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日記と短歌


by papiko

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Zig Zag Zig Zag


 1983年誕生国籍日本出身島根性別女。気付いた時には生れてて、いつの間にか、物事を考えるようになって、ほわほわ希望をもつようになって、なんとなくそれを追いかけてたら、ここにいた。83年4月3日誕生。それだけが確か。
 不思議な世代。通信手段がどんどん発展し、つめこみ教育とゆとり教育の間で、個性と協調とのバランスがうまくとれないまま、とりあえずはみ出さないように気をつけてきて、無気力な世代だとか言われたりもして、確かに私も、「どうでもいいや・・」が、困った時の口癖で。でも、死にたいとは思わないので、無気力ではないはず。死にたいんじゃなく、生き方がわからないのだ。内側も外側も、メチャクチャなんだもん。社会のせいにするつもりはないけれど。

 悩むのはいいけど、なるべくは、落ち込まないようにしたい。落ち込んでも、どうしようもないことばかりだし。大丈夫、なんとかなる。楽しく生きていけるはず。今までだって、いろいろあったけど、楽しかったこと多かった。好きな人がいて、その人が、楽しい顔をしていて、私と話をしてくれたなら、それだけで、もう大丈夫。今までも、そうだった。大丈夫。大丈夫。
by papiko-gokko | 2005-05-31 01:00 | Diary | Comments(0)

晴れより雨がいい


 雨は、人を許す力を持っていると思う。東京の雨は特に。雨に限らず、水には、許す力があるのかもしれない。そういえば、俵万智の歌のなかに、こんなのがある。
「今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海」
 そうだ、海はいつも許してくれる。川も、水たまりも。空は、なんでも見透かすわりに許してくれないし、触れることも出来ない。遠くで見透かされるより、触れられて許されたい。今までのことも、これからのことも、いろんなこと、許されたい。
by papiko-gokko | 2005-05-30 00:45 | Diary | Comments(0)

 今住んでいる街が、とても好きだ。昔ながらの商店街がある、下町っぽい街。私はこの街の人たちのもつ気さくな雰囲気が好きだ。バイト先の蕎麦屋の皆さんも、行きつけの美容院の夫婦も、ハンコ屋さんのおばあさんも、写真屋さんのおじさんも、みんな気さくで親切で、話しやすい。まるで家族や親戚に接するように接してくれる。それは決して暑苦しい押し付けがましいものではなく、本当に自然にあたりまえに、存在をただそのまま受け入れられてるという感じで。なんだかこの街の人とは、あまりおどおどせず自然な会話を出来てしまうので、自分が極度の人見知り人間であるということを忘れそうになる。
 1,2年生のころに住んでいたところは、今の街と全然違っていた。若者で賑わう新しい街で、ゲーセンやカラオケやドラッグストアなどが立ち並ぶギラギラの商店街があった。誰もが早足で、どこかしこのスピーカーから大音量の宣伝文句が繰り返されていて、しゃがみこみたくなる街だった。恋人が先日、「今住んでいる街は人が街に勝っているけど、前住んでた街は、人より街が勝っていた」と言っていて、なるほどなぁと思った。確かに、今住んでいる街は、人が街を動かし、街の雰囲気を作り出している感じがする。一方、前住んでいた街は、街が人を動かしていて、個人個人の存在なんてどうでもいいって、街から言われているみたいだった。
 今の街は、夕焼けがすごく綺麗だ。家が全部影になって、電信柱も骨になって、みんな日が落ちるのをじっと待って。たぶん今の街で、一番好きな時刻は夕暮れ時だなぁ。前の街で好きだった時刻は早朝だった。早朝だけは光と空気がリアルだったから好きだった。夕暮れは嫌いだった。夕焼け見えなかったし、人が急ぐから嫌いだった。
by papiko-gokko | 2005-05-29 22:43 | Diary | Comments(0)

まただわー


 嬉しいことや、悲しいことや、不安なことや、腹の立つことや、反省や、面白いことや、いろんなことが、咲いたり散って種になったりした五月。今年から大学一年と高校一年になった妹たちも、どうやら、少しずつ、新しい生活に慣れてきたみたいで、下の妹は明日も部活だそうだし、上の妹は友だちと遊びに行くらしい。とりあえず、仲間と居場所がみつかったのかな。よかった。誰かと共通の居場所が一つあるだけで、全然いろいろ違うはず。

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 夏が近づいてきているからなのだろうか。椎名林檎と、アジカンと、B'zがすごくビリビリくる。夏は生きるのにパワーがいるので、こういうキリキリめの歌じゃないと、ダメなのだ。スピッツとか聴いていると、やわらかすぎて優しすぎて、ぐうたらゆるんでとけてしまう。林檎が特にいい。「ここでキスして。」可愛い。林檎をカラオケで歌えるぐらいに、声がたかかったらなー。

