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日記と短歌


by papiko

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 体操服を忘れて、別のクラスの友だちを頼って走りまわすも、そういえば自分にはそんなにたくさん友だちがいなかったんだ、と気づく夢を見る。なんてリアルで寂しい夢なんだ。
 学生時代、私は忘れ物&落し物の常習犯だった。小学校のころ落し物箱のなかには、必ず何かしら私のものが含まれていたし、給食当番のたびにマスクを忘れた。教科書を忘れては、あまり仲良くもない隣の人に見せてもらうため机をひっつけ気まずい思いをしたものだった。昔から、ものすごく注意力散漫なのである。
 起きている間あまりにも注意力散漫なので、そのかわり、寝ている間、夢だけは注意深くみているつもり。起きている間に注意しきれなかったいくつものことが、夢に流れ込んでくるから、夢は極力覚えておくようにしている。夢が教えてくれることは、大抵どうしようもない、とりかえしのつかないことだけど、夢をきちんと見なければ、とりかえしのつかないことなのだと気づくことさえないだろうから、それはそれでいいのだと思う。
 みんな体操服のなか、ひとりだけ制服でうろうろしていたら、懐かしい人がふらりと現れて、なんだか私のほうを見ている。この姿をこの人にだけは見られたくなかったのにと悲しくなりながら、何か言おうとすればするほど、舌が絡まって喉がつまって、仕方がなくて、曖昧に笑っている。そのうち口元から表情が薄れていって、夢が別の夢にさらわれた。いつもいつも、何も言えないままさらわれる。

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 今日は月末だったので、集計やら請求やら疲れた。間違えていませんように。十万単位の数字に、最近だんだん慣れてきたかもしれない。どんなことも、とにかくは、慣れることだな。慣れてしまえば麻痺してくれて、どんなことでも平気になるよ。「淋しい」以外の大抵の感覚は、慣れてしまえば麻痺してくれるよ。苦しみの解決策なんて、とにかく続ける、もしくはやめる、それぐらいしかなくて。ともかく大抵のことは、大丈夫なものなのだよ。
by papiko-gokko | 2006-08-31 20:58 | Diary

勝手な僕は


 夢を見る。もう帰るの?まだいてよ、と言われて、やっぱりいつまでも帰らないでいることにする、ただそれだけの退屈な夢。夢の中で、脱いだソックスの形を眺めながら、自分には重たい隠し事があるような、憂鬱な気持ちになる。一瞬近づいて、最後は離れたまま終わる。



 気をつけなければいけないことが、どんどん増えて、飽和状態。おかげであっちもこっちも、注意書きだらけ。お菓子にだって、注意書き。注意書きのない世界へいったら、私は随分不安になるのだろうな。今は、注意書きに書かれていることをしなければまぁ恐らく安全だろうという生ぬるい認識のなかで生活しているのだから。注意書きに守られているといううよりは、すっかり甘やかされている。ありがとう、甘やかしてくれて。注意書きくださいね、自分では気をつけきれないから、ありとあらゆるものに、注意書きと保証書を、つけてください。それらを失くさないよう、私はそれだけ気をつけようと思います。

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 先日アマゾンで届いたスピッツの楽譜が届いた。なんと102曲もの曲が収録してあり、シングルはもちろんのことアルバム曲もたくさん入っているのが嬉しい。弾けるようになりたい曲ばかり!楽しみすぎる!拍子のマサムネさん素敵だし!
 楽譜をさっそく弾き始めたい気持ちを抑えて、今日もテキストで地道に基礎練習。CとG7のコードチェンジがようやくできるようになってきて、今度はAmとCのコードチェンジの練習中。押える力が弱いので、いい音がでない。指先に力を入れるなんてこと、普段あまりしないからなぁ。なにやらひとつの指でいくつものコードを押えるバレーコードとかいう難関も待ち受けているっぽい。こんな調子で、できるようになるのかなぁ・・・。とにかく練習あるのみ。
 必死で押えすぎて、ここのところ絶えず左手の指先がびりびりしている。テキストをめくると、、指先からなにか魔法がうまれそうな気がしてくる。魔法使いはなにか魔法をつかう直前、きっと指先にこんなビリビリを味わっているに違いない。
by papiko-gokko | 2006-08-30 21:11 | Diary

