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日記と短歌


by papiko

カテゴリ:月齢ごとの成長記録(長女)( 53 )


長女6歳


 長女のインフルエンザは、幸い重症化することもなく、昨日と今日でほぼ完治しました。明日病院へ行って、登園許可をもらえれば、明後日からは幼稚園へ登園することができます。症状の一番重たかった3日間、長女が子ども部屋で過ごし夜もひとりで寝てくれたことと、マスクと除菌を徹底したのがよかったのか、今のところ、家族のだれにも感染しておらず、このまま収束することを祈るばかりです。私は看病のたび手にアルコール消毒をしていたので、手が荒れてしまいました。ウイルスをやっつけるということは、やはり皮膚にもそれなりのダメージがあるということなのか。
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 そんなわけで、誕生日パーティーは今週の土曜まで延期になりましたが、1月22日で、長女が6歳になりました。長女を産んだ日のことは、もう遠い遠い昔のことのようで、あの日からまだ、たった6年しか経っていないのが不思議です。それでいて、あの小さかった長女がもう6歳になったのだなぁ、あっという間だったなぁという気持ちもあって、毎年のことながら、わが子の誕生日は、心がふわふわします。母親としての自分自身の日々を考えると、ここまでとても長い道のりだったように感じるけれど、子どもの成長だけに焦点を絞って振り返ると、一瞬の出来事だったように思えるのです。長女が生まれてからの6年間は、東京、島根、岡山と、生きる場所を大きく移動したので、それぞれの場所での記憶がめまぐるしい三重奏で押し寄せてきて、それで余計に、ふわふわくらくらするのかもしれません。

 5歳の長女との日々は、幼稚園生活を軸に成長を見てきた1年だったように思います。5歳になってからの長女は、4歳時代とは比べものにならないくらい、自分の生活している世界のしくみや、その場所における自分の立場を理解して動けるようになりました。春のころはクラス替えで心配していた友だち関係も、うまく築けているようです。折り紙や簡単な工作など、いろいろなものを私の手伝いなしで作れるようになったし、さまざまなことを背伸びして知ろうとする意欲が強まって、この1年で、ずいぶん物知りになりました。早く小学生になりたくて、漢字や算数や英語にも興味津々です。児童書や子ども向けの図鑑を自力でガンガン読めるようになったのも、この1年での大きな成長でした。私よりも長女のほうが詳しいようなことも、だんだんと増えてきました。
 5歳になってからは、できる会話の幅もぐんと広がって、小さい子と話しているというよりも、気の合う友人と話しているような気持ちで会話できることが増えました。次女がへんてこなことをしたり言ったりしたとき、二人で顔を見合わせて笑うひとときなど、穏やかな幸せを感じます。4歳時代はしょっちゅう、どうしても我を通したいことがあると癇癪を起こして大泣きし、こちらが何を言ってもまるで聞かない状態になって大変だったものですが、5歳になってからは、それもかなり減り、4歳のころにくらべれば、話せば分かる人になりました。
 とはいえ、まだまだ、幼い部分も多くて、日々あれこれ叱られることは山ほどあります。片付けができなかったり、食べ方のマナーが悪かったり、挨拶ができなかったり、こうして書いてみると、子どもはそういうことでいちいち叱られなくてはならなくて、大変だなぁと思いますが、親としては、やはり教えなければならないので、うんざりするほど毎日、同じようなことを注意しています。それでもなかなか簡単には身につきません。長女のおかげで、親が見本を示さなければという思いから、子どもの頃からずっとだらしなかった私のほうが片付けをできるようになってきました。ということは、長女も子どもが生まれるまで、だらしないのかもしれません。
 6年間この手で育ててきた長女が、一体どういう女の子なのか、親でありながら分からないくらい、長女は不可解な女の子です。なんでも理屈で捉えているようなところもあるし、びっくりするくらい夢見がちなところもあります。あまり人見知りしない子だなあと思っていたけれど、興味の無い相手に対してはとことん無関心だったりもします。幼稚園など人前では私に決して甘えないので自立心が強い子なのかなと感じることもあれば、家では相変わらず見て見て攻撃や抱っこコールをしきりにしてくる甘えん坊なところもあります。つまり、二面性のある子なのでしょうか。そのどちらの面も嘘ではなく、どちらも同じくらいに真っ直ぐで衒いのない長女の姿であることは確かです。そんな長女と、自分はこれからどう向き合っていけばいいのか、どんなふうに話を聞いてやればいいのか、叱り方は、今のままでいいのか、その答えは毎日変わって、叱るたび、抱きしめるたび、このままでいいようなこのままではいけないような、泣きたい気持ちになるのです。
 6年間、あれこれ迷いっぱなしの私に育てられてきた長女は、6年間、ずっとずっと可愛いです。土曜日には、延期になったぶん、思い切り華やかに賑やかに、長女の6歳をお祝いをしよう。


by papiko-gokko | 2017-01-23 00:05 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 昨日、5歳2ヶ月ちょうどの日に、長女の乳歯が抜けました。下の前歯です。幼稚園でいつの間にか抜けたらしく、抜けた歯はどこにいったか分かりません。「牛乳のんでるときに抜けた気がする」と本人が言っていたので、もしかしたら、一緒に飲んでしまったのでしょうか。お迎えに行って園庭開放でひとしきり遊ばせてから、さあ帰るよと顔をのぞき込んだとき初めて長女の前歯がなくなっていることに気づき、あまりにも驚いて、「えええ!歯が!?歯は!?いつ歯が?」と、思わず何度も歯という言葉を連呼してしまいました。
 前兆がまったくなかったわけではありませんでした。ちょうどいま、『きかんぼのちいちゃいいもうと1 ぐらぐらの歯』という児童書を読んでいるところで、数日前に、本のタイトルになっているぐらぐらの歯のお話がでてきて、そのとき長女が「ほら」と、自分の前歯をぐらぐらさせて見せてきたのです。しかし、まさかこんなに早く抜けるなんて思っていなかった私は、ただぐらぐらさせる真似をしているだけだと思い込んで、「わはは、長女ちゃんは、まだぐらぐらしてないよ」と、よく見もせずに聞き流してしまいました。思えばあのとき、ぐらついていたのです。今思えば、たしかにあのとき一瞬、本当にぐらついたように見えました。
 ひとしきり驚いたあと、「これから、大人の歯が生えてくるんだよ、おめでとう」と言うと、長女は、嬉しいような、困ったような、不安なような、とても複雑な表情を浮かべて、小さく笑いました。その表情につられて、私も胸がぎゅっと締め付けられ、わが子の成長していく喜びと切なさに、涙ぐみながら自転車をこぎました。たったこの間、乳歯が生えそろったと思っていたのに。もう、可愛い可愛い乳歯たちと、だんだんにお別れしていく時期がやってきたなんて。生まれたばかりのころに、まだまだ先のことだと思っていたいろいろなことが、気づけば、つぎつぎに過ぎていっています。歯が抜けるのなんて、本当に、まだまだ先のことだと思っていたのに、こんなにもあっという間にその日がやってきて、この調子だと、あっという間に巣立っちゃうんじゃないかと思えて、歯の抜けた笑顔を見るたび、ぎゅうぎゅう抱きしめたくなります。もう二度と、乳歯の生えそろった長女には会えないんだなぁという寂しさと、成長しているんだなぁという感動で、何度でも胸が騒いで、歯の抜けている状況に、まだぜんぜん慣れません。

