれる、安心をくれる人と、手を引いて私に違う景色を見せてくれようとする、経験をくれる人。そのどちらも、ありがたくて必要。
 手を繋いでくれる友達とは、大抵長く静かに続く。けれど、私の手を引こうとした人の手は、何度か離した。怖いのとしんどいのと面倒なのと、そんな感じの理由で。手を離さなかったら、どんな景色を見ることが出来たのだろう。妄想の中で手を伸ばしてみるけれど、ひとりで伸ばした手は、もう空白にしか続かない。
 いつでもだれか、私の手を繋ぐことで、もしくは私の手をひくことで、片手を封じていて欲しい。両手が自由だと、空白でバランスをとってしまって、何も掴まないまま満足してしまうから。片手を握っていれば、もう片方の手も、自然と何かを握りたくなって、本当に掴みたいものを探し始められるから。片手を封じて、私のバランスを崩してほしい。



 どうしても、嫌うことなどできないだろう、忘れ去ることなどできないだろう、そういう存在がある。離れようとするたびに、何かに繋ぎとめられて、あぁやっぱり離れられないと、そのたび想いは深まって、どうして離れられないのだろうかと、つきつめていくほどに、好きで、好きで。そんな存在の誰かが、もしも殺人者になったら、私はその殺人者を嫌いにならないための理由や言い分を、必死で探しまわるだろう。たったひとりを嫌いになりたくないために、いくらでも周りを嫌い攻撃し遮断して、敵を増やすだろう。愛している。
by papiko-gokko | 2006-12-26 21:03 | Diary
話したいことはたくさん伝えたい気持ちはひとつ再会の朝
 一度根づいた想いは、そう簡単に変えられないし、割り切れない。もがいてみたところで、表面を傷つけてかっこ悪くするばかりで。会社のデスクマットに林明子さんのポストカードをはさみ、「ふたりはともだち」のカレンダーを正面においたら、それだけでたっぷり幸せで、私は一体なんなんだろうと、泣きたくなってきた。どこにいても何をしていても、好きなものは好きなままで、なにひとつとして、切り離して考えることなどできない。好きなものを、あぁ好きだなぁとしみじみ(もしくは激しく)思う、そのひとときが、私が私を愛せる時間。会社でさえも、そのひとときを、やっぱり求めずにはいられない。割り切れない、変えられない。

 月9「のだめカンタービレ」最終回。無理やりまとめている感は否めなかったけど、楽しかった!みんな本当にぴったりのキャストだったし、登場する音楽も素敵だったし、黒木くん役が福士くんだったし、毎回よかったなぁ。そうなのだ、自分の好きなことは、大学卒業しようが就職しようが、強情に続けていこうとしなくては。捨てさえしなければ、どんなことでも起こり得るのだ。ヨーロッパ編も、してほしい。
by papiko-gokko | 2006-12-26 00:30 | Diary
始まりと終わりの隙を縫うような僕らの恋の居場所は記憶
d0038776_17535067.jpg
 名作絵本『ふたりはともだち』のがまくんとかえるくんを、もらった。ずぅっとほしかったのだ。可愛い・・・なんて可愛いのだろう。カレンダーも一緒にもらったので、会社で使おうと思う。このお話は、ふたりの会話の言い回しやテンポや、行動の発想が、とても好きで、特に小学2年ぐらいの教科書にのっていた「おてがみ」は当時から大好きで、宿題でもないのに何度も母に音読して聞かせた記憶がある。「だってぼくが、きみにおてがみ、だしたんだもの!」

