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日記と短歌


by papiko

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いつの時代も


 『歌の大辞典』を見ていていつも思うのは、何時の時代も恋心というものは変わらないなぁということだ。たとえば、昭和44年に奥村チヨが「あなた好みの女になりたい~」と歌い、それから30年過ぎた平成の時代にも、宇多田ヒカルが「近づきたいよ君の理想に~」と歌っている。
 もっと言ってしまえば、平安時代の和歌だって、今とほとんど変わらない。たとえば、百人一首の中に
『明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな』
という、夜明けの訪れを嘆く和歌があるが、現代でも椎名林檎が「ずっと繋がれていたいわ~朝が来ない窓辺を求めているの~」と、この和歌と同じことを歌っているのだ。あぁ、なんて変わらないんだろう。他にも、現代の恋の歌謡曲と平安時代の和歌って、言ってる事全然変わらないじゃん!と思ったことが、何回もあった。人間の、そういう進歩しないところが、愛しかったり、歯痒かったり。
会いたくて側にいたくて触れたくて今も昔もたぶん明日も (歌の大辞典の感想短歌)
by papiko-gokko | 2004-06-30 11:36 | Diary | Comments(0)

レミオロメン


 レミオロメンのアルバムをずっと聞いている。いいなぁ。「電話」という遠距離恋愛をテーマにした歌があるのだけど、この歌詞の中に、『天気予報も違うくらい離れてしまったね』という言葉があって、そこにズキュンとやられた。遠距離恋愛はしたことはないけれど、上京してきたばかりのころは、天気予報を見るたびに、まさにこの言葉そのもののことを思い、しみじみしていたものだ。
 レミオロメンの歌詞は、時々ちょっと説教臭いかな・・と思うところもあるのだけれど、基本的にとっても私好みの歌詞だ。音楽も歌声も好き。借りたアルバムがすごくいいと、どうしても欲しくなっちゃうなぁ・・・こういうことに関しては、所有欲、すごく強いのかも。
by papiko-gokko | 2004-06-29 15:22 | Comments(0)

なるほど


 「どうして悲しいのか」ではなくて「どのように悲しいのか」ということを表現しようとすることが芸術なのだと、現代詩の授業で習った。どうして悲しいのかという問いには言葉で答えられるけれど、どのように悲しいのかという問いに答えようとすると、言葉だけではどうにも表現しきれない。だからなんとか表すために、踊ったり、歌ったり、描いたり、演奏したりするわけだ。
 そして、文学という言葉の世界で「どのように悲しいのか」を表現可能なのが、詩歌なのだそうだ。詩歌は言葉を越えた言葉であり、たとえば、どのように悲しいのかと問われた時、「粘着力を失った絆創膏みたいに悲しい」といえば、それはもう言葉の意味を超えて悲しみの具合を示しているのであり、すなわちそれが「詩」ってことなのらしい。なるほど・・と思った。
 ちなみに「どうして悲しいのか」を詳しく説明する文学は、評論・批評の方なのだそうだ。私は、「どうして」より「どのように」を考えるの方が好きだけど、彼氏なんかは絶対逆で、「どうして」を突き詰めることに長けていると思う。いつも私が論破されてしまうのは、きっとそういう頭の回路の違いのせいなんだと、今日の授業を受けていて気づいた。

 今日も湿布張って学校にいったので、友だちに会うたび、「どうしたの!?」と驚かれる一日だった。「ちょっと交通事故で・・」と答えると、「事故っ!」とますます驚かれてしまって、なんとも恥ずかしかった。「これからは気をつけないと」という言葉を、今日一日で3回ぐらい言われてしまった。気をつけよう。
by papiko-gokko | 2004-06-29 11:35 | Diary | Comments(0)

