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日記と短歌


by papiko

あの人が肩にかければ温泉名入りのタオルにさえも焦がれる


 今日は七夕。スーパーからの帰り道、ぶらぶら空を見上げながら歩いてみたけれど、当然ながら、天の川など全然見えなかった。子供のころに何度か天の川を見たことがあると恋人に言ったら、「あんなの肉眼で見えるわけないよ、幻だ、妄想だ」とヒャヒヒャヒ笑われた。これだから、都会っ子は困る。見えるのに。晴れていれば、ちゃんと見える。町内子供会の七夕祭りの帰り道、蚊にさされながら興奮気味に見上げたあの天の川は、幻などでは絶対になかった。絵本の天の川とちょっと違うなぁと思ったのまではっきり覚えているぐらい、あれは現実的な夏の星空だった。
 七夕といえば、恋に恋する年頃だったころ、恋のお願い事を書いた短冊を部屋の窓に飾ろうとして、それを屋根におっことしてしまったことを思い出す。手をのばして取れる位置ではなかったので、あぁもう願いもろとも風に飛ばされちゃうんんだどうせどうせと諦めていたのだが、幸か不幸かその短冊は風にとばされずそのままうちの庭に落ちたらしく、だれかがそれを拾って、私の自転車カゴのなかにこっそり入れてくれていた。拾ったのは十中八九、庭掃除をしていた祖母だと思う。名前は書いていなかったけれど、文字と内容で私であることを判断されたらしい。あれは恥ずかしかったなぁ・・・願い事が願い事なだけに、本当に恥ずかしかった・・・今考えても恥ずかしい。思い切り、好きな人の名前かいてたし。
 七夕だから、今年も願い事をしたい気分。なにをお願いしよう。願い事の短冊は、未来へ向けてしか、流れ届いていかないのだろうか。過去への願い事は、言葉にしたとたん、懐古だとか悔恨だとかそんな言葉に変えられて、暗闇に吸い込まれ消えていくだけなのだろうか。願い事、という言葉を聴くと、今は祖母のことが一番に浮かぶけれど、元気になりますようになんて、さすがにもう、祈れない。だから今年は、過去に向かってお願い事。おばあちゃんの一生が、幸せでしたように、なんだかんだで楽しいことがいっぱいありましたように、美味しいものを存分に食べて、綺麗なものをたくさん見ましたように。私たちのことを、無理なく心地よく愛していましたように。

 そうだ!今日は七夕なので、スピッツの「涙がキラリ☆」(歌詞)(youtube)を聴こう。この歌の言葉の美しさは、もう、神業だと思う。「君の記憶の片隅に居座ることを今決めたから、弱気なままの眼差しで夜が明けるまで見つめているよ」という一連の言葉が醸し出す心地よすぎるしゅるしゅるどきどき感とか、「俺が天使だったなら、ほんとはちょっと触りたい、南風やってこい」のときめきすぎるひそひそきゅんきゅん感とか・・・。どこかとても切迫していて、それでいて、ゆっくじっくり時間を味わっている感じ。これはもう、せつなさにきゅっとなる、どころじゃない!思い入れの強いスピッツソングのひとつです。
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by papiko-gokko | 2007-07-07 22:54 | Diary | Comments(0)