 
by papiko-gokko | 2016-03-23 23:37 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

長女5歳


 1月22日、長女が5歳の誕生日を迎え、長女本人の希望で、夫が休みの今日、1日遅れの誕生日パーティーをしました。電車1本で行き来できる距離に住んでいる下の妹にも声をかけたら来てくれて、大はしゃぎのパーティーになりました。長女がたこ焼きパーティーをずっとしたがっていたので、お誕生日ディナーのメニューはたこ焼きで、タコのほかに、ウインナーやチーズちくわやお餅やウズラの卵なども入れて、わいわい盛り上がりました。
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 そして今年の誕生日ケーキは初めてドーム型に挑戦し、長女の心の友であるヒットくんケーキにしてみました。クリームの泡立て以外はほとんど器用な夫にやってもらい、ほぼ構想通りに完成。ここをこうしてほしいああしてほしいと、横でわけの分からない無理な注文を言って困らせていた長女も、完成したケーキを見て満足したようです。
 ろうそくを立て、『ハッピーバースデー』の歌をみんなで歌って、長女がろうそくの火を吹き消す姿を見たときは、今年もやっぱりすこし泣きそうになりました。親として、こんなに幸せな瞬間は、なかなかありません。育ってくれた喜びと、育ってしまった切なさで、胸がいっぱいになります。ケーキのろうそくを吹き消したあと、これも長女の希望で、今年はじめてクラッカーを買ってみんなで鳴らしたのですが、赤ちゃん時代から大きな音が苦手な長女は、想像していた通り鳴らす前からびびりまくっていて、そんな姿に笑いながら、ああよかった、まだまだ私のちいさな女の子だ・・・と、ひそかにほっとしている自分がいました。
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 お誕生日プレゼントは、ネットで必死になって探して見つけたシンデレラのお人形セット。長女も次女もなかなかの食いつきで、すぐさま箱から出して遊んでいました。ネットで買ったので質感など写真でしか見ていなくて不安だったのですが、色もサイズもとてもいい具合のお人形で、私もすごく気に入りました。
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 それからもう一つ、毎年恒例の手作りプレゼント。今年はすごろくを贈りました。待ちきれない長女に製作工程をかなり覗き見されていたので、完全なサプライズにはなりませんでしたが、長女は飛び跳ねて喜んでくれて、さっそくみんなでゲームしてみました。途中、次女の邪魔が入ったり、長女が眠たくなってきたのもあって、若干ぐだぐだ気味のゲームになってしまったものの、それなりに盛り上がって、最後はなしくずし的に長女が1番でゴールして終わりました。ゲーム自体は厚紙で作った駒でやったのですが、そのあと長女と次女が、すごろくの上にシンデレラのお人形たちを乗せて遊んでいて、これを駒にしたほうが安定感があっていいかもしれないなと思いました。
 下の妹が帰り、長女とふたりでお風呂にはいっていると、長女が「お誕生日パーティーだった。○○ちゃん(下の妹)が来てくれた。プレゼントいっぱいもらった。ケーキもおいしかった。クラッカーは、こわかったけど、うれしかった。すごろくもした。とってもたのしかった。」と、噛みしめるように語ったので、「それ、そのまま文字にしたら、長女ちゃんの日記になるよ。日記を書くと、読むたびに今日のことを、思い出せるよ。」と言ったら、長女がすっかりその気になり、お風呂上がりに書くことになりました。
 しかし、もう寝る時間になっていて眠たかったのと、それからおそらく、指折り楽しみに楽しみにしていた誕生日パーティーの日が終わってしまう悲しみとで、感情が制御できなくなったらしく、日記を書こうとしたところで、「かこうとしたこと、わすれてしまいそうで、かけないいいいい、おかあさん、てつだってえええ」と、大泣きし始め、夫に怒られてますます泣き、手伝ってやってなんとか書き上げて、泣き止みました。泣いて文字が書けなくて、しかたがないので長女の言ったことを私が書いてやったのですが、最後の一行、「ぱぱは、おこった」というところだけは、自分の文字で書いていました。子どもは夜になるとどうしても疲れるから、1日の終わりに日記を書くというのは、難しいことなのかもしれません。