とうきょう 


 田舎の居酒屋には、堂々と駐車場がある。これはちょっと考えてみるとおかしい事だったりするのだけれど、実際、どこの居酒屋さんにもあるんである。東京にでてきて驚いたことのひとつは、駐車場の少なさだ。地元の島根なんかは、どのお店の前にも或る程度広々とした駐車場のスペースがあるのだが、こちらときたら、地下まで彫ってギチギチお店を並べて、駐車場のスペースなんてまったくない。あるとしても、高い高い立体駐車場ばかりだ。
 そんな話を、今日地方出身の友だちとしていて、ちょっと面白かったので、思わず日記に書いてみた。都会と地方との差っていうのは、他にも本当にいろいろあって、たとえば電車の来る間隔や車両の数や終電の時間ひとつとっても、全然違う。だからやっぱり、体の中にあるテンポというのも違う気がする。もう東京にでてきて三年目になるけれど、未だに時々、早すぎてついていけない。

 体の痛み、少しずつひいていっている気がする。少なくとも、首がまわるようになったし、腕もちゃんと上がるようになった。あぁ、よかった~。
by papiko-gokko | 2004-06-28 11:35 | Diary | Comments(0)

レミオロメン・くるり


 レミオロメンとクラムボンとくるりのアルバムを借りた。金曜日に借りていたのだが、実はその借りて帰る途中で事故にあってしまったため、ちょっと昨日まであまり聴く気分になれなかったんである。今日は元気になったので、MDやパソコンに落としつつ聴いている。
 レミオロメンは、メロディも声もイエモンっぽいなぁと思った。「ビールとプリン」と「電話」が、とてもいい。特にビールとプリンは、自分の心境にビシッとはまった。くらむぼんは、まだきちんと聴いていないけれど、嫌いではないなぁ~という感じ。きっと何回も聞いているうちに好きになるタイプだ。それからくるり。もう最高。「さよならストレンジャー」とか「東京」とか、よすぎて困る。やばい、借りるだけじゃ気がすまない、ほしい、今日バイト代もらったから、買う。今度また隣町のブックオフに行こう。徒歩で。
by papiko-gokko | 2004-06-27 15:24 | Comments(0)

 全身湿布だらけでバイト先の蕎麦屋に登場したら、おばさんとお兄さんがまず丸い目をして私を眺め、それから思わずといった感じで、明るく笑った。私もなんだかおかしくなって、笑うとちょっと腹筋痛いのに笑った。バイト中も体は痛かったけれど、家でじっとして痛みに耳を澄ましているよりも、痛みを忘れるほど動いていた方が、気持ちが紛れて、よかったと思う。今日は閉店真際にお蕎麦が品切れになっちゃうほど忙しかったけど、働きまくったおかげで、気分的にすっごく元気になれた。お姉さんがいろいろ気遣ってくれて、申し訳ないやらありがたいやら、痛そうにしている場合じゃなかった。
 実は心が痛かったのは、ちょっと事故後のお金のことで、うまい具合に丸め込まれてしまったからでもあったりする。親に話して初めて、自分が相手側の都合のいい風な形で話を進められ、『示談』というのをしてしまっていたことに気づき、悲しくなってしまっていたわけだ。今日そのことをおばさんやお兄さんに話したら、腹を立てる気になれない私のかわりに、いっぱい腹を立ててくれた。
「もしもまた事故があったら、今度は絶対すぐここに電話しなさい」
と言ってくれた時には、あったかくてあったかくて、あぁ私、人間の子でよかった~と思っった。お兄さんもバイクで事故ったことがあるらしく、今後事故があったときどうすればいいか、いろいろと教えてくれた。やはり、私は世間知らずだ・・・。
「何かあったら私がぱぴこさんのお母さんになりかわってあげるから」
なんておばさんが言ってくれるもんだから、もうちょっとで子どもみたいに抱きつきそうだった。
 今回のことで、私はひとりで生きていないんだということを、痛感した。たくさんの人に助けられ、許され、救われ、繋がれて、毎日生かされている。私のようなぼやぼやした未熟な人間ひとりの力では、こんな難しい世界、とてもじゃないけど、まだまだ生き抜いていけない。感謝しても、しきれないなぁ。感謝の気持ちでこんなにも胸が締め付けられて涙がでたのは、初めてだった。ちゃんと生きよう。メールや掲示板に書き込みくださった方々も、本当にありがとうございました。一文字一文字に、どれだけ心のがほどけたことか・・感謝です。私このサイトがんばります。
by papiko-gokko | 2004-06-27 11:34 | Diary | Comments(0)

