日記と短歌
by papiko
繰り返すことで魔法が解けたから君の自慢のバイクも嫌い
 秋に気付いて色をかえた葉っぱが、ふゆらふゆらと落下する。まるで、落下することなどはじめから承知で、自分の本来の居場所は地面なのですとでも言うように、澄ました顔で風に絡まり、音もたてずに着地する。私には悲惨なことなど何もないのですと、空を仰いで乾いた葉っぱ。ひとたび雨がふって地面がどろびしゃになってしまえば、隠し通したその運命の悲惨さは、暴かれてしまうのに。

 ふゆらふゆら。11月になったと気付いて、ほどけるように、私の魔法もとけてしまった。引越し、新しい生活に新しい街、新しい自転車に定期、秋晴れ。そういった新しい景色が私の心にたっぷりかけてくれた魔法は、私の心をすっかり舞い上がらせて、そして土曜日の台風を境に、ふっとその魔力を緩めた。舞い上がりすぎて無重力状態破裂寸前の私は、ふいに薄れてゆく魔力に、がっかりしながら安心もして、ゆっくりゆっくりしぼみながら、なんでもない風に絡まって、地面に落ちた。そういえば、私は空を飛べなかったんだし、そういえば、仕事ではあいかわらず失敗をするし、そういえば、私の肌は荒れているんだ。地面に落ちて、改めて魔法の素晴らしさを思い返し、ちょっと泣きたくなってくる。けれど、今泣いたりして、素晴らしかった魔法の代償としての何かが暴かれてしまったりしたら怖いから、泣かない。そういえば、私はまだこの家で、泣いていない。
 魔法がとけて、私は新しさの夢からさめたけれど、何もなくなったわけじゃない。新居も自転車も街も、ちゃんとある。私は欲しかったものを、ちゃんと手に入れている。ただ、それが目新しいものから、無事に日常の風景となったというだけで。さあ、どんなふうに、この日常を彩ろう。まだ完全には消えていない魔法の気配を、どこへ寄せ集めて閉じ込めよう。絵を飾ろうか、観葉植物を育ててみようか、亀を飼うんじゃなかったっけ、恋人が集めているボタンを、床にばらまいてみようか。そのボタンを片付けるとき、魔法が完全に消えそうだから、やめとこう。

***

 仕事がとても忙しい。取引先企業のトラブルにちょっと(というか思い切り)巻き込まれていて、あれこれやることが増えている。あぁ、肩が凝った。目の疲れに利く目薬を買おう。忙しいことそのものより、会社全体が忙しいことによって、社員それぞれの本質が見えてくることに疲れる。疲労して苛立っている人間というのは、醜いもんだなぁ。
 仕事帰りの駅、いつもの電車がふたつのヘッドライトを光らせ緩やかなカーブを描きながら、ホームに向かって走ってきた。それをぼんやり眺めながら、あぁあのヘッドライトが、お母さんの車のヘッドライトだったらいいのになぁ・・・と、思った。私の前にすべりこんでくるのが、電車ではなく母の迎えの車だったら、私はそれに乗り込むやいなや、今日一日の出来事を、しゃべりだすだろう。助手席のシートにぐでんと深くもたれて、シートベルトをしめたり自分の聴きたいCDをセットしたりしながら、自分がいかに今日一日をがんばって、上司がいかに嫌な感じで、いかに先輩が素晴らしくて、どれだけ自分の要領の悪さにうんざりしたか、そんなことを、笑いや怒りをごちゃまぜにしながら、時にはメラメラと時にはグダグダとひたすらしゃべって聞かせ、家に帰るまでには、一日をすっかり伝えきっているだろう。母は私と同じで気分屋だから、気分のよい日には笑って相槌を打ってくれるし、不機嫌の日は、私と一緒になって上司に苛立ったり、自分を卑下する私を割と残酷な言葉でもって叱りつけたりするだろう。
 車がなければどこへもいけない地元では、そんな風にしてしょっちゅう送り迎えをしてもらっていた。思い出しているうち、頭の中に、車のエンジン音やガソリンの匂いや、自分の制服と座席のこすれあう感じまでもが、リアルに漂ってくる。けれど、実際に目の前へすべりこんできたのは電車で、ホームに立っている私の手には3パック1000円のお肉とサバとブロッコリーが入った買い物袋がぶらさがっていて、私はちゃんとひとりで電車に乗って、自転車をこいで、家に帰って冷蔵庫にそれらを入れることのできる、大人だ。話を聞いてもらわなくても、ちゃんと消化できるはずの大人だ。電車のヘッドライトに照らされた線路が黄金色に輝いて、東京はきれい、と、また思ってしまう。母に送り迎えしてもらえないほど遠いところでの生活を、選んだのは私。また、機嫌のよさそうな日を予測して、電話でもしよう。不機嫌だとどうしようもない感じになるので、お互いに。
by papiko-gokko | 2007-11-01 20:24 | Diary | Comments(0)
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