 長女の期待にどれだけ応えることができたか分かりませんが、そんなふうにして、5歳の誕生日お祝いが終わりました。あの日、目覚まし時計のような産声をあげて生まれた長女が、5歳になったのです。この1年で、長女ができるようになったこと、分かるようになったことは、数え切れないくらいあります。なんといっても4月から幼稚園に通いはじめ、集団行動を学び、お友だちを作り、これまでとは比べものにならないくらい、世界の広がった年でした。受け入れられることと、拒絶されること、幼稚園生活で長女はそのどちらも経験して、これまでのように、ただ天真爛漫に生きていける場面ばかりではなくなってきたけれど、それでもまっすぐ、いつも全力で、ほっぺたにあらゆる感情をにじませながら、長女は日々を生きています。
 最近、家でも幼稚園でも、なにかと人の真似をしたがる傾向があり、自分に自信がないのだろうかと、一時期すこし心配になったりもしたのですが、その一方で、ほかの子にできること(逆上がり、一輪車など)がまでうまくできなくても、いじけたり焦ったり悔しがったりしている様子はまったくないので、べつに劣等感などを抱いているわけではないのかな、真似をするのは自分に自信がないからというよりも、単純に、自分と異なる存在に対する興味や憧れからきているだけなのかなと、今は思っています。
 4歳になってからの大きな変化として、3歳までに比べると、お絵かきをしなくなったことがあります。3歳までは、自由な発想で気の向くままに、躍動感あふれる絵を描いていたのですが、4歳になってからは、きちんと正面を向いた、記念写真のような、動きのない絵が多くなりました。とくに最近は、お姫様のような絵を描くことが増えました。3歳までの、のびのびとした動きのある絵が大好きだったので、あの自由な世界観が長女から消えてしまったのかと思うと、ちょっと残念な気もするけれど、これも成長の一つなのでしょうか。
 自由気ままでなくなったかわりに、5歳に近づくにつれ、長女は積極的に外の世界に関心を向け、あらゆる物事を知ろうとし、考えるようになりました。幼稚園や本やテレビで身につけた知識を教えてくれたり、迷路やクイズやパズルにもどんどん挑戦して、頭を使う喜びを味わえるようになりました。人の手に爪のある理由から、地球誕生の不思議に至るまで、生活のなかで、興味の幅は、どんどんどんどん、広がり深まり続けています。最近になって黙読ができるようになり、一人でじっと、絵本や簡単な児童書を読んでいる姿もよく見かけるようになりました。読んでもらうのと、自分と読むとではきっと、見えてくる風景が違っていて、彼女はいま、本棚の絵本と出会い直している最中なのだと思います。
 自分の考えや思ったことをかなり言葉にできるようになったことで、即座に言い訳を考える力がつき、叱るとかならず口ごたえするので、私と本気で言い合うこともしょっちゅうです。たまに、言い負かされそうになることさえあります。知恵がついたことで、ちょっとしたウソをついたり、人のせいにしようとしたりすることもあって、そういうときは、悲しい気持ちになりながら叱ります。子どもはウソをつく生き物だということは、自分も子どもだったことがあるのでよく知っているけれど、やっぱり、わが子が自分にウソをつくのは、悲しいものです。ウソといっても、「ポケットにティッシュとハンカチいれた?」と聞いたとき、入れていないのに怒られたくなくて「いれた」と言う程度のことですが、そういう細かいウソをつかれるたび、ウソをつくのはいけないことだと教えながら、おまえはそんなに正直に生きてきたのかよと、心の中がざわつきます。ウソをつくことは、とても悲しいことなのだということを、長女の小さなウソが、毎回私に教えます。
 知識の深まりとともに、想像力も豊かになっているのでしょう。最近、長女はとてもよく泣きます。悲しいことがあって泣くのではなく、悲しいことを想像して泣くのです。想像する悲しいことはおもに、自分の大好きなものが、この世界から消えてしまうことで、「あの公園は、なくならない?長女が大人になってもずっとずっと、なくならない?」などと、涙声でしつこく聞いてきたりします。それから最近はよく、怖い夢も見るみたいで、この前はいったいどんな夢をみたのか、夜中にいきなり起きて「おかあさん、いなくならない?ずっとずっといなくならない?くるまに、ぶつかっちゃってもいなくならない?」と泣きながら言い、私にしがみついて寝ました。なにかがなくなったりいなくなったりしてしまうことへの怯えは、お正月に祖父に会ってからとくに強まったので、長女なりに、何か強く感じるところがあったのかもしれません。長女がそうした想像で泣くたび、「大好きなものは、そんなに簡単になくなったり、いなくなったりしないから、大丈夫だよ」と諭しています。本当にいつでもそうならいいな、そうでありますようにと思いながら諭しています。
 まだまだ、書き足りないけれど、きりがないので、このくらいにしよう。さあ、これからはじまる、長女、5歳の日々。5歳といえば、もうしっかり自分の気持ちがあって、嬉しかった思い出も、悲しかった思い出も、いくつも残っています。長女もきっと自分の感情をフル稼動して日々を過ごし、4歳のころよりもっともっと、わくわくすること、おもしろいことに出会えることでしょう。長女の5歳時代が、キラキラのびのび輝くよう、5歳という年齢を力いっぱい楽しめるよう、私の間違った言動で長女の自由な魂を縛り付けてしまわないよう、長女にとって自分がどうあるのが一番いいのかを、つねに考えながら、長女と向き合っていきたいです。5歳バンザイ。私の宝物。
by papiko-gokko | 2016-01-24 01:51 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 先週末は、父が駐在先から一時帰国したので、それに合わせて、両親と、私と娘たちと、それから上の妹一家とで集まって、岡山の旅館に泊まりました。上の妹と会うのは結婚式以来で、去年の9月に生まれた姪っ子を、ようやく抱くことができました。
 現在生後5ヶ月の姪っ子は、妹夫婦に似て色が透き通るように白く、ぷくぷく太って最高に可愛い抱き心地で、いつまでも抱いていたい気持ちでした。この気持ちは我が子に対するそれとはまた違っていて、守らなければ躾けなければという親としての使命感がないぶん、どこまでものんきにたっぷりゆったりそのやわらかさかわいらしさを味わっていられるという、独特の幸福感がありました。抱っこしていないときも、可愛くて可愛がりたくて、うずうずしっぱなしでした。次女が生まれたときにも思いましたが、生き物に対する愛情の違いって、強さや大きさではなく、色やかたちなんだなぁと、今回もすごく思いました。長女に対するものとも、次女に対する者とも違った色とかたちの愛情が、姪っ子に対して芽生えていくのを、姪っ子の体温や重さとともに感じました。
 た上の妹は、ママになったばかりでもっとピリピリしているかと思ったけれど、そんなことはなく、相変わらずのほわほわした感じで、その相変わらずのまま、だけどもうすっかりちゃんとお母さんになっていて、なんだか不思議でした。妹の旦那さんもまた、彼女に輪をかけてほんわかした人で、姪っ子もほんわかしていて、3人でほんわかほんわかしていて、あぁいい感じだなぁと、つられてほんわかしそうになりました。姪っ子の成長も、妹夫婦がこれからどんなパパママになっていくのかも、楽しみです。
 ほんわかしていないうちの長女と次女は、旅館に興奮で、布団で転げ回り、なかなか寝てくれませんでした。とくに長女は、姪っ子に会えるのをずっと楽しみにしていたので、嬉しくて嬉しくて、たくさん名前を呼んで、肌に触れて、いとこ同士の友好を深めていました。次女も、自分より小さい存在である姪っ子のことを、興味津々の目で見ていました。次女のからだが小さいので、大きさはそれほど変わらないのですが、やはり並んでみると体格から何からまるで違って、いつもはひたすら小さな赤ちゃんにしか見えない次女が、うんとお姉さんに感じられました。
 旅館に泊まった翌日は、前日が仕事で一緒に泊まれなかった夫も合流し、それから岡山に引っ越してきたばかりの下の妹と、母方の祖父も来て大勢で昼食を食べ、集合写真を撮りました。子供が生まれ、祖父母が年老いてくるにつれ、こうして折に触れて撮る集合写真の大切さが分かるようになりました。今回撮った写真も、何度も見返しては、このときはこうだったねと、集合写真に映っている人たちと、会話を交わすことでしょう。
 つかのまの再会でしたが、両親と妹たちと、一堂に会することができて、嬉しかったです。嬉しかったけれど、疲れました。両親や妹といると、私は、いつもより少し自分を良く見せようとしてしまいます。何も期待なんてされていないだろうに、なんだか、期待を裏切りたくないと思ってしまうのです。期待というよりも、両親や妹たちのなかにある、私のイメージを、裏切りたくないのかもしれません。もう一緒に暮らさなくなって10年以上経っているから、10年前の私とはいろいろ変わっているところもあるけれど、それをそのまま出してしまうと、両親や妹を、がっかりさせたり傷つけたりしてしまう気がして、なるべく、彼らのなかにある私のイメージ通りの自分でいたいと思い、少し無理をしてしまいます。その一方で、人の親となり大人になって成長した自分を見て安心して欲しいという思いもあるから、どうにもこうにも、ちぐはぐになります。