 ここのところ、気持ちと言葉が、かみ合っていない感じがする。しっくりくる言葉を探し回るうちに、だらだら長いだけの文章になってしまって、結局着地できずに濁して終わっているような。今日は何も書こうせずに、借りた本を読もうと思う。読みたい本が、いっぱいなのだ。
by papiko-gokko | 2006-12-24 18:01 | Diary
思い出すように待ちわびているように時間を揺らすゾウの足踏み
d0038776_14241043.jpg 冬の動物園へ行く。上野動物園。ぽかぽかよい天気だったからなのか、動物たちはみんな一様に眠たそうだった。カバも大きな大きなあくびをして、そのたび歓声があがった。今日は祝日とあってファミリーがたくさんで、動物を指差しきゃっきゃする子どもが可愛くて、それも含めて楽しんだ。
 まずは私が一番見たかったゾウをたっぷり気が済むまで眺めた。ゾウの時間のテンポは、やはりなんとも言えず良い。鼻でモソモソ足をかいてはミョ~ンと口を縦に開きあくびしているゾウ、ひたすら身体に砂をかけているゾウ、ずろんずろん足踏みをしてただただ揺れているゾウ、砂のなかにいる虫かなにかを食べ続けているゾウ。「しびれを切らす」とか「時間を持て余す」とかいう概念が、たぶん彼らにはない。時間の流れに、従うのでも逆らうのでもなく、漂っている。大きな何かを長い長いスパンで待っているようにも思えるし、一瞬一瞬をかみ締め続けているようにも思えて、嗚呼、綺麗。動物園での暮らしは、退屈なのかな、つまらないのかな、そうじゃなければいい。美味しい食べ物をのんびりたっぷり食べられる生活に満足していればいいと思う。人間のように、何不自由ない暮らしに満足できないなんていう複雑な感情が、なければいいと思う。
 鳥のコーナーでは、コンドルが毛づくろいのために大きな羽をひろげていて、みんなが写真をとっていた。私も写真をとりながら、あぁだけどあの羽でもう随分大空を飛んでいないんだろうなぁと思うと悲しくて、だけど、悲しいなぁかわいそうだなぁなんて思いながら動物園の動物を眺めるのはそれこそ人の傲慢の最たるもののような気もして、だから精一杯、目の前で生きているコンドルの存在を楽しんだ。
d0038776_14244034.jpg 猛獣コーナーでは、ライオンが目の前まできてくれた。ライオンの顔、おおきい!トラの毛並みも美しかった。ゴリラもいたけれど、彼らはみんなひどく憂鬱そうで、背中を丸めて後ろを向いていて、人間っぽすぎて、見ていられなかった。人間に近すぎる霊長類は、動物園でみたくないかもしれない。
 他にも、いろんな動物がいて、それぞれの動物にそれぞれの時間のテンポがあり、それぞれの模様や大きさや癖があり、飽きなかった。どの生き物も、見れば見るほど不思議で、身を乗り出して一生懸命に眺めている自分がまた不思議で、あぁ生き物は、その存在を認識すればするほどに不思議に思えてくるものなのだなぁ、と思った。

 動物園を満喫したあとは、年末で大賑わいのアメ横を歩く。チョコレートにおかきに甘栗、そして魚介類。「どこより安いよ!」「特別価格!「こんなにはいって1000円!」といった威勢のいい呼びかけが行きかい、歩いているだけでわくわく高揚してきて、何か買わなくちゃ!という気分になってくる。クリスマス直前なのでサンタクロース姿の人もいっぱいいた。動物園を一歩出れば、そこはもう、人間対人間の世界なのだ。さすがは年末なだけあって、すごい人だった。道中おしくらまんじゅう状態で、もう流れに身をまかせて息をするのが精一杯。私があっぷあっぷしているうちに、恋人はカニやらえびやら明太子やらを、格安な値段でゲットしていた。すごい。
あっというまに日が暮れて、カニなべの材料を買って帰り、さっそくおいしくいただいた。おいしかった!東京万歳。

