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日記と短歌


by papiko

ひかえめな乾杯ぼくの大胆な計画執行シグナルが鳴る


ついにもうすぐ、本格的な夏がくる。心のどこかで待ち遠しくもあり、だけどやっぱり非常に恐怖。今はまだ、厚い雲が青空をふてぶてしく覆ってくれているけれど、今にも観念して、一発派手に泣いてからカッと切り裂け晴れそうだ。梅雨明け直前の曇り空は、泣きやんでも不機嫌なままの子どもみたいに、ぶくぶくふてくされている。でていけでていけとみんなに思われて、そりゃあ、ふてくされたくもなるだろう。実際私も、洗濯ものが乾かなくて、困っているのだ。
 会社からの帰り道、曇り空をぼーっと見上げつつ、GARNET CROWの「夢みたあとで(youtube)」を聴いていたら、今の景色とテンションにしっくりきた。今まで私のなかで、GARNET CROWは秋や冬のイメージだったけれど、今にも夏がきそうな梅雨は、それらの季節よりもずっと似合う。夏になるまで、しばらくGARNET CROWを聴いていよう。

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 せっかくの東京生活だから、いつか、劇場のある町に住みたい。ふらっといつでも劇を見に行けるような町に住めたら、素敵だなぁと常々思う。映画は別に映画館で見たいと思わないのだが、演劇に関しては絶対劇場で見たいのだ。劇は、始まりから終わりまで、しびれるポイントが無数にある。例えば、席に着き閉まっている幕の向こう側へのくすぐったい期待感、5分前のブザーで急激に高鳴る胸、舞台が開く瞬間の息を呑む感じ、目の前で繰り広げられる別世界に投げ込まれる魂、そして見終わった後うっとり残る役者への憧れ、ふたたび閉じた幕に対して抱く懐かしさ。魂の休まる暇がない。台本、衣装、照明、音楽、舞台装置・・・月並みだけど、本当に、舞台には芸術がつまっている。色とりどりの才能がうずまいて完成する世界。
 前にも一度界書いたのだけど、子どものころから私が演劇で最も惹かれるのは、舞台特有の足音。役者が舞台を動き回るたび響くあの足音が、とにかく大好きなのだ。役者が走れば、ダダダンっと派手に響き、忍び足で歩けば、しゅっしゅっとこすれ、くじれ落ちれば、ドロロンと、とどろく。舞台袖へ引っ込めば足音も遠のき、客席側に走りよってくれば、足音もそのぶんだけドドドっと近づく。どんな種類の劇でも、響き渡る足音だけは現実的で、劇の設定と一致していなくて、その現実的な感じが、この物語は今まさにここで起こっているのだ!という興奮を、私に起こさせる。あの足音だけは、映画では味わえない。自分が演劇をやっていたときも、自分やみんなの足音の響くのにうっとりしていた。
 あぁ、書いていたら、今すぐにでも舞台をみたくなった。みたいみたいと思いながら、ちっとも見ていないものなぁ。絵画はなんだか敷居が高いし、音楽もなかなか好みを広げるのに苦労するし、うん、演劇をみにいこう。

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 あぁ、私って、順序よく話すのヘタなんだなぁと、つくづく思う一日だった。会話で人に何かを伝えきろうとすることは、なんて骨の折れる作業なのだろう。いつのころからか、会話で人に物事を伝えようとして悲しい思いや悔しい思いをすることが増えてきて、ヘタにしゃべらないほうが自分にとっても他人にとってもいいんだと思うようになり、親や親友以外の人間に対して本気でしゃべるということを随分さぼっていた。その結果、仕事で会話が必要となってきた今になって、ツケがまわってきているわけだ。自分は今まで誰に何をしゃべって生きてきたのだろうと不思議になるほど、ちょっとのことでスムーズにしゃべれなくなる。
 内部に取り入れた必要事項を、即座に声にして外部へ伝えることは、ダルマおとしみたいに難しい。頭の中で積み上げた必要事項を、順序よく素早く外へ押し出そうと、慎重に選びながらトントンと助詞で叩いて外へ外へ押し出していくのだけど、どこかでこてっと力加減や順序を間違えてしまうと、あっというまにバランスグラグラバラバラ、脳内で積み上げていた必要事項ダルマはあっけなく倒れ、外に転がり出てくる言葉はもう、コロコロカラカラ、しどろもどろ。最も伝えなければならなかったダルマの頭を、全然違うほうへぶっ飛ばしちゃっていたりする。ごめんなさい、いくつものダルマの頭。伝えられないからって蹴飛ばしてばかりいて、今更だけどごめんなさい。
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by papiko-gokko | 2007-07-19 23:11 | Diary | Comments(0)