 先日のゼミで、音楽と言葉についてやった。先生曰く、文学的に優れているといわれる詩は、音楽にのりにくく歌詞としては優れていないものなのだそうだ。なぜなら、言葉のほうが強すぎて、メロディに溶けていかないから。歌詞と詩は、「よい」とされる基準事態が、違うものらしい。前々から言っていたけれど、私が好きなのは、「詩」ではなく、「歌詞」のほう。現代詩のゼミをとったのも、音楽の歌詞に興味があったというところから始まっている。だから、短歌を読む上でも、やっぱ歌えるような歌を詠みたい。短歌は詩じゃなく歌の言葉なのだもん私にとっては。
 そういえばその話の中で、同じゼミの人が、「私は洋楽とか、歌詞の入っていない音楽とかを、聴けない。」といっていて、同じだーと嬉しくなった。私も洋楽って長いこと聴けない。理由は実に単純で、歌っている言葉の意味がわからないから。ゼミの人も言っていたのだが、歌っている言葉の意味がわからないと、イライラしてしまうのだ。何か言葉をしゃべっているのに、どんなに頑張ってもその言葉を聞き取る事が出来ない、それが耐えられないのである。日本語の歌詞があれば、それを見ながら聴けるのだけど、それなしだと。クラシックや映画のサントラとかも、すぐ飽きてしまう。というか、寝てしまう。ただ、これまたゼミの人が言っていて共感したのだが、坂本竜一とかだとすごく聴ける。なぜなら旋律に、言葉を感じるから。今すぐにも歌詞が溶け込みそうだから。言葉に種類があるように、音楽にもいろいろ種類があるのだなぁ。
by papiko-gokko | 2005-05-29 01:38 | Diary | Comments(0)

 授業で、有名な写真家が撮った裸の女性の写真やその撮影風景をいっぱい見せられた。「芸術作品」として。それは、縛られていたり足をひろげていたり、淫らで醜い気持悪い、吐き気のするものばかりだった。自分もこんなに醜い生物なのかというショックと、猥褻な写真を授業でみんなで普通の顔で見ているという状況への嫌悪感で、耐えられなくなって、授業中なのに急に泣いてしまって、鼻水の処理に困った。
 別に私は、性的なこと事態を嫌悪してるわけじゃない。ただ、性的なことに対して少しも恥じらいをもたないことが、信じられなくて、怖かったのだ。例えば、テレビなんかで平気で下品なことを言って笑っているタレントたちを見ると、ぞっとする。露骨な性的発言を公の場でなんの恥ずかしげもなく交わせる神経が、理解できない。それが同性ならばなおさらだ。だから、今回のように、授業という公の場で、あんな女性の姿を堂々と見せるだなんて、私の理解を完全に超えていた。
 私は今まで、裸で異性と向き合ったときには、恥ずかしいと感じ戸惑うことが、ごく自然であたりまえのことなんだと思っていた。だって、普段服を着て生きている現代の人間なのだから。だけど、裸でいろんな変な格好で写真を撮られていた女の人からは、まったく羞恥心も戸惑いも感じられなくて、裸の自分を楽しんでいた。それがポルノというものなのだといわれればそれまでだが、彼女らの表情は、私の中で確立しつつあった性の概念を、乱暴に殴った。美しいはずの彼女らの体は、人間というより、奇妙な形の肉にみえた。理性の欠如。しかし決して、野性でもなくて。
 写真を見れば見るほど、自分が女であることが、嫌になった。そして同時に、男性に恐怖を感じた。人間は人間じゃなくなることができるから、そういうときが、怖いんだ。怖い。なんだか自分の裸をみるのも怖くなってしまった。私の裸も、誰かの視線にさらされたとたん、あんなふうに、奇妙な形のどぅるどぅるした肉になっていたのだったら、どうしよう。急いで体中に、粘土を塗りたくらなければ・・・・・・・・
 男女の性は、もっと切実で、甘くて、秘密で、綺麗なものだと、思っていたのに。もう、芸術的とかじゃなくていいから、私は、怖い写真より、綺麗な写真が見たい。裸でなければならないのなら、あんな露骨で怖いのじゃなくて、もっと綺麗に、曲線を辿りたくなるようなのがいい。

 そうだ、私は、私の母方の祖父のとる写真がとても好きだ。祖父は昔から写真が趣味で、いっぱいカメラを持っていて、遊びに行くたびに私たちのことも撮ってくれるし、さまざまなところへ旅行して風景をたくさんとっている。それはどれも、鮮やかで、ずっしり真剣な視線で、、安心する。一番好きなタイプの写真は、祖父が後ろから、前を歩く私たちの背中を撮った写真。祖父の撮る背中は、本当に素敵なんだ。追いかけたくなる背中。それから、島根に来るたびにとる、宍道湖の朝日と夕日も好き。
by papiko-gokko | 2005-05-26 01:47 | Diary | Comments(0)