やだまだ僕は眠らない


 私がここに書くことなんて、私以外の人にとっては、どうでもいいことばかりで、読み返してみれば、同じようなことばかりで、それをわかっていながら、ここで書き続けている私はただの依存症じゃないのか、なんで私は私のことを真剣に書くのだろうみっともないだけなんじゃないか、とたまに急激に思うけれど、私の思ったことをことばにできるのは私だけだし、こんな広くて難しい世界で、想像力も知識もない私が発進できる私だけのものなんて、私とそのまわりのことぐらいで、それなら私は私自信を武器にするしかないんじゃないかと、そうも思って、持ちなおす。持ちなおし続けてやるんだ、同じドアだと気付きながら、新しい発見した顔で、叩き続けてやるんだ。
by papiko-gokko | 2006-08-30 00:40 | Diary

火曜日


 言い訳とキレイゴトばかり、必死で思考している気がする。哀しみや怒りは、否が応でも一目散に感情が感知して受けもってくれるから、思考には、自分を守るための言い訳とキレイゴトを、生産させて、そうすることでバランスを保っている。できる限り、笑っていたい、楽しんでいたい、優しい気持ちでいたい。それだけのためだよ。だけど、そうしなければバランスを保てない自分の弱さが、情けなくなる。現実に弱れば弱るほどに、自分の中で世界を美しいものに仕立てて安心しようとする自分を、ずるいと思う。

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 人間ごっこの掲示板に変わって設置してみたContact(Clap)、早速言葉を送ってみてくださったかた、ありがとうございます。とても嬉しくてにやけたのです。お返事は、Contact(Clap)の隣にリンクしてあるRe:で、ぼそぼそさせていただこうかと思います。
by papiko-gokko | 2006-08-29 21:04 | Diary

言葉のこと。


  限られた言葉で、限られた事柄について、限られた人たちと話しているだけなのに、それでも、毎日言葉の難しさに頭を抱える。互いをよく知らないためにうまく伝わらなくて戸惑うこともあれば、親しい間柄であるがゆえに、互いの言葉が絡まってしまうこともある。言葉は気難しくて気まぐれだ。伝わったときの喜びも、伝わらなかったときの落胆も、大きい。私の感情に最も激しい起伏を与えるのは言葉だと思う。
 気難しくて気まぐれなだけじゃない。ふりかえってみれば、誰かに喜んでもらった記憶には言葉がないことも多いけれど、人を傷つけて怒らせたり悲しませたりしてしまった記憶には、必ず言葉が刻み込まれている。あんなこと言わなければよかった、という思いがひっついている。言葉は人を傷つけたり騙したりするのに、最も手軽で便利な道具で、ところかまわず振り回していれば、その気がなくても誰かを深く傷つけてしまう。残忍なのだ。
 そんなやっかいで恐い言葉というものに、けれども私はもう何年も頼り切っていて、もう何年も、言葉を綴ることで救われていて、何かを誰かに言葉で伝えることが日々の楽しみでさえあr。伝えたいことがあるから言葉に頼っているのか、言葉に頼っているから、何かを伝えたいという思いが芽生えるのか、よくわからない。ただ、頭のなかにいろんな思いもわもわ生まれ、言葉がそれらを食べていき、思いを食べた言葉が頭にあふれると、それを誰かに伝えたくなって、文章にして、外側へ出す。もう何年も、それを繰り返している。
 言葉は、伝えたい気持ちが生み出したものだと信じている。そして、伝えたいという気持ちは、「愛しい」という気持ちから生まれたと信じている。喜怒哀楽は、伝えようと思えば言葉がなくたって伝わるけれど、どのように嬉しいのか、なぜ怒っているのか、どうして悲しいのかは、言葉はなくちゃ伝わらない。その簡単に伝えられないものを伝えたくさせるのは、愛しいと感じる人の存在だと思う。自分以外の存在を、愛しく、重要だと感じたときに、誰かに何かを伝えたいという気持ちが生まれたのだと信じたい。