d0038776_22304896.jpg 長女が4歳の誕生日を迎えてから、22日で1ヶ月が経ちました。このひと月、長女は4歳になった喜びを日々かみしめ、自信を手に入れて、できることがたくさん増えました。普通のお箸を使えるようになったし、スキップができるようになったし、三輪車で上手に曲がれるようにもなったし、それなりに文字のある絵本も朗読できるようになり、一人で読書をしている時間が増えました。
 感情や思考の幅も、急激に広がり深まっているみたいで、発言が単純ではなくなってきました。たとえば、春の歌を歌ったあと、「あのね、雪が春を連れてくるんだよ。だって冬のあとには春がくるでしょう。」と教えてくれたり、週末旅館に行ったときには、下の妹が来られなくて寂しがっているという話を母がしていたら、「いますぐ、○○ちゃん(下の妹)のところに、みんなで行ってあげようよ」と声を震わせて訴えたりしました。年齢が上がったことで、物事のつながりを想像することや、他者に感情移入したりすることが、できるようになったということなのかなと思います。
 それから昨日は生まれて初めて、声を立てずに、私に顔を埋めて、しくしくうっうっと、泣きました。泣いた理由自体はとても子供じみていて、夜ご飯をちゃんと食べなかったからデザートはなしだよと夫に叱られたあと、次女だけデザートを食べさせてもらっているのを見て、とぼとぼと部屋の隅に行き、それから私のところに近寄ってきて、うっうっと、泣き出したのでした。私がはじめて声を出さずに泣いたのは、小学1年生のときなので、長女は私より、大人びているかもしれません。
 4歳になってからも毎月、月齢ごとの成長記録を書いていくのかどうかは、まだ決めていませんが、このひと月は、大きな成長を感じたので、こうして書きました。
by papiko-gokko | 2015-02-26 00:02 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

長女4歳


 1月22日、長女が4歳になりました。半月前から「あと何かい寝たら4さいになる?」と聞き続けてきた彼女は、いよいよあと1回寝たら4歳という21日の夜、布団のなかで「ああ、なんかそろそろ4さいに、なってきてるかも・・・」と言いながら、体中からあふれるワクワクを抱きしめるみたいに身をぎゅうっと縮め、小声で何度も10から1までのカウントダウンをしながら眠りにつきました。
 そしてついに迎えた誕生日の朝、目を覚ました長女に「4歳になったよ、おめでとう」と声をかけると、笑いをこらえるような顔をして起き上がり、それから鏡の前に行きしばらく自分の姿を眺めたあと、「あれ、4さいになったのに、体の大きさがあんまり、変わってないじゃないか」と、困惑していました。年齢があがると同時に、背丈もびゅーんと伸びると思っていたようです。がっかり顔で鏡の自分を見つめる長女に「少しずつ少しずつ大きくなるんだよ」と教えたら、たちまち元気を取り戻し、「4さいになったから、もう、てちゅぼうのしゃかあがりとか、たかいジャングルジムができるよねえ」と、4歳になりたてのつたない口調で言い、目を輝かせていました。そんな、4歳の始まりの、まぶしいまぶしい朝でした。
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 夜、夕食のあと、4本のろうそくに火をともし、私と夫がハッピーバースデーの歌を歌っているとき、長女ははにかみながらろうそくの火をじいっと見つめていました。ろうそくの火で、頬がまるく光っていて、とてもきれいでした。歌い終えたあとは、「もう4さいだから、ひとりで消せるよ」という長女の宣言通り、一人で立派に4本のろうそくを吹き消しました。3歳の誕生日のときは、まだ新生児だった次女が火を怖がって大泣きしましたが、今年はそんなこともなくて、とても穏やかな時間でした。
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 ケーキのあとは、プレゼント。私たちからのプレゼントは、シルバニアの家具と、それから手作りのヒットくんかるたです。驚いたのは、渡した後、ひとしきり飛び跳ねて喜んだあとで、私と夫に向かって「ありがと!」と言ったこと。4歳になったんだなぁと、その一言に成長を感じました。かるたは、色塗りが間に合わなくて線のみのものも数枚ありましたが、とても喜んで夢中で遊んでくれて、がんばった甲斐がありました。
 そんなふうにして、4歳のお誕生日が無事に過ぎていきました。この4年間は濃厚すぎて、自分のなかではなんだかもう、人生の大半を長女と過ごしているような感覚だから、長女が自分の人生に加わってから実はたった4年しか経っていないことに、驚いてしまいます。4年前、真っ赤なお尻で生まれてきた、ふにゃふにゃだったあの子が、自分の誕生日をしっかり理解して喜び、ケーキの火をひとりで吹き消し、プレゼントをもらって、ありがとうなんて言うようになったのです。なんてすばらしいんだろう。
 今日、話の流れのなかで、なんとなく長女に「大きくなったら何になりたい?」と聞いてみたら、これまではいつも、わけの分からない返答ばかりしていた長女が、今日ははっきりにっこり、「おかあさん」と、答えました。長女の最も身近な大人がおかあさんなのだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど、長女が初めてなりたいと思ったものが、「おかあさん」だったことが、幸せで、これまでの4年間に対して、長女から花束をもらったみたいに嬉しくて、「へえええそうなんだ!」と驚きながら、あやうく泣きそうになりました。普段の私が、なりたいと思ってもらえるようなタイプの母親をやれているとはとても思えないけれど、素直に嬉しかったです。
 これから始まる4歳の日々は、きっと、3歳の時にできなくて悔しかったいろんなことができるようになり、幼稚園でお友達もできて、どんどん世界が広がって、きっと最高の1年になるに違いありません。おめでとう4歳。すくすく育ってくれて、こんなに嬉しい気持ちをくれて、ありがとう。
by papiko-gokko | 2015-01-23 23:55 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