 人は、人のことを、顔から忘れ始めるのだろうか。最近、顔が思い出せないなぁと思う人が多い。どんな顔で笑っていたっけ・・。なぜだか、声のほうがはっきり思い出せる。あとは、髪の毛の色だとか、指や足、持ち物、そういった細かいところばかりが、バラバラと、頭の中で散らばる。顔から忘れてしまうから、だからこんなに手軽に写真を取れる技術が発展して、みんなこんなに撮るのが好きなのかなぁ。

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 今日はなぜか女性アーティストの曲しか聴きたくない気分で、ずっと女性アーティストだけ聴いていた。椎名林檎ビリビリ気持ちよかった。coccoカッコよかった。GARNET CROW ツクツクキュンキュンして素敵だった。coccoは最近あまり聴いていなくて、もう聴けなくなったのかナァと思っていたのだけど、久しぶりにきた。今かかっているのは林檎のメロウ。「蔑んでくれ 僕は何処までも真摯なのだ“至って普通さ” 」って歌詞が大好き。
by papiko-gokko | 2005-05-25 01:47 | Diary | Comments(0)

 恥をひとつかくごとに、顔がはがれたら、いいのに。恥をかいて心の一部が剥がれても、顔は変わらず平気なふりだなんて、どんどんうつむいてばかりになってしまうよ。

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 短歌を100首ほど削除した。意図的にそうしたわけではなくて、削除したら、ちょうど100首ぐらい減ったのだ。はあ、疲れたー。自分の作ったものを削除するって、すごく疲れるなぁ。自分の顔をちぎっては焼却炉に放り込んでいるアンパンマン気分。ちからがで~な~い~。まったく、100首も削除できる歌があったなんて悲しいやら情けないやら虚しいやら悔しいやら面白いやら。消した中の一首、「ここ最近君が遊びにこないのでドラクエちっとも進んでません」とか、ヒロシの口調で読めばいいと思う。分類分けしようかと思ったけど、ほとんどが恋愛短歌だったので、ああこりゃ無理だーと思って、やめた。
by papiko-gokko | 2005-05-24 01:48 | Diary | Comments(0)

かみねんどであそんだよ


 恋人と、紙粘土であそびました。恋人が突然紙粘土をはじめたので、私もやりたくなって、針金と絵の具を、うちにもってきてもらいました。紙粘土はスーパーで買いました。
 
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 写真は、ブックマークにあるpapiroさんのブログのikimonoというカテゴリ(新しい生物を考えて描き説明するコーナー)に時々参加させてもらってた時に描いた、アリフレという私の考えた虫です。ありふれた、どこにでもいる虫という意味です。どんな虫かは、リンク先で説明してあるので、読んでくださったらちょっと嬉しいです。
 私はガサツで不器用なので、なんの計画性もなく練ったり丸めたりちぎったり叩いたりしてましたが、彼は実に綿密に計画を立てながら、針金やら様々なものを駆使してがんばっていました。二時間ぐらい、テレビもつけずに、ふたり黙々とやっていました。終わったら、今度は思い思いに写真撮影をしました。手がめちゃくちゃになって、携帯が汚れて、とてもおもしろかったです。
by papiko-gokko | 2005-05-23 01:49 | Diary | Comments(0)

 削除した。ずっと前につくったサイトの、大事だったデータや作品、たくさん。悲しくて淋しくて残念で、だけどほっとした。もうずっと更新していなかたのに、どうしても大事で、今までずっと、ちゃんと終われなかったのだけど。でも、大事にできない大事なものは、取り返しがつかなくなる前に、手放さなくちゃいけないんだ。
 以前、東京にでてからずっと会えないままだった友人から電話があったとき、友人に「○○は私にとってずっと大事な存在だよ」と言ったら、こう言い返されたことがあった。
「でも今ぱぴこ、全然大事にしてないよ。それなら、もっとちゃんと、大事にしてよ。」
 ショックだった。大事に思っているだけじゃ、大事にしていることには、ならないんだ。うまく大事にできないものを、大事だなんて、言っちゃだめなんだ。稲葉さんも歌詞の中で、言ってたなぁ。「大事なものを大切にできるかい」って。できないです。大事なものは増えるばかりで、決して減らないので、体と時間の間から、どんどんこぼしてしまいます。どうすれば、全部を大事に出来るんだ。

 このサイトにアップしている短歌なども、そろそろちゃんと整理して、駄作だと思う歌はさくさく削除して、分類わけもしたりして、読みやすくしようと思っている。明日にでも。

