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日記と短歌


by papiko

朝焼けの電車でおいで眠い目に見たことも無い緑をあげる


 山梨に行ってきた。朝八時ごろ横浜をでて、びゅんびゅん高速道路を走り、二時間半ほどで到着。心配していた渋滞にもほとんどはまることなく、山梨県は想像していたよりもずっと近かった。
 山梨は田舎だと昨日みんなが言っていたから、一体どんなところなのかと思っていたけれど、建物も人影もそれなりにあって、それほど田舎だとは思わなかった。盆地で山に囲まれているせいか、景色が凝縮されているように感じた。空と山と畑と建物と人々が、それぞれ単独で在るのではなく、ぎゅっとパック詰めされている感じ。

 お義母さんの実家、夫にとっての「おばあちゃんち」では、おばあさんが朗らかに出迎えてくれた。おばあさんは横浜と山梨を行ったりきたりしながら生活しているので、これまで何度かお会いしたことはあったのだが、それでも初の自宅訪問はやはり緊張する。居間には、自分の祖父母が使っているのとよく似た昔ながらの角ばった箪笥やテーブルが置かれていて、キッチンではなく炊事場と呼ぶに相応しい台所が、居間のすぐ隣に続いていた。テレビ、扇風機、戸棚・・・自分の幼い頃に使っていた形の家具や電化製品が、今も現役でつかわれていて、だからだろうか、初めてなのに懐かしく心地よく感じた。こんなにも古くなるまでよくよく使い込まれている物たちを、久々に見た気がする。
 居間の仏壇には夫がほんの幼いころに亡くなったというおじいさんの遺影が飾られていて、その写真のおじいさんの眉毛が、夫の眉毛の形とそっくりだったから、それだけでにやけてしまうほどの親近感が沸いて、へなへなっとすっかり安心してしまって、そのまま座り込み、自然な心で手を合わせた。仏壇には茄子でつくった牛がお供えされていて、お線香の香りに包まれながら、思いがけなく体験できた山梨のお盆を、しみじみ味わった。霊魂が、きゅうりのお馬で急いでやってきて、茄子のお牛でゆっくり帰っていく。魂を信じていたい私にとってそれは、泣けてくるほど優しい発想だ。
 夫が別の部屋も案内してくれて、そこにはおばあさんの作ったきり絵や習字や手芸小物や焼き物などが、たくさん飾ってあった。中には、おじいさんの生前に描かれた絵などもあって、あぁなるほど夫の物作り好きは、遺伝だったのだな・・・と、ひそかに確信した。自分の作ったものが大好きで、好きすぎるあまり自分の作ったものにしか興味がなくなり、他人のつくったものは基本的に飾らないところも、どうやらここからきているっぽい。自分流儀大好き遺伝子と名づけよう。夫はそんな自分が愛しくて楽しくてしかたないと言っているので、いつか生まれるであろうわが子にも、遺伝すればいいと思う。私のように、自分を好きだけどおなじくらい嫌いなんだとか七面倒くさいことをぼやぼや言う子になられちゃうと、子育てもやりにくかろう。
 部屋を一通りみたあとはベランダにもつれていってくれて、「子供の頃よくここで花火をした」と教えてくれた。幼少時代のことをあまり覚えていないという彼が、こんなふうに具体的なエピソードを語るのは珍しい。彼の代わりにこれまでずっと、ベランダが覚えていてくれたのか。幼かった彼が、少女だったお姉さんと一緒に花火を手に持ち、きゃっきゃとはしゃぐ姿が目に浮かんできて、それが自分自身の幼少時代の思い出と鮮やかに重なった。妻になってよかったなと思うのは、こういうときかもしれない。恋人関係では知ることのできないことが、こんなにたくさんあったんだなぁ。

 おばあさんのおうちでひとしきりのんびりしてから、再び車に乗って、おじいさんのお墓参りへ出かけた。ジリジリと焦げ付くような炎天下、ジワジワ蝉の鳴くなかで、熱いお墓にひしゃくでお水をかけて、お線香をあげて、手を合わせて。これぞお盆の墓参り。まさか自分が、山梨にきてお墓に手を合わせる日がくるなんて、思わなかった。手を合わせて「はじめまして」と心のなかでご挨拶していたら、おばあさんがお墓を綺麗にしながら、「早くに死んでしまってもったいなかったね、生きていたら孫のお嫁さんを見られたのにね」と、穏やかに語りかけるので、思わずお墓に向かってはにかみながら、今日ここへきてよかったなぁと思った。おじいさん、あなたによく似た眉毛のお孫さんの、わたくしお嫁さんになりました。
 普段、私は毎日のように、死について考え、考えては怖くなる。それなのに、なぜだろう。お墓の前で手を合わせていると、安らかな気持ちになって、死を恐れる心が静まっていく。死そのものの場所なのに、不思議。

 お墓参りが終わったら再びおうちへ戻って、しばらくみんなで巨峰(山梨の果物ってすごく美味しい!桃もスモモもおいしかった!)を頂きながらオリンピックを見たりしてのんびり過ごし、夕ご飯もご馳走になって、8時ちょうどのあずさ2号ではなかったけどもそれに近い時間の特急あずさで東京へ戻った。特急だと、たった1時間半で新宿まで着く。近い! 嗚呼、島根も山梨ぐらい近ければいいのに。七月に帰ったばかりだが、よその実家で心地よくなったら、自分の実家にも帰りたくなった。ああ、夏休みが欲しい。実家のリビングで、ごろごろするなと叱られながら、妹がテレビゲームするのなど眺めつつ、勇者のレベルがあがるたびに拍手を送りつつ、気が済むまでごろごろしたいなぁ。日が暮れたら犬の散歩にでかけて、それからまたごろごろして。ああ、ごろごろしたい!得体の知れない新世界が見えてしまうぐらいまで一日中、ごろごろしまくりたい!

 今回の二日間、みんな優しくしてくれて、それゆえに自分の至らなさとか無駄な緊張が申し訳なくて、陰で夫に八つ当たりしたりなんかもして、くたびれたけど、楽しかった。お正月には、きっと私の実家へ帰るだろう。今回は夫のホーム試合だったが、今度は夫のアウェー。うちの家族は夫の家族のように落ち着いていなくて、なんやらかんやら気にしたり忘れたり慌てたりぼんやりしたりを想い想いの速度で繰り返す空回り一家なので、彼はさぞかしくたびれることだろう。しかし一年に一度か二度のことなのだから、がんばってもらわねば。
 アウェーといえば今週末は、夫の大学時代のサークル仲間が、結婚を祝した飲み会をしてくれることになっていて、私も参加するかもしれない。私はこれまで彼のサークル仲間とは距離を置いてきたのだが、夫婦になったのを機にお近づきになるのも、悪くないかなぁと思ったりして。これから二人で生きていくのだから、共通の知り合いはひとりでも多いほうが、何かと心強いだろうし。どうしようかなぁ。きょどってしまうだろうしなぁ・・・。
 とにかく、なにがなんだか、オリンピックと歩幅を合わせながら、今年の夏はめくるめく日々。今年がんばった選手のことは、すごく記憶に残りそう。「いろんなことが一気に起こってわけわからんくなる」と夫に言ったら、「別になにも起こってないじゃん、ただこなしていってるだけじゃん」と返され、ムッとしつつ、私はこなすことの多い日々が苦手なんだなぁと気付いた。思い描くのは好きだけど、思い描いた以上のことをこなそうとすると、あっという間にくたくたになる。
by papiko-gokko | 2008-08-14 15:47 | Diary