長女3歳11ヶ月


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 長女が今日で3歳11ヶ月を迎えました。あとひと月で、なんと4歳になります。長女にそのことを教えると、「くひー!」と喜びの声をあげていました。彼女はもうずいぶん前から、4歳になる日をものすごく楽しみにしているのです。
 いつもそうなのですが、わがまま炸裂の時期が一段落すると、それ以前よりも少し、言動がおねえさんになります。今もまた、先週でわがままな時期が落ち着いて、おっと驚くほど成長を感じる発言をするようになりました。夫と私が軽く言い争いをしていると、すぐにそれを察して「もう、ケンカはやめて!」と、ドラマの子役みたいな口調で制したり、出かける前に私が暖房のスイッチを切っていたら「ホットカーペットも切った?」と確認を促したり、「この道は○○へ行く道でしょ」と私より道順を覚えていたりなど、もう大人のすることや考えていることをなんでも分かっているような様子で、たったこの前まで赤ちゃんだった子だなんて嘘みたいです。
 今日は冷たい風の吹くなかお出かけをして、途中で長女のコートのボタンがひとつ外れていることに気づき、手袋を外してボタンを直し始めたら、「さむくない?」と言って、手袋している彼女の両手を、私の素手にそっと重ねて、ふんわり包み込んでくれました。その小さな両手と言葉は、ランプに火をともしたように、体中をぽうっと明るくあたたかくしてくれて、ああ、やさしい子に育ってくれているなぁと、嬉しくて嬉しくて、少しだけわざと時間をかけてボタンをとめました。
 それから午後、部屋の片付け中に私がレゴブロックの入った箱に思い切り足を突っ込んで躓いたときも、はっと振り向いて「いたくなかった?」と心配してくれたし、Eテレ鑑賞中に次女がごてんと転んで少し泣いたときも、テレビの画面を眺めつつ、ほとんど無意識の感じで、ずっと次女の頭をさすってやっていました。今日はそんなふうに、長女の思いやりに気づく場面が、たくさんありました。
 もちろん、言うこと聞かずの強情っぱりのわからんちんな部分も多々あって、今日も数回きつく叱ったけれど、誰かが痛かったり寒かったりしたとき、即座にその人の感情に寄り添う心が育っているのならば、本当のところ、それだけでもう、いまは十分のような気もしています。ペンのフタをしめるのを忘れてばかりでも、食事のとき三角食べができなくても、着替えに時間がかかっても、顔を石鹸で洗うのが怖くても、思い通りにならないとすぐ涙が出ても、次女に負けないくらい甘えん坊のだっこ虫でも、大丈夫だから、自信を持って4歳になったらいいよと、長女に言ってやりたいです。
 3歳の長女と過ごす、いよいよ最後の1ヶ月。年末年始できっと慌ただしく過ぎていきそうだけれど、できるだけ大事に味わおう。
 
by papiko-gokko | 2014-12-22 23:06 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 今日で長女が、3歳10ヶ月を迎えました。11月の初め頃は、異様に反抗的で親を舐めているような腹立たしい態度が目立ちましたが、最近はその感じがなくなって、相変わらずわがままだったり気むずかしかったりはするものの、こちらの言うことに一定の理解を示し、素直に聞いてくれることが増えました。おかあさん聞いて、おかあさん見てと、自分の知っている言葉を尽くして、自分の身の回りの発見や自慢や不安を、一生懸命に伝えてくれるのが可愛くて、もうちょっとしたらこの舌っ足らずなおしゃべりじゃなくなるのかなぁと思うと、すべて録音しておきたくなるのですが、しかしその一方で、相づちの打ちようのない、わけの分からないような微妙に分かるようなことを延々としゃべり続けられると、耳の奥がぐわんぐわんして、この子の背中に音量調節キーがついていればいいのに・・・と、切実に思ったりもします。
 来年からは幼稚園に行くんだという自覚も手伝って、トイレに一人でいけるようになったし、ご機嫌なときにはほとんど自分でお着替えもできるし、手洗いうがいも自分でできるし、このごろずいぶんしっかりしてきたなぁとも感じますが、パパと結婚すると無邪気に言っていたり、たくさんの夢物語をまっすぐ信じていたり、まだまだ、きらきらの幼さに目を細めることのほうが多いです。長女はこれまでの人生で、自分の言動を人から馬鹿にされたりけなされたりしたことがほとんどないので、ぴかぴかふわふわの自信家というか、自分はなんでもできるとってもおりこうなスーパー3歳児なんだぞと疑いなく思っていて、それが愛しくもあり、心配でもあります。自信家ゆえプライドが高いので、自分の発言を否定されて自信が揺らぐのが嫌らしく、自分の言うことが間違っているような気のするときには、「・・・って、次女ちゃんが言ってたよ・・・」などと言って、ごまかしたりもします。幼稚園に入ったら、彼女のふわふわの自信とプライドは、どうなっていくのだろう。ああ、外の世界の人たち、ちやほやと積み上げた積み木のような彼女の自信を、どうかなるべく上手に崩して、頑丈に立て直す手伝いを、してやってください。
 最近の長女が好きなことはお料理で、昨日も少し書きましたが、困るくらい積極的にお手伝いをしてくれます。卵を割ったりかきまぜたり、野菜を洗ったり皮を剥いてくれたり、次女の離乳食用に摺り下ろしてくれたり、お鍋を混ぜてくれたり、塩コショウしてくれたり、肉巻きやロールキャベツのときには一緒に巻いてくれたり、揚げ物のときには一緒に衣をつけてくれたり、豆を莢から出してくれたりなどなど、お手伝いするたびにできることが新しく増えるのが自分で分かるから、とても嬉しいみたいです。私は料理があまり得意ではなくて、これまで料理の時間を楽しむ余裕などなかったのですが、長女がそばで興味を持って見てくれていることで、会話が生まれて楽しくて、もう一品作っちゃおうかななんて思えることすらあって、台所に立つことを苦痛に感じなくなりました。あまりに積極的になんでもやろうとするので困ることも多々ありますが、長女に感謝です。
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 3歳10ヶ月を迎えた今日、長女はマイデスクを手に入れました。これまで座卓でお絵かきしていたのですが、お姉ちゃんと同じことがしたくてたまらない次女がしきりに邪魔するようになってきて、長女がお絵かきを始めるたびケンカが始まり、ついに長女があまり絵を描かなくなってしまったので、これは長女にとっても次女にとってもよくないなと思い、プリンター置き場として使っていた折りたたみ式のテーブルを長女に譲ることにしたのでした。簡易なものですが、10年前くらいに夫からプレゼントでもらって、長らくのあいだパソコンデスクとして愛用していた思い出深いテーブルです。昨日の夜のうちに模様替えをして、長女のお絵かきグッズをテーブルに並べておき、朝、目を覚ました長女にわくわくしながらそれを見せると、「はひゃ」と、声にならない声を発して喜び、すぐに腰掛けて、絵を描いたり、それをハサミで切ったりしはじめました。
 さすがの次女も、これを邪魔することはできず、しかしそれでも長女のそばにいたいらしく、机の下に潜り込んで、長女の足下で、ひゃはひゃは躍動していました。長女は自分のデスクを手に入れて心に余裕がでたらしく、いつもかたくなに自分が座っていたローチェアを指さして、「その椅子はもう次女ちゃんにあげるよ。テレビみるときとか、すわりたいでしょ」と、急に譲る姿勢を見せていましたが、夕方、テレビを見る時間になると、しっかり自分がローチェアに腰掛けていました。やっぱり次女のサンタさんは、椅子かなぁ。どうなのかなぁ。もうしばらく様子見になりそうです。