****

 ここ数日の私の日記って、なんか色ボケみたいで気持ち悪いかもと思い、私の日記を日々読んでくれている或人に、ねえ私の日記最近気持ち悪かった?とめんどくさい質問を投げかけたら、「日記を毎日公開している時点で見方によっては相当気持ち悪いのに、今更何を言っているのか」と元も子もない返答がかえってきて、おかげで開き直ることができた。そうなのだ、日記なんだから、人を不快にしない程度なら、気持ち悪くたっていいじゃないか。
 私のストレス発散法は、自分の気に入った物事や人に対して、「好きだ!」とか「素敵だ!」とか「カッコイイ!」とか「可愛い!」などといったプラスの感情を強く抱きそのことで頭をいっぱいにすることなので、日記もついつい、好きだ!とかカッコイイ!であふれてしまう。そしてその、好きだ!とかかっこいい!を抱きやすい対象が、音楽と小さい子どもと、そして思い出深い人や魅力的な異性になってしまうわけで。しかたない。
by papiko-gokko | 2006-12-24 01:58 | Diary
いいこってあなたが褒めてくれたからいいこの意味がもうわからない
 簡単な決め事と確認のためにお得意先の営業さんに電話をしたら、なぜだか話の途中いきなり、「ふふふ、ぱぴこさんって、いいこだねぇ」と言われた。会ったこともない人に、いいこって言われた。いつも通りしどろもどろだったし、あとはほとんど「伝えておきます」と「かしこまりました」と「よろしくお願いいたします」ぐらいしか言っていないのに、一体どのあたりが、あの人にとっていいこだったのだろう。大体いつも軽いふらふらした口調の人なので、きっとただのお世辞かからかいだったのだろうけれど、私は、不覚にもすごくすごく、嬉しくなってしまった。電話を置いてからも、しばらくぽうっとしてしまったぐらい。だって。働いていて始めて、社外の人から、褒めてもらえたのだもの。ありがとう、堤さん(仮名:脳内イメージ堤真一)。堤さんと同じ会社別支店の唐沢さん(仮名:脳内イメージ唐沢寿明)に続く、お気に入り営業さん決定だよ。堤さんと唐沢さんから受けた仕事は失敗しないようにがんばるよ。

***

 ところで昨日の日記が尻切れトンボなのだったのだけど、続きをかいてもかいても、着地できないです。書いていて、私はつくづく順序だてて事の成り行きとか状況を伝えるのが苦手だと気付きました。だから小説なんかもてんでかけないのです。
 だけど、一生懸命書いた文章を消すは残念すぎるので、着地点のない文章ですがこれも日記にします。読んでくださる人は、ありがとう。

<続き>
 ある日、ご機嫌でプリントを持っていったら、彼は怒った口調で言った。
「こっちくんなや、お前なんか嫌い」
一瞬にして視界が砕け散った。教室のざわめきがぐわんと遠のき、にやけた顔面、思い切り殴られたかと思った。好きが嬉しかったぶん、嫌いの衝撃は大きくて、「私だって好きじゃないわ」とかろうじて口にしたものの、悲しさと悔しさで、眩しくなるような涙がでた。
 今考えてみれば、つまり私の行為はうざかったのだと思う。調子にのってんじゃねえよ馬鹿って感じだったんだと思う。しかし、じゃあいったいどうすればよかったんだろうかと考えるけれども、いまだにそれはわからない。むしろ少年の気持なんて、大人になればなるほど、わからないものかもしれない。あのころもう少し、考えていればよかった。
 その日から私は彼に近づかなくなり、好きとか嫌いとか言い合ったことも忘れ、3年生でクラスが変わり、まもなく私は転校した。変化しながら繰り返す毎日のなかで、出来事の記憶は薄れていったけれど、男の子から好きと言われた喜びと、嫌いと言われた悲しみは、同じ強さで残った。特に、好きの喜びは忘れられなくて、思い出しては恍惚とした。ただ、男の子から好きと言ってもらえるそれだけのことが、あんなにも嬉しい楽しいことだったなんて。私をそんなふうに見てくれていた子がいたんだとわかることが、こんなにも命を活き活きさせてくれるものだったなんて。いつかまた、男の子に好きって言われてみたいなぁと思った。そして同時に、男の子に好きって言ってみたいなぁとも思った。その願望がやがて私に失恋なるものの存在を教えてくれたのだが、それはここでは細かく語るまい。つまりそれほどまでに、彼が私に与えた影響は、大きかったのだ。
 中学生になり、多感な年頃でいろいろあって再び島根へ戻ることになった。そしてそのクラスに、私にうまれて初めて「好き」をくれた、あの日の男の子が、いたのだ。彼は転校したその日に、勢いよく声をかけてくれた。
「小学校のころ、いたよね!」
と。声変わりをしていたけれど、あのころと変わらない顔だったから、すぐにわかって、驚いて、自分の顔がぼはっと赤面するのを感じた
 そんなちょっと少女漫画な再会を果たしつつも、その後仲良くなることは、もちろんなかった。相変わらずのやんちゃぶりでクラスの中心にいた彼に対し、私は思春期まっさかりで男子とまともに話せない、いかにも垢抜けないぼっさりした中学生だったので。だけど、それでも彼が私を覚えていてくれた、という事実は、私の新しい学生生活を、一気に元気付かせた。当時の私は自分の存在に自信を喪失しまくっていたので、彼の一言に、どれだけ救われたかわからない。
 以上、「好き」の喜びを教えてくれたこの男の子のこと。一度文章に書いてみたいと思ったので、書いたのでした。好きと伝えるだけじゃ駄目なんだと知るのは、このころより、もう少しあとのことなのです。
by papiko-gokko | 2006-12-22 22:50 | Diary
君が僕を忘れた音を聞いた気がした北風をたたむマフラー
 長い文章を打っていたのだけど、もう寝なければならなくて、でもまだ着地できていなくて、だから今日は途中まで、アップすることにしました。よって、今日は尻切れトンボで終わります。

