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日記と短歌


by papiko

コンビニおでんと母のノド飴


 急に冷え込んだせいか、腰が痛い。整体で背骨や骨盤の歪みをバキボキ直してもらいたいなぁ。小雨降りしきる帰り道、寒さと冷たさに身を固くして歩いていたら、ちょうど駅と家の中間あたりにあるコンビニに「おでん全品70円」という垂れ幕のかかっているをみつけ、その、ぐつぐつふはふは温かいイメージに引き寄せられ、思わずたっぷり買って帰ってしまった。卵と、はんぺんと・・・と、選んで注文していくだけで内側から温まってきて、おでんを買ってからのちの帰り道は、寒さも冷たさもさほど身にしみなくなり、おでんの冷めないこととこぼさないことだけ考えて歩いた。
 
 帰ってすぐに熱々のおでんをたらふく食べて眠たくなりながら携帯を開き、母と妹からのメールに気づく。無事島根に帰ったようだ。よかった、よかった。二時ごろ飛ぶ飛行機で、その時間帯は、会社で仕事をしながら、寂しくなった。母と妹の日常は島根にあるから、さよならしなくてはいけない。日常を持つ人同士は、どうしても、その継続のために、さよならしなくてはいけない。ならば日常をもたなければ、寂しくないのかといえば、そうではなくて、日常を持たなければ、いつか別れるその人と、繋がることすらできないし、どうしたって、生まれて育ってきた限り、死ぬまで寂しい気持ちからは逃げられないのだと思う。

 仕事中に咳がでて、カバンを漁ったら昨日一昨日に母からもらったリンゴ喉飴がいくつかサイドポケットに入っていた。東京観光中、母は電車で座るといつも、私と妹と夫に「飴ちゃんいる?」とリンゴの喉あめを配り、舐めていた。私も妹もそんな母を「大阪のおばちゃんみたい」と笑っていたけれど、そのことを思い出しながら舐めていたら、子供じみた甘ったれの気持ちがふくらんで、うえんと泣きたくなった。いつでも母がそばにいて、私の喉が痛いかもしれないときに、カバンから飴を出してくれたらいいのにな、なんて、25歳にもなってちらりとでも思ったりするとは、毎日あたりまえに飴を出してもらえていた5歳児のころの私が、想像できただろうか。母は私を、26歳で産んでいる。
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by papiko-gokko | 2008-09-30 00:07 | Diary | Comments(0)