 それにしても、次女に対しては、生まれたときからおおらかでいられるのに、長女に対してはいまだに、ピリピリビクビクしてばかりで、どうしてこんなに違うのだろうかと、いつも不思議に思います。長女のことも、なるべくピリピリせず穏やかな心で育てたいのですが、なんでも初めてだから、どうしたっていつまで経っても、不安だらけです。子供の頃から、同じ親から生まれた私と妹たちの性格がぜんぜん違うのを不思議に思っていましたが、これは生まれ持った性格だけじゃなくて、親の育て方もやっぱり、一人目、二人目、三人目で、かなり違っていたのだろうなぁと、いまは想像できます。こればっかりは、意識してどうこうできるものでもなさそうなので、長女には長女への、次女には次女への、それぞれ違ったかたちの最上級の愛情でもって、育てていきたいです。
by papiko-gokko | 2014-11-23 00:37 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

長女3歳9ヶ月


 今日で長女が3歳9ヶ月になりました。このひと月は、七五三の写真撮影で始めて着物を着たことが、何よりの印象深い出来事です。これまで、長女が来年から幼稚園に行くということがいまいち実感できずにいたのですが、夏が終わって秋が来て、もろもろの日程など具体的なことを目にするようになり、入園がようやく現実味を帯びてきました。次女出産のときを除いて、とにかく毎日べったり一緒にいた長女が、半年後にはもう、私も夫もいない空間で、ぶらんこをしたり、お弁当を食べたり、お絵かきしたり、たまには泣いたり、それから立ち直ったり、歌ったり、挨拶したりするようになるだなんて、冗談みたいです。楽しみでもあるけれど、いまは寂しさや不安や心配な気持ちのほうが大きくて、胸の奥がぎゅうぎゅうざわざわ、落ち着きません。細かいことを気にするし、こだわりが強いし、泣き虫だから、環境に馴染めるかどうかがまずものすごく心配です。長女なりに楽しんで通えたらいいなぁ。本当にもう、願うのはそれだけです。
 次女との関係は、お互いが成長したことで、本当によく姉妹で遊べるようになり、同時にケンカもするようになり、見ていておもしろいので、ついつい、どちらかが泣いてこちらに助けを求めるまで、にやにや観賞してしまいます。長女が遊んでいるおもちゃを次女が奪おうとして、長女が泣くので別のおもちゃを次女に渡すと、今度は長女も次女に渡したおもちゃで遊びたくなり、それでまた取り合いになって・・・というやりとりを、毎日何度もやっています。こんなふうに取り合うのも、ふたりにとっては、遊びのうちなのかもしれません。ケンカはしてもお互い好き合っているのは一目瞭然で、次女はいつだって長女を目で追っているし、長女はすごく次女を守ろうとしてくれていて、お風呂上がりに、私が着替えを用意するまで裸の次女をタオルで包んでくれていたり、次女が危険なことをしようとしたらすぐ知らせてくれたり、次女のためにおもちゃを用意してあげたり、頼りがいのあるお姉ちゃんになってきました。
 好きな遊びはごっこ遊びで、最近ついにアンパンマンにも目覚めました。これまで、バイキンマンとの戦いシーンを怖がるので見せていなかったのですが、図書館で『アンパンマン大図鑑』を借りたことによって、おもしろそうかも・・・と思ったらしく、先日レンタルショップに連れて行ったら「アンパンマンを見る」と自分から言い出し、数話入っているDVDを見て、アンパンマンという正義の味方の魅力と、たくさんいるキャラクターの楽しさに気づいたようでした(しかし、一緒に借りた劇場版のアンパンマンのほうは、バイキンマンがアニメより強くて、やっぱり泣き出してしまった)。それ以来、アンパンマンごっこが楽しくてしかたないらしく、次女をコキンちゃんやメロンパンナちゃんにして、私にも釜飯ドンとかホラーマンなどの役を割り当て、自分はアンパンマンになりきって、「あんぱーんち」とか「かおをたべていいよー」とか言いながら遊んでいます。幼稚園に入る前に、国民的ヒーローアンパンマンとの距離を縮めることができて、よかったです。
 それから最近、お料理に興味があって、夕食を作っていると、手伝いにきてくれます。放っとくと必要のない手伝いばかりしてきて大変迷惑ですが、こちらがしっかり説明をして、できそうなことをやってもらうと、普通に助かったりもします。今日はとんかつのお肉に、塩コショウを振るのと、衣をつける作業をやってくれました。キャベツも少しちぎってくれました(しかしこれはやらせるとキャベツがぼろぼろになるので、ほとんど私がやった)。私は決して料理が得意なほうではないので、そのうち長女のほうが料理上手になってくれたら嬉しいです。
 どんどん口が達者になり、言い訳や口答えのバリエーションに思わず笑ってしまうことも、本気で腹が立って言い返せないこともあります。それでいて、幼児らしいおかしな言い間違いもまだまだ多くて、かわいいです。いろいろな言葉のニュアンスが伝わるようになってきたので、「長女ちゃんは、お母さんのたからもの!」と言って抱きしめると、ほかのどんな言葉よりも、嬉しそうな顔をします。本当に、宝物すぎて、できることなら、いつまでも手元に置いてしまっておきたい気持ちだけれど、羽ばたく力のある宝物だから、私はせいぜい手をひいて、この子が羽ばたきたくなる景色を、たくさんたくさん見せてやろう。
by papiko-gokko | 2014-10-22 23:57 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 歯が生えてきている影響か、ここのところ次女の眠りが浅くて、真夜中にハイテンションで起きてしまうことも多く、それもあって、なかなか日記が書けません。寝ているあいだに、夢の中で文章を打って、それを現実世界に転送できればいいのになと思います。