う・・・ 


 体が痛い・・・。こういうのって、二日目にどかんとくるものなのか。今日はちょっと働けない感じだったので、バイトを休ませてもらった。辛い。明日もバイト、どうか今日よりマシになってくれますように。本棚に飾ってあるブラックジャックのポストカードが笑っている。
 なんだかこういうのは、心も痛いもんだなぁ。時々いろんな映像がフラッシュバックして、何度か急に泣きそうになってしまったりした。昨日の夜から今日の夕方ごろまでずっと彼がうちにいてくれて、おかげで穏やかな気持ちでいられたけれど、ひとりぼっちだったら、たぶん、普通ではいられなかったと思う。特に夜とか不安で不安で、絶対いっぱい泣いていた。痛いって、こんなにも心細いことだったのか。
 3月に実家に帰ってこっちにもどってきてから三ヶ月間、なんだかこんなんばっかりだったなぁ。もーこれで終わりにしよう。上半期終わることだし、下半期はもう、絶対絶対平和でいくぞ。反省。
 こんなイテテな日記でごめんなさい、本当に。痛い痛い言いながらも、日記かけるぐらい元気なので、大丈夫なんです。
by papiko-gokko | 2004-06-26 11:34 | Diary | Comments(0)

怖かった


 交通事故してしまった・・・。自転車に乗っていて、普通に車とぶつかった。幸い、本当に幸い、怪我は打ち身程度で、あとは自転車が壊れただけで済んだのだけど、ちょっとした警察ざたになり、生まれて初めてパトカーに乗り、生まれて初めて警視庁へ行った。
 雨が降っていたので、ついつい焦って注意力散漫になってしまっていたのがいけなかった。車のスピードがもう少し出ていたら、私たぶん、骨を折っていても全然不思議ではない事故だったし、もしかしたら死んでいたかもしれない。そう思うと、ぞっとする。
 事故のときってスローモーションに見えるとよくいうけれど、本当にそうだった。たぶん一瞬のできごとだったのだが、私の記憶ではものすごくスローモーションでぶったおれた気がするのだ。ぶつかった瞬間は、『死にたくない、家に帰りたい、病院嫌だ』って、そんなことを妙に冷静に考えていた。倒れてからは、自分が生きているかどうか、骨が折れてないかどうか確かめるために、速攻で起き上がったと思うんだけど、もしかしたらしばらく倒れていたかもしれない。近くで誰かが「大丈夫か!」と叫んでいた。大丈夫だってことを、一刻も早く自分自身に知らせたくて、必死だった。体中が興奮状態で、その時は痛みさえまったく感じなかった。
 誰か呼んでくれたのかすぐに警察が来て、現場にチョークで印をつけたり、私と相手にいろいろ聞いたりした。ペケ印とかつけられると、なんかリアルで嫌な感じがした。「お嬢ちゃん何年生?」と尋ねられて「大学生」と答えたら、「あっれー中学生かと思った」と言われて一瞬へこんだけれど、それ以上に交通事故のへこみと動揺が大きくて、怒る事も笑うこともせず、ただうんうん頷いていた。
 一応病院にいって診てもらい、それから警視庁にいってお金のことなど話し合い、パトカーで相手の方の家までいって、結局治療代を払ってもらった。恐い人ではなくて、本当によかった。パトカーの窓から見る街と人って、いつもと全然違って見える。高い高いところから見下ろしている感じで、ひたすら遠い。私もはやくそっちの世界に戻りたい・・と思った。
 そして、家に戻って呆然としていたら、しばらくして、彼氏が予定変更できてくれた。それで、ようやく落ち着いた。昨日の日記でもう心配かけないようにしようと書いたばかりなのに、どんだけすごい心配をかけているんだ私は・・・。親にも心配かけてしまったし、まったく本当にどうしようもない。もう自転車にはあまり乗らないようにする。
 今もまだ、打ったところや筋肉痛やら痛いけれど、命があるだけ本当によかった。。怖かった。すっごく怖かった。車は恐い。どうかみなさんも、気をつけてください。本当に、後悔先に立たずです。気をつけてください。
by papiko-gokko | 2004-06-25 11:33 | Diary | Comments(0)

