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日記と短歌


by papiko

思い出す代わりに私の大好きなその笑い声また聞かせてね


 私と子どもたちと、それから私の両親とともに、比較的近隣に住む母方の祖父母のところへ行きました。祖母は認知症が進んでいて施設にいるので、最初に祖父と会い、一緒にファミレスで昼食を食べてから、祖母の施設を訪問しました。祖父も少し認知症が始まっているそうなのですが、まだ普通に会話もできるし、動きがスローになったことと声が小さくなったこと以外、昔とほとんど変わりません。私がどの孫かを思い出すまでに少し時間がかかったり、私が結婚していることを忘れていたり、そんな感じでたまにちょっと驚くこともあったけれど、思っていたほどの寂しさは感じませんでした。
 基本的に人見知りをしない長女は、祖父の前でも元気いっぱいで、歌をうたったり、覚えたばかりの足し算を披露したりして、祖父はそのたび、子どもの頃私がはしゃいだときにしたのと同じ、ふかふかした笑い声をたて、長女の心を盛り上げました。次女はじっと祖父を見つめて固まっていましたが、人見知り全開で大泣きした前回のようなことはなく、そのうちに慣れて、普段通りのワガママな次女になって、次女のワガママっぷりにもやはり、祖父はふかふか笑いました。
 祖母の施設に行く前に、少しだけ港に寄って、魚釣りをしている人のそばを散歩しました。人懐っこい祖父は、同い年ぐらいのおじいさんに、「釣れますかな」と話しかけて、それからもしばらく世間話で盛り上がっていました。祖父と一緒に、食べ物屋さん以外の場所へ行ったのは、とても久しぶりで、懐かしい感じがしました。子どもの頃は、祖父母の家へ遊びにいくたび、いろいろなところを連れて行ってくれて、おもちゃを買ってくれて、写真をたくさん撮ってくれて、だから祖父母の家に行くのが大好きでした。今でも、祖父母の住居につながっている階段を見ると、これから起こるであろう楽しいことへの期待で胸を膨らませながらその階段をだだだだっと駆け上ったときの気持ちが蘇ってきて、無条件にワクワクします。

 祖母の施設は和やかな雰囲気の場所でしたが、それでもやはり、ふだんの暮らしとはまったく違う空気が漂っていて、緊張しました。子どもたちはたぶん、私以上にそれを敏感に感じ取って、緊張していたようです。祖母はちょうどお昼寝中だったけれど、職員の方に起こしてもらい、私たちを見ると「あらいらっしゃい」と言いました。もうずっと前から、私のことは分からなくなっていて、母や父のことも分かっているのかいないのか微妙なところですが、寝起きにもかかわらず、ご機嫌で迎え入れてくれました。
 職員さんが祖母をベッドから車椅子に移してくれようとするとき、祖母は急に「いたーい!」とか「いやあー!」と子どもみたいな大声で言ったので、子どもに返るって本当なんだなあと、これには少し驚きました。しかし、かと思えば、祖父を見て「おとうさん(祖父のこと。昔からそう呼ぶ)、これえ」と、祖父のひげが伸びているのを気にして眉をしかめたり、子どもたちを指さして「おとうさん、うちに、このこら一緒に連れていったらええが」と、昔の口調そのままに提案したりなど、急に大人の顔に戻ったりもして、不思議でした。どうやら、祖父に対して話すときは、すっと大人の妻になるようです。私や子どもたちが誰なのかを認識していなくても、子どもたちを見て「かわええなあ、かわええ子じゃなあ」としきりに可愛がってくれて、長女のほっぺたを触ったり、次女のいたずらを見て声を立てて笑ったりしました。
 子どもたちは、ふだんお年寄りと関わることが少ないので、さすがの長女もここでは萎縮して、ずっと黙っていましたが、決して暗い表情ではなく、緊張気味ながらもずっと微笑して祖母のそばにいて、そんな長女を頼もしく思いました。次女は、前回玄関で大泣きして入れなかったのだけれど、今回は私にしがみついてなんとか入り、泣かずに対面して、最後は握手もできました。
 認知症になって私を忘れてしまった祖母と初めて対面したときは、自分の一部が削れたように悲しくて寂しくて涙がにじんだけれど、今はもう、悲しくありません。初めて会ったような顔で私を見る祖母に「孫の○○だよ、これはひ孫の○○と○○だよ、こんにちは」といいながら、祖母のぶんまで、自分自身が何かを再認識しているような、新鮮な気持ちになれます。悲しいことのはずなのに、もうちっとも悲しくないのは、祖母が少しも悲しそうではないからかもしれません。以前よりずっと小さくなった体で、母に髪の毛を撫でられながら、子どものようなつぶらな瞳でみんなを見つめ、祖父に対してだけは、キリッと急に妻の顔になる、そんな祖母は、決して、不幸に見えませんでした。大人になったり可愛らしい子どもになったりする祖母を見ていて、ちょうど先日読んだ『魔女の宅急便その2』に出てきた、トンボのこんな言葉を思い出しました。
「たぶん、あのおばあちゃん、自分の時間をもってるんだよ、自分だけの・・・・・・。ぼく、いくつもつくってみてさ、みんなそれぞれ、自分の時間をもってるんだって思ったんだ。いもはいもの時間、ありはありの時間。人は、かってに自分の時間でいろんなこと考えるから、へんに思ったりするんだよ」
 今の祖母もまさに、そんな感じです。祖母の内側にある、祖母にしか分からない時間のなかを生きていて、それはおそらく、とても穏やかな世界なのだろうということが、祖母の表情から分かりました。私たちは日々、進んでいく一方の時間軸をなぞって生きているけれど、祖母は、そんな外側の時間軸とは無関係な、祖母の内側だけにある、水晶玉のようにまんまるいかたちをした、人生の欠片が集まってできた時間の結晶のなかを、ぐるりふわふわぐるりふわふわ漂いながら生きているのではないかと思います。私たちは今日、そんな祖母のまるい時間に、ほんの少し触れることができたのかな。帰り際、次女と一緒に祖母と握手をしたとき、祖母の手は赤ちゃんみたいに柔らかく温かくて、驚いたのと同時に、ほんわか優しい気持ちになりました。
 きっともう、今日私たちに会ったことを祖母は忘れているし、祖父もはっきりとは覚えていないのかもしれません。だけど、それを寂しいことだとは、少しも思いません。会っていたそのときには、祖父も祖母も笑っていて、その笑い声は、昔と変わらなかったし、忘れられてしまっても、私や子どもたちの中に、祖父母の血が流れていることに変わりはないのだと思えば、寂しくなどありません。それに、たとえいろいろなことを忘れてしまっていても、この世であたたかい手をして生きてくれている、今日それを感じられただけで、自分の命があたたまるのを感じました。行く前は、正直ちょっと億劫だったのだけれど、会いに行けてよかったです。
 

by papiko-gokko | 2017-06-25 21:06 | Diary