d0038776_22455923.jpg 日に日に夏の気配が消え、ついにクーラーを一秒も付けない日があったその翌日、20日は夫の誕生日でした。数日前から誕生日パーティーを楽しみにしていた長女に、さあパーティーの飾り付けを一緒に作ろうと、折り紙と大きな髪を渡したら、ヒットくんの大行進の絵と、それから小さな折り紙をくるくる巻いた物をたくさん作ったので、そのくるくるをヒットくんの行進の絵に貼り付けて、飾り付けの絵を作りました。この絵のほかにも、家族の絵や、夫の似顔絵など、たくさん絵を描いたので、それもたくさん貼り付けました。
 それから毎年恒例のケーキ作りもしました。今年はバナナロールケーキに挑戦し、長女も粉ふるいをしたり、ヘラで混ぜたり、たくさん手伝ってくれて、なんとかうまい具合にできあがりました。ごちそうは夫のリクエストの骨付き肉の唐揚げと、普段より手の込んだポテトサラダ。飾り付けと、ごちそうと、ケーキと、なんだかんだで一日がかりで準備しました。その甲斐あって、夫はとても喜んでくれたようです。ケーキのとき、夫がロウソクに火を灯したら、その火を見て次女が号泣し、号泣のなかで、長女がハッピーバースデーの歌を歌い、歌い終わるまえに、ロウソクが消えてしまって、「長女ちゃんが消したかったのにー!」と長女まで泣き出し、もう一度火をつけて長女が吹き消すという、そのはちゃめちゃな一部始終を、私がビデオに収めました。きっと見返すたびに笑えることでしょう。
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 誕生日の次の日は、夫が休みだったので、車で遠くの公園へ行きました。岡山には巨大複合遊具のある公園が結構たくさんあって、そのうちの一つがある公園へ行ってみたのでした 行ってみるとそれは、そびえ立っていると表現してもいいぐらいのでっかい遊具で、そのでっかい遊具に、子どもたちがアリのように群がっていました。車から降りると、窓から見えた時点ですでに興奮状態になっていた長女も、口をぐっと結んでまっすぐ走って行き、頬を紅潮させ真剣勝負の顔つきでひとしきり遊びました。長女のことは夫に任せて、私は次女と一緒にふたりの様子を下から眺めていましたが、あまりにもでっかい遊具なので、たちまち長女がどこにいるのか分からなくなりました。長女がひとしきり巨大遊具で遊んだあとは、木陰で持ってきたお弁当を食べ、公園内にあった噴水で少し水遊びもしてから帰りました。
 季節がよくなって、これからこうして公園巡りできるので楽しいです。まだまだ行ってみたい公園がたくさんあります。

 そして22日で、長女は3歳8ヶ月を迎えました。毎日、よくしゃべり、ひたすら絵を描き、気ままに歌い、それなりに食べ、あまり眠らず、元気に暮らしています。
 ごっこ遊びが好きで、多くの時間を、何かになりきって過ごしており、私と次女も何かの役を命じられています。いまは「おかあさんといっしょ」に出てくるかぞえ天狗さんが大好きで、私がかぞえ天狗の役、長女がミーニャの役をして、いろいろなものを数えています。10以下の数しか数えないテレビと違って、平気で100以上あるようなものを本気で数えさせようとしてくるので大変です。既存のキャラクター以外では、寝かしつけのときに生まれた人差し指の王さま王子さまと、それからお風呂上がりに私がタオルを頭に巻いたことによって生まれたタオルあたまくんというニューフェイスも、遊びの仲間に加わりました。そしてヒットくんは相変わらず、長女の心の友であり、遊びに欠かせない存在です。長女はヒットくんのパパで、次女はヒットくんのママなのだと、昨日長女が語っていました。
 次女もだんだんと、長女の素晴らしい遊び相手になってきていて、嬉しい限りです。最近はよく私の真似をして、次女に「たべちゃ、だめでしょ!めーよ!」と注意したり、ぎゅーっと半ば無理矢理に抱きしめたり、抱っこで子ども部屋に連れて行ったりして、可愛がっています。私が次女に噛まれて痛がっていると、長女も噛まれたがって、次女にわざと近づいていったりします。どうやら次女から、私に対するのと同じように扱われたいみたいです。
 なんで?どうして?の質問は、ますます活発になっていて、あまりにもずーっとなので、つい、どうしてだろうねー・・・と、聞き流してしまうこともしばしばです。図鑑も好きになっていて、植物図鑑や動物図鑑、それから人体について子どもに分かりやすく書かれている『ひとのからだ』という絵本や、五味太郎の『言葉図鑑』などを、長いこと読みふけっていたりします。とくに『ひとのからだ』は長女にかなりの知識を与えたらしく、男性と女性で体のつくりが違うことに気づいて疑問をいろいろぶつけてきたり、「赤ちゃんて、お腹の中にいるとき、最初は、見えないくらい小さいんだよ」と教えてくれたりしました。
 食事にしてもトイレにしてもお風呂にしても、なにかと細かくて気むずかしくてワガママで、憎たらしいこともあるけれど、ああ3歳って小さいんだなぁと思わされることもまだまだ多く、腹が立ったり胸が締め付けられたり、悩ましくてくたくたになります。スーパーでちょっと目を離したすきに見えなくなって、見つけたあと「お母さんから離れたら駄目でしょう」と少しきつく言ったら、「だって、おかあしゃんが、おいていくからでしょ!」と目に涙をいっぱい溜めて言い返したり、「やっぱり秋は、あったかいコーヒーだよねえ」なんて、大人みたいなことを言ってこちらの反応を伺ってみたり、「はやく4さいになれるように!」と、ご飯を急に必死で食べてみたり。とにかく、全力で、一生懸命に今を生きているのだということだけはびしびし伝わってきて、その一生懸命さに、ちょっとついていけなくて、くたくたになります。あまりにずっとしゃべっているので、地球の回る音が聞えないのと同じように、長女の声もなんだか雑音みたいになってしまって、長女が私に向かってしゃべっていることに気づくのに、時間がかかることが最近ちょくちょくあって、よくないなぁと思います。
 だんだんとお姉さんになってきているからこそ、言い間違いが可愛くて、いくつかメモしたので、を記録して、3歳8ヶ月の記録を締めくくることにします。
 ・ぴちにっく→ピクニック
 ・らっかせる→ランドセル
 ・かがが→蚊が
 ・ぼるしんぐ→ボクシング
 ・れいじ→レンジ
 ・くっしょんぺん→ラッションペン
by papiko-gokko | 2014-09-23 23:36 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