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今日のビリビリ曲

『テクテク』(スピッツ)
当たりまえと思ってたら 壊れてく
風を受けて 水面が揺れた

かけらだって構わない 確実に
ここにあった それだけでいい
君のそばで 君のそばで

『チェリー』(スピッツ)
君を忘れない 曲がりくねった道を行く
生まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂
二度と戻れない くすぐりあって転げた日
きっと想像した以上に騒がしい未来がぼくを待ってる

「愛してる」の響きだけで強くなれる気がしたよ
ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて

 さよなら私の不思議な大事空間。さよならさよなら
by papiko-gokko | 2005-05-22 01:51 | Diary | Comments(0)

 恋人はあまり音楽を聴かない人だが、時々懐メロをいいといったりする。彼はどういうのが好きなんだろうかとずっと考えていて、昨日やっと少しわかった。彼は、ストーリー性のある歌が好きなのだ。とはいっても、バンプオブチキンのような強いメッセージ性のある寓話っぽいのではなく、もっと普通の、ドラマのようなストーリー。
 懐メロには、そういう歌がとても多い。例えば今思いついた懐メロをあげると、『木綿のハンカチーフ」だとか、『神田川』だとか。これらの歌には、きちんと登場人物がいて、人物の置かれている状況がある程度説明されていて、時間の経過や情景描写などによって、「私」や「あなた」の感情を表現している。
 それと比較してみると、今の歌は、登場人物や状況などがはっきりしておらず、ストーリー性の乏しい歌が多いように思う。中心にあるのは人物ではなく、感情なのだ。感情をどのように表現するか、どこまで掘り下げるか、そういうところに重点が置かれている。私の好きな歌から今思いついた例をあげると、椎名林檎『月に負け犬』、アジカン『フラッシュバック』など。ここに具体的な情景やストーリーはない。そのかわり、感情の渦がある。
 少し前の人たちは、ストーリーから登場人物の感情を想像し共感していたのだろう。それが今はまったく逆で、感情を描いた歌詞から、この主人公はきっとこういう恋愛をしてて・・・と、人それぞれにストーリーを想像したり自分の状況に当てはめて共感したりしているのだ。実際、歌手のファンサイトなどまわってみると、状況の分析や議論をしているサイトを、たくさん見つける。うーん。今のほうが複雑になったんだか、単純になったんだか、よくわからない。現代は、自分に潜ることでしか、自分や他人の心を奏でられなくなってきているのかなぁ・・・。
 こういった変化はたぶん、歌謡曲だけに起こっているのではない。短歌だってそうだ。一概には言えないが、最近流行っている短歌って、31文字の向こうにストーリーが広がっているかより、感情をどんな言葉で表現したかのほうが、重視されている気がする。そのどちらか良いとか悪いとか、そういうことはわからないし、どちらにも魅力があるのだろうけれど。うーん。
 そんなわけで、今日は、懐メロを意識した歌をつくってみた。難しすぎた。BGM:神田川

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 今日は夕方からバイトだった。あぁ・・・新しい人に仕事教えるのすごく難しい、、、。私は未だに自分の仕事でいっぱいいっぱいだし、同時にいろんなことを考えられないので、忙しいときにひとつひとつの作業に対して「それはなんですか」と質問してこられると、パニックを起こしてしまう。そういう時は一生懸命教えようとしても、言葉が絡まってうまくいえなくて、勘違いをさせてしまったり・・・。教えるどころか、やっと体が覚えてきてくれた自分の仕事のリズムが壊れてく。
 飲食店はどこもそうなのかもだけど、蕎麦屋って意外とややこしい。まず注文を聞くときも、そばかうどんか、冷たい蕎麦か温かい蕎麦か、普通盛りか大盛りか(丼物の場合は並か上か)、などを聞かないといけないし、お盆の用意でも、何をどの位置に置くか、おつゆの量はどうか、どの食器を使うかいろいろ違っているし、お酒やお摘みにも種類があるし、レジは全部のメニューの値段覚えていないとできないし。。これを全部覚えるのには、私も相当時間がかかった。だから、おばさんが覚えるまで、私がもっとしっかりしなきゃなんだけど・・・ダメだ。。お姉さんは、よく私にちゃんと、教えてくれたよなぁ。改めて尊敬だ。あいたーい。
 実は、七月いっぱいでこのバイトをやめようと思っている。別にお姉さんがいなくなったからではなくて(少しはそれもあるかもしれんが・・)、そろそろ、就職に繋がるバイトを始めようと思っていて。事務系のバイト。バイト先で社員になれれば最高だし、ムリでも、バイトで事務経験をつむことは、無駄ではないだろうし。4年生になってから平日がかなり暇になったので、平日にできるのがいい。今日思ったけど、土日の飲食店とか、つくづく、性にあってない。あした、言おうかナァと思っている。


 ・・・今日と明日のビリビリ短歌はお休み・・・   
by papiko-gokko | 2005-05-21 01:53 | Diary | Comments(0)