 たまにふわっと思い出し、嬉しく苦々しく記憶。男の子から、初めて「好き」をもらって、そして取り上げられた思い出。それは小学2年生だったある日の昼休み。クラスで一位二位を争うやんちゃな男の子が、自由帳に変な絵を書いてげらげらしている私のところへ突然近寄ってきて、こしょこしょっと耳打ちした。
 「ちょっと話があるから、きて」
え?と顔をあげたら、すでに彼はさっさと歩きだしていて、私はあわてて追いかけた。手にはえんぴつを握り締めたままだったのを、なんだかはっきり覚えている。騒がしい廊下をずんずんぬけて、背中は進む。わけがわからなくて、何度「どこいくの?」と聞いても、彼は「もうちょっとむこう」というばかり。
 やっと立ち止まったのは、教室からずいぶんと離れたところにある下駄箱だった。休み時間の下駄箱は、一見騒がしそうでいて、実は誰もの関心が外か中へ向いていていて誰も留まらないので、こっそり話をするのには他のどこより適切だ。
 わけがわからないなりに、彼が何か特別なことを言おうとしているのはわかって、わくわくどきどきじれったくて、何?何?はやくはやくって、せかした。私がせかせばせかすほど、彼は「やっぱり言うのやめようかな」なんて言うので、最終的に泣きそうな気分になりながら、お願い言ってよ言ってよと繰り返していた。すると彼は、誰にも言うなよ、絶対言うなよと、念を押してから、斜め上を見上げて、言ってくれたのだ。
「君のこと好き」
 その言葉を聴いた瞬間の、立ちくらみ、驚きででんぐりがえる心臓、脳細胞ひとつひとつから弾けるように芽吹く花。小学2年生の私には、恋とか告白とかいう概念はまだはっきりわかっていなかったのだけれど、当時はまっていた「らんま1/2」の影響などで、男の子が女の子に好きと伝えることがすごく大変で重要な出来事だということはなんとなく知っていたし、たぶんなにより、本能でわかっていた。
 あいかわらずわけがわからなくて、でもとにかく嬉しくて、「私も好き!」と言った。実際彼を嫌いではなかったし、好きといわれたとたんその衝撃で大好きになったのだ。彼はにこっと笑って、それから誰にも言うなよと念を押し、ばっと走って帰っていった。私はたぶん気持悪いほどにかにか笑いながら、後を追いかけた。体中から歓声がもれた。
 小学2年生の私に、付き合うなんて概念はもちろんなく、別になにをどうということもなく、ただ好きなのが嬉しくて、以前よりよく話しかけたりするようになった。わざとプリントをもっていったりなんかもした。好きなのだから、いいと思っていた。だけど、それは大きな間違いだったのだ。

つづきは、また、明日?



 NIVEAハンドクリーム冬限定バージョンを会社に持っていき、傍らにおいて仕事をしていたら、パッケージを眺めるたび思いのほか嬉しい気持ちになったので、明日、友だちからもらった林明子さんのポストカードを持っていくことにした。デスクシートにはさむのだ。観るたびに幸せになるに違いない。
by papiko-gokko | 2006-12-22 02:28 | Diary


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外部リンク