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日記と短歌


by papiko

花屋さん


 一昨日玄関に飾った花の水が、今日見てみると1センチ以上も減っていて、生きているんだなぁと驚いた。私も他の動物も、みんなごくごく水を飲むのに、花が水を飲むことがこんなに不思議に思えるのは、花が言葉を発しないから。人間ばっかりがしゃべって、わかりあえるとかわかりあえないとか、うそとか本当とか、そんな直線の上で、もがいて寂しくなる。
 「あなたたちやっぱり、空きビンでなくて、素敵な花瓶が欲しいですか?」と、声に出して尋ねるよりは、出さないほうが少しは通じ合えるような気がして、心の中で尋ねてみたけれど、当然何も返ってはこず、その生ぬるい空白は私に、無意識のまま管で栄養と酸素を吸い上げ生きている、祖母の姿を思い出させた。けれども、手に持っていた花束を花瓶に戻すと、手から離れた花は活き活きと広がりながらその中に収まり、あぁ、植物は植物だから美しいのであって、人間は植物になっちゃダメなんだなぁと、気付いてしまった。植物の生命を美しく意味深くするのが、葉っぱや果実や花ならば、人間にとってのそれは、意識や想いや意志であり、それを表す表情やしぐさや言葉なんだ。
 花瓶の花が枯れてしまったら、自分で何か、玄関の靴棚に置くようの植物を買ってみようかな。どんな植物なら、忘れっぽい私とでも、うまくやっていけるかな。吉行淳之介がサボテンのことを書いていたから、サボテンにしようかな。ちなみに淳之介さんは、サボテンを、シャボテンと書いていて、そこがまた、素敵。
by papiko-gokko | 2008-10-08 00:12 | Diary