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日記と短歌


by papiko

バランスを崩してあげる随分と倒れ損ねて歩いてきたね


 葉桜なのに肌寒い。今年の変な気温変化には、桜も混乱しただろう。

 イライラが頂点に達すると、どうしてだかよく、台所に立っている。料理はしない。ただ、いずれなくなる柔らかい食材と、それらをなくすための硬い調理用具を眺めたり捨てたり洗ったりしていると、苛立ちの根本が台所中に散乱して、冷たい床に冷やされて、だんだん気持ちが淡々としてくるのだ。ものすごく腹の立っている場合は、洗い物をする。ガシャガシャおおげさに音をたて、泡をたて、手が見えないほど泡をたて、水を勢いよくほとばしらせて洗う。そうするうちにイライラが静まり、そのかわりに泣きたくなって、泣こうとしてみると案外泣けてこなくて、どうでもよくなる。どうでもいいやという結論が、今のところ私にとって一番の安全策。

 善悪について鈍感な人ほど、自分を善人と思い込んで生きているんだなぁ。ひさびさにコテコテの偽善者とふれあい、吐きそうになった。せめてあの人が、自分は偽善者なのかもしれない、と、疑う日がきますように。たとえ疑ったとしても最終的には、なんだかキレイな言葉の結論によって、自分の行為を肯定するに違いないけど。それでもせめて、疑いますように。何一つとして疑わず生きている人の纏う、独特の押し付けがましさと視野の狭さと自己顕示欲って、虫唾が走る。最近そういう人とはまったくかかわりがなく、素敵な人間関係のなかにいたので、まったく、衝撃的だった。あぁ、あの人のなかにあるあの人の自分像、破壊したい衝動。破壊したらどんなドロドロが現れるんだろう。

 私は貝になりたい、とは思わないが、今度生まれるのなら海底がいいなぁとは思ったりする。海底は世界の一番低いところで暗くて深いところだから、もはやどんな不安からも解放されている気がして。海底にほとりと沈んで、ほのかに発光する謎のニョロニョロで降ってくる微生物を食べるともなく食べ、たまに気まぐれで謎の液体を放出して、知らず知らずのうちに子孫を増やしたりしていたい。それでいて意識はきちんと鮮明にあり、日がな一日、海底の感触と遥か彼方の水面について思いながら暮らしたい。
 海底の生き物のテレビを見ながら、恋人にそんなことをいったら、「君は究極のマイナス思考だね」と言われた。彼は私とはまったく逆で、「世界の一番高いところからすべてを見下ろたい」のだそうだ。究極のプラス思考。

 最近思春期を描いた作品にとても興味があり、魚住直子さんの本なんかも読んでいたりして、だから、今日のドラマ「わたしたちの教科書」が、おもしろかった。現代の負をかき集めたような内容に、最初はうわぁきつい!と思ったけれど、最後まで見てしまった。思春期をリアルに描いた作品は、大人になっていくなかで、無難に生きていくために奥へ沈めて風化させようとしている感情を、ぐわりとえぐり出してくれる。第二回以降も、おもしろいようなら見たいけど、どうだろうなぁ。
by papiko-gokko | 2007-04-12 23:06 | Diary