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 帰宅後、今日も1時間ほどギターの練習をする。今日はCとG7を練習。テキストには基本のコードチェンジって書いてあったけど、難しい!指がとどかない!間接をやわらかくしなければいけないなぁ。スピッツの楽譜が届くのが楽しみで仕方ない。

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 人間ごっこの掲示板、どうもここ数ヶ月、なんというかいかがわしい内容の迷惑書き込みが多くて、消しても消してもきりがなくて、もうこれはだめだなーと思ったので、サイトから掲示板をはずしました。今までに頂いたログがつまってるので、削除はせずひそかにとってはおくのだけれど、もう書き込みはできなくなりました。
 しかしお話できる場所が何もないのは私的に非常に寂しいので、掲示板に変わるものとして、Web拍手さんをレンタルし、それを一言メッセージ送信ページとして使わせて頂くことにしました。サイトに関係あることでも関係ないことでも、なんでも気軽に送信していただけたなら、とても嬉しいです。お返事は、日記でするのかな、それとも専用の場所をつくったがいいのかな。まぁそれは、ひとつでもメッセージを頂いてから考えることにしよう。拍手の音とかは鳴らないように設定してあるので、会社からアクセスしても大丈夫だよ。絵はランダムに変わるよ。レッツトライ。
by papiko-gokko | 2006-08-28 20:46 | Diary

音楽のこと。


 私が音楽をすきなのは、音楽には、言葉を自由自在に含むことのできるおおらかさがあるから。メロディーにのっかっている言葉を聴いたり口にしたりすることが、好きなのだ。言葉は、それ単体だとどこか難く、自分に与えられた意味をがっちり守って構えているイメージがある。それがメロディにのっかることで、やわらかくほぐれひろがり、言葉そのものの意味が開放されて、スムーズに心の中にいきわたるようになる。だから、音楽が好きだ。
 言葉のない音楽を聴いていると、私はどうもすぐに眠たくなってしまう。よく言えば心地よくなりすぎて、悪く言えば退屈して。だからいいメロディーに出会っても、そこにどんな歌詞がついているのだろうのか、ついていないのだとしたらどんな歌詞をつけたら素敵になるだろうかと、まずはそこを考える。つまり、言葉をのせた音楽が好き、音楽にのった言葉が好き。こんなこと本気で音楽を学び愛している人が聞いたら、怒るか呆れるもしれないけれど、私にとってメロディーは、言葉をのせる船のような存在なのだと思う。

 その船を、自分で奏でてみたいという思いから、23歳にしてギターを始めたりしたわけで、今日は午前中からずっとぼちぼち、アコースティックギター(命名ロビンソン504号)の練習をしている。初心者用のギターテキストやサイトを見つつ、基本的なコードの押さえ方を順番にやっている。
 繰り返しやっていくつかのコードはなんとか頭と指にインプットされたけれど、コードチェンジ(押えるコードを変えていくこと?)は、まだまだ難しい。3時間やって、ようやくD→Em7→A7のコードチェンジができるようになった。ほんの単純だけど、この三つの音を繰り返すことでひとつのメロディができあがっていて、弾けるようになってくるにつれ感動した。
 それにしても、弦を押さえる左手の指先と手首がかなり痛い。今もキーボードをたたくのがちょっと辛いぐらい。こんなに指先に力のいるものだとは知らなかった。こんな痛いの一体どんな風に弾いてるんだろうかとスピッツのプロモを見てみると、マサムネさんが軽やかに左手を動かしながら右手でジャガッジャガ弾いていて、思わずため息が漏れた。かっこいい!かっこいいよマサムネさん!
 とにかくそんなわけで、練習を始めたからには、弾けるようになるようがんばろうと思う。まず一日1時間はギターを弾く習慣をつけて、手首と指先を痛みに慣れさせなければ。楽器に関してはピアノで一度挫折しちゃっているので、もう挫折したくない。独学でどこまでやれるかわからないけど、やれるとこまでやってみたい。
 ちょっと気が早いかなぁと思いつつもアマゾンでスピッツの楽譜を検索していたら「やさしく弾ける アコギで歌おう スピッツ/ベスト曲集」といううってつけの楽譜を発見したので、早速注文してしまった。今月のお給料入ったことだし、楽譜一冊買うぐらい、いいんじゃない?うん、いい、いいよ、いい!まずはやっぱり「ロビンソン」から、弾けるようになりたいなぁ。うー弾きたいよー。
by papiko-gokko | 2006-08-27 17:30 | Diary