長女3歳7ヶ月


 長女が3歳7ヶ月になりました。このひと月で、ついに夜のおむつもはずれて、わが家から長女のおむつがなくなりました。めでたいことですが、おむつ姿の大きなおしりも可愛かったから、もう見ることができないのかぁと思うと、寂しいです。
 最近の長女は、親の顔色をうかがうようになりました。私が眉を潜めるとぐっと辛そうな顔になるし、逆に私が大笑いすると、ぱっと明るい顔になって、一緒に笑い出します。両親が笑っていることが、長女にとってすごく重要なことのようで、どことなく雲行きがあやしくなったときや、自分が上機嫌で相手にもそうなってほしいときなど、「パパかっこいいね」「おかあさんすてきだね」などとおべんちゃらを言って、笑顔を引きだそうとします。次女が笑っているのも、長女にとってとても愉快なことらしく、昨日も、次女がなにかでケタケタ笑ったら長女も一緒になって大笑いしてから、「人が笑いたくなると、自分も笑っちゃう」と、言っていました。そんな長女だから、なるべくは恐い顔せず笑って接したいと思っているのですが、叱らないわけにいかないときもあるし、イラッとすることもあるし、難しいです。
 それから、これも顔色をうかがうようになったことと関連しているのかもしれませんが、分かち合う喜びみたいなものにも目覚め、なんでも一緒のことをしたがったり、一緒のものを食べたがったりします。とくに食べ物に関してはすごく強引で、自分が食べておいしかったものは何が何でも私や夫にも食べてほしいらしく、食べないと泣いたりするので、ちょっと困っています。どうしてもそのとき食べられたかったり食べる気分になれないときは、「おかあさんも、その味知ってるから、大丈夫」と言うと、なんとか納得してくれます。自分がおいしいと感じたものや、面白いと感じたことを、自分だけしか知らないことが、もったいないと思うのか、それとも心細いような気がするのか、親の反応をみて自分の感じたことの正しさをし実感したいのか、その真意は掴みきれませんが、自分だけにでなく、相手にも、感じる心があるということに気づきはじめていて、その心が、必ずしも自分とは同じようには動かないということにもまた、気づきつつあって、その感触を研究している真っ最中なのかもしれません。長女に食べてと言われたものを食べて「おいしいねえ」と言うと、長女も「おいしいよねえ」とすごく満足げな顔をするので、なるべくは拒否せずに、分かち合う余裕を持ちたいです。
 最近の好きな遊びは、お絵かき、かくれんぼ、お風呂水遊び、折り紙、積み木、しりとりなどなど。折り紙は、折り方を私から教わるのがどうも苦手で、説明をあまり聞かずに自分でやろうとしてしまって(説明が説教に聞こえるのかもしれない)、だからあまり上達しないのですが、それでも彼女なりにがんばって、飛行機らしきものなど作っています。しりとりは、お絵かきしりとりも好きで、飛び跳ねながら楽しんでいます。少し前までは、最初に「あ」のつく言葉だよと言っても、途中や最後に「あ」のつく言葉を言ったりして、しりとりにならなかったのですが、今ではちゃんとできるようになりました。逆さ言葉などにも興味があって、毎日いろいろな言葉の逆さ言葉を言わされます。先月あたりから始まった「なんで?どうして?」の質問も相変わらず健在で、うまく答えられたり、はぐらかしてしまったり、一緒に考え込んだりしています。今日の質問は、「おひざの裏側って、どうしてこう、なんともいえない感じになっているの?」で、その言い回しに思わず吹き出したら、長女も笑いました。私が笑うと、本当にいつも、つられて笑い出す子だなぁ。
 次女との関係は良好で、面倒を見てくれることも増えました。おむつを持ってきてくれたり、危ないものを口に入れていないか見ていてそのつど報告してくれたり、それにお風呂の時には、必ず長女が次女の髪を洗ってくれます。長女に洗ってもらうとき、次女はすごく嬉しそうに声をあげます。たまに乱暴な扱いを受けて泣かされても、次女は長女のことが大好きです。
 そんなふうに、大きくなったなぁ、成長したなぁと感じることの多い日々なのですが、昨日、日傘を差して出かけて、帰りがけに、長女が日傘をさしてみたいというので、持たせてやったら、長女のさした日傘が、私の目線のはるか下にあり、その傘がひょこひょこ揺れながら私の横をついてくるのを見下ろしながら、この子ってこんなに小さいのかと驚き、可愛くてたまらなくなって、思わず傘の上から頭をなでようとして嫌がられました。次女と一緒にいるからどうしても、大きさのほうが際立ちますが、まだまだぜんぜん、小さな女の子です。
by papiko-gokko | 2014-08-22 23:45 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)