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日記と短歌


by papiko

漂っている幸せと吹き抜ける虚しさ今日は踊り明かそう


 寒い。一時間ぐらい我慢していたら、くしゃみと鼻水と眠気が止まらなくなったので、この秋はじめて、暖房と加湿器のスイッチを入れた。コタツ布団、もう少し早くクリーニングに出せばよかったなぁ。
 寒い日が続くと、編み物の針を動かすピッチが自然と上がっていく。早く早く、編み上がった帽子とマフラーであったかくなりたい。ここのところ根を詰めすぎたせいか肩こりがひどいけれど、楽しいから、そんなことけっちゃらだ。よし編むぞ。早く、早く、部屋よあったまれ。「早く」は、冬に生まれた言葉のような気がする。

***

  漂って掴み切れない幸福のなかで立ち尽くし、ふいに吹き抜けていく虚しさに後ずさりして、わかりやすい追い風を待ちながら、枝毛を見つける作業だけ、着々と、うまくなる。
 虚しさはいつでも、プールの底に映る波紋のように、私の底で揺れている。それは同時に、カビの生態にもよく似ていて、カラリと乾いているときにはふわふわ浮遊していて見えないけれど、少しでも心のどこかが湿っていたり腐りかかっていたりすると、ぶわぶわそこに集結して瞬く間に正体を現しながら増殖し、ムダだよムダだよと、青緑色に視界を覆いながら嗤う。
 虚しさから一時的に逃れることはできても、完全に心の中から葬り去ることは出来ない。がんばるぞ!とか、楽しい!とか、まっすぐ思えたひと時の力が強ければ強いほど、その反動でふいに吹き抜ける虚しさの気配は冷たく、その冷たさに目を覚まされたような気がして、しばらく元気を出すのが怖くなり、目を伏せてぼんやり歩く癖がつく。伏せた目には、プールの底の波紋みたいな虚しさがゆらゆら映って、穏やかで、退屈で。それを眺めるともなく眺めながら、何かのきっかけでまた再び目を覚まされたような気持ちになり、がんばるぞ!とまっすぐ思えるひと時が巡ってくるのを、ぼんやりぼんやりと待つ。
 朝、一昨日で賞味期限の切れてしまった牛乳片手に虚しさをおぼえ、昼、いらない書類をシュレッターにかけながら虚しさに駆られ、夕方の帰り道、急いだのに信号が赤に変わって虚しさに捕らわれ、夜、悪いニュースを見て虚しさに浸り。誰もがこの虚しさを底に映しながら、生きているのだろうか。それとも私は割り切るのが下手だから、それでこんなに毎日だらだら虚しくなるのだろうか。
 今日は、空回りの一日だった。私のこれまでやってきたことはなんだったんだろう・・・と、虚しい気持ちになることが、いくつも重なった。しかたない。こんな日もあるよ。

  そんな気持ちで、エレファントカシマシの、「ライフ」というアルバムを聴いている。いい。ある程度の立場が定まって落ち着いている、気だるく平穏な生活で、積極的な葛藤や決意があるわけではなく、自分の日々を一応受け入れながらも、そのなかで、とりとめもなく考える疑問や、どこからともなく漂ってくる憂鬱が、ゆったり流れ出してくる、そんなアルバム。全体を通して、最近の気分にすごく寄り添う内容だ。特にぐっときた歌を、いくつかここに。

暑中見舞い-憂鬱な午後-youtube
普通の日々youtube
かくれんぼyoutube
あなたのやさしさをオレは何に例えようyoutube

 虚しさにとらわれた時、エレカシを聴くと、抱いていた虚しさが、だんだんと生きることへの愛しさに変わっていって、布団のなかで泣き疲れた後みたいに、静かにまぶたが重くなる。エレカシのおかげで、心地よい夜です。
by papiko-gokko | 2008-10-30 12:54 | Diary