 ツクツクボウシが鳴き始め、夜にはかすかに鈴虫の鳴き声も聞こえてきて、もうすぐ秋のくることを知る。秋は寂しくなるけど好きだ。ひとつひとつの出来事が、丁寧に終わって閉じていく感じがする。同じ色をしていた葉っぱも、落ちていくために、それぞれ別々の色をつけだして。

 今日はここ最近のテクテク短歌(参加中題詠100首)なのです。もう70首いったので、もうすぐ終わります。苦手意識はますます高まったけど、なかなかおもしろい体験でした。

終章の見出しのようなネクタイを締めて本日君をもらいに (章)

守るべき約束もなく雑踏のカフェで決意を迫られている (カフェ)

報告は欲しくなかった元気だとそれだけ知っていればよかった (報)

事務員になったからにはどこまでも夢を語って過ごしてやるの (事務)

ふたりからひとりとひとりになる朝はキスではずみをつけて離れる (ふたり)

ビル街も森も同じさセミはただ命の限り鳴きたいだけだ (鳴)

玄関にゆっくり生けられている百合 子に解らない母の寂しさ (百合)

超高級オペラグラスを覗いたら僕の背中が見えてしまった (オペラ)

竹薮をどんどん抜けてたどり着く川原まぶしく秘密めく夏 (竹)

注射器に集まる視線おおげさに顔をゆがめる最初の生徒 (注射)
by papiko-gokko | 2006-08-26 16:43 | Diary

 先日、夜遅くに外を歩いていて、ぞっとしたことがある。もうとっくに日が落ちているというのに、セミが鳴いていたのだ。それもヒグラシやツクツクボウシではない。ミンミンゼミが、力いっぱい鳴いていた。今までの私の経験からすると、夜に鳴くのは昼とは違うリンリンカサカサ鳴く虫たちのはずで、日が落ちて夜になったらもうセミは鳴かないはず。それなのに、ミンミンジリジリ真昼間のセミが自信たっぷりで夜の空気をビリビリ震わせていたのだから、強烈な違和感を感じずにはいられなかった。
 調べたところ、この現象はやはり自然なことではなく、東京でここ数年起こりはじめていることなのだそうだ。東京は夜になっても明るく暑いため、セミが夜になったと気づかずに鳴き続けるのだという。確かに私が通った道も、パチンコ店やコンビニなどが並んで眩しいほどに光を放ち、全然夜の暗さじゃなかった。セミじゃなくても勘違いしそうだ。こんなふうに、自然のリズムは損なわれていくのか。

 東京の夏でもうひとつ驚いたのは、「光化学スモッグ注意報」というやつだ。むわっと暑い日にちょくちょく発令されて、そのたびびっくりする。教科書では習ったことがあったけれど、都会ではそれがもはやこんなに日常に溶け込んで存在していたなんて、びっくりせずにはいられない。光化学スモッグ。名前からしていかにも体に悪そうじゃないか。なるべく外出を避けてくださいって、街中にスピーカーで流れるのだ。すごい恐いじゃないか。なんなんだここは。星新一のえがく未来か。

 これが環境破壊?身をもって感じてみると、環境破壊は、恐いというより、気持ち悪い。ぞわりぞわりと、狂っている感じ。このままではいかんよなぁと、ぼんやり思う。きっと多くの人が、このままではいかんだろうなぁと思っていて、だけど思う速度より早いスピードで、環境はどんどん狂っていっているのだろう。

