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日記と短歌


by papiko

おかあさんがいないとひとりぼっちだと言わせてしまう音のない部屋


 朝から温度の低い雨が、しとしと降り続いています。普段は昼過ぎに出勤する夫が、今日は出張で早朝から出かけていて、雨音のなか、娘と二人、静かに静かに過ごしました。そうでなくとも人の往来の少ない静かな住宅地なので、雨が降るともう本当に雨音以外なにも聞こえなくなり、しとしとしとしと、私と娘の声だけ響いて、何をしていても、心許なさの漂う一日でした。
 そんなふうに感じていたのは、私ではなかったようで、お昼ご飯を作っていると、娘がふいに近づいてきて、「○○(娘)には、おかあしゃんがひつようだねえ。おかあしゃんがいないと、○○(娘)は、ひとりぼっちだね」と、それだけしんみりつぶやいて、またリビングに戻っていきました。きっとその瞬間に思ったことを口にしただけで、それほど深い意味を持って発現したわけではないのだろうけれど、ひつよう、とか、ひとりぼっち、とか、秋の寂しさが凝縮されているようなその言葉にぎょっとして、何かを言い当てられたような心地悪さも感じ、こんなことを2歳児に言わせてしまって、これって母親としてどうなのだろうかと、かなりうろたえました。
 娘のことは、私だけでなく、父親である夫はもちろんのこと、私たちの親も祖父母も、私の妹も夫のお姉さんも、みんなしっかり愛してくれています。そういう人たちとは、それなりに触れ合っているつもりだし、10月には東京の友だちが遊びにくることにもなっていて、娘はまったくちっとも孤独な境遇なんかじゃないはずなのだけれど、なにしろみんな遠くに住んでいて、会いたいと思ったときにひょいと会いにいけるわけではないので、そういう物理的な