あたまいたい


 飲んで帰って気持ち悪くてそのままベッドに倒れ、意識が正常にもどって時計を見てみたら、もう深夜だった。どうやら少し、飲みすぎてしまったみたいだ。最初テーブルごとにビンビールをいくつか頼んだのだが、私のテーブルのメンバーはビール飲めないという人が多かったため、なら私が飲まなければと、無理してがんばったのがいけなかった。本当に吐くかと思った。
 だけど今回のゼミ飲みは、今までに比べたらずっと楽しかったかもしれない。ひとつのテーブルが4人ずつぐらいで少人数だったのもあり、いつものように全然言葉を発する事ができないまま終わるということはなく、それなりに会話を楽しめた。将来設計とか戦争論とか語りだす人もいなかったので、平和に軽い話で笑い合えた。
 大体に、今年のゼミは今までのゼミに比べると、とてもテンポが自分に合っている気がする。なにより先生が好きだ。今年の私のゼミは、毎週ゼミの日までに宿題として出された詩などをつくっていき、それをゼミで発表しあうのだが、先生はひとりひとりの作品をきちんと見てくれて、それぞれひとりひとりにコメントをくれる。先生にコメントをもらえると、存在を認められた感じがして、とても嬉しい。がんばろうって思える。
 そんなわけで、もう一度眠ろう。今、私が酔っ払ったまま寝ていたらヤバイということで、彼が電話してくれた。これからはこんな心配かけないように、きちんとセーブしなくては。私は自分で思っていたほど、お酒に強くないようだ。なにしろ外で飲む機会があまりないものだから、なかなかわからないんだなぁこれが・・。何事も、学習学習。
by papiko-gokko | 2004-06-24 11:30 | Diary | Comments(0)

臆病


 『臆病な動物はまわりに気をくばりすぎて、だんだんキリンみたいに首がのびたり、小猿みたいに樹から降りられなくなったりする。』(阿部公房「箱男」)
 変わっていくことを強さだと思い込み、このままじゃ駄目だ、もっともっと変わらなければと、事あるごとに頭の中で呪文みたいに繰り返している私もまた、とてつもなく、臆病な動物なのだろう。
 自分を自分のままでよいと認めることの出来る強さが欲しい。自分の生活の中にあるなにげないひとつひとつを、肯定したい。たとえば、服のセンスだとか、音楽の趣味だとか。似合っているかな間違っているのかな変かなセンスないのかな・・そんなことばかりを考えてびくびく着ていたら、服も体も可哀想。自分の趣味嗜好ぐらい、きちんとまっすぐ愛したい。

 明日はゼミの飲み会。憂鬱である。臓器が落っこちそうなほど憂鬱である。ゼミの飲み会って、酔っ払うと自分の将来設計やら戦争論やらをことさら熱く、時には喧嘩腰に語り始める人が必ず一人か二人いて、どうにもこうにも、そういうのって耐えがたいのだ。とりあえずそういう時には、黙ってぼんやりちょびちょび飲んでいようと思っているが、私はイライラしだすとついガバガバ一気に飲んでしまうので、注意しなければならない。飲みすぎると感情が頭を支配してしまうから駄目なんだ。
 明日の飲み会の唯一の希望は、メンバーの中にスピッツを好きな人がいるということ。もしかしたらスピッツの話を聞けるかもしれない。それを楽しみに行こう。ただ、もしその人がスピッツの話を始めたとして、その時私が「私もスピッツ好き」という言葉を瞬時に発することができるかどうか・・・。
by papiko-gokko | 2004-06-23 11:30 | Diary | Comments(0)