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 環境がどうであれ、とにかく私は今日も仕事なのだった。そして今日は、やってしまった。初歩的且つ大迷惑なミスかましちゃった。やっと焦らず人並みにお仕事できるようになってきたかもと安心しかけた矢先にこれだ。もー、自分のアホ具合に、腹がたって仕方ない。失敗すること自体が辛いのではない。私がミスをすることによって、それが連鎖的に多くの人に迷惑をかけてしまうことが、すごく辛いし恐いのだ。私が叱られて私が謝るだけで済むのならばまだいい。しかし会社で私がおかしたミスは、ただ私が叱られて謝るだけではすまないのだ。私のミスが、いろんな人の迷惑となり、いろんな人に頭を下げさせてしまうのだ。恐い、恐すぎる。企業って、社会って、恐すぎる。
 日々ジェンガを積み上げるように地道にびくびく培っていた信用は、たった一度のミスによって、あっというまに崩れてしまう。また一からやり直しだ。大迷惑といっても事務員のミスだから、会社に大きな影響を与えるようなわけではないし、結果的に営業さんがうまくやってくれて大丈夫だったんだけど、迷惑をかけたことに変わりはないのだし。
by papiko-gokko | 2006-08-25 21:22 | Diary

君の記憶の片隅に。


 ポケットに手をつっこむと、だいぶ昔に走り書きしたメモがぐしゃぐしゃの形ででてきたりする。忘れっぽいので覚えるべきことはメモるようにしているのだ。忘れっぽいあまりどのポケットとかにつっこんだのかどこにしまったのかわからなくなり結局は人と勘に頼って生きているのだが、それでもふいにメモがでてくると、すっかり忘れていたはずのその時の記憶が、雰囲気から徐々によみがえってくるのだから不思議だ。メモの威力はすごい。
 忘れっぽい私なので、会社のデスクでも常にメモが大量生産されている。ゴミ箱のなかも、用を終えたメモでいっぱいだ。メモだらけなのは私のデスクだけじゃない。誰のデスクにも、それぞれのやりかたでメモがはられている。人によってその方法は本当にさまざまで、パソコンのモニターの周りに付箋(ポストイット)のメモをはりまくってパソコンがライオンみたいになっている人もいれば、きちんきちんと真四角にクリップや磁石で纏めて整理している人、私のように、とにかく見えるところにそのときの思いつきでところかまわず貼り付けている人など、実に解りやすく性格をあらわしている。
 メモがあるのは、デスクだけじゃない。周りを見渡してみれば、オフィス全体、ありとあらゆるメモがあちこちにあふれている。長いことクリップにはさまれ端っこがまるまって黄ばんできている長寿メモ、毎日カラフルな磁石でとめられている日替わりメモ、無造作にはられている付箋の一時的メモ。どのメモとして無意味なものはなく、自分自身かもしくは社内の誰かに、何かしら必要なことを伝えるために存在している。
 眺めれば眺めるほど、メモは儚くて美しい。どれもこれもが、人が覚えることのできる限界からはみだしてきた記憶の結晶なのだと思うと、威厳さえ感じる。ほんの些細なメモが、記憶の限界をぐんと広げてくれるのだから。それに、メモ特有の走り書きっぽい字がまた、正直でいい。飾り気がない、かっこつけてない。ただ必死に思考が描いた線、という感じがする。
 先日名古屋にて、小さい可愛いゾウのメモ帳を買った。これからはこいつを、持ち歩こうと思う。なんでもかんでも、メモすることで、記憶をひろびろ自由にさせたい。
by papiko-gokko | 2006-08-24 19:09 | Diary

思うこと


 生きていくことは、基本的に、過酷なことなのだと思った。過酷なものなのだとはっきり認めてしまえば、ある程度は動じず強く立っていられるかもしれないと、思った。ふわふわ楽しい明るいなんて、中途半端に思っているからうろたえる。同じ無力なら、せめて、うろたえない心で、受け止めたいよ。

 朝になって会社へいくと、今日も誰もが働いている。事務の先輩も同期のエビちゃんも、いつもそれぞれに誠実に淡々と仕事をしていて、心地よい。日暑い中外回りをして帰ってきて遅くまで残業して帰る営業さんたちは、大変なのに、トラブルの話とかを面白おかしくして笑いあっている。働きながら笑いあえるって、いいな。いろいろ大変なんだけど、事情はいくつもからまるけれど、笑いあえたらとりあえず、十分素敵な今日じゃないか。働きながら笑っている大人をみると、嬉しくなるし、どんな事情だって楽しめるさと、安心する。
 
by papiko-gokko | 2006-08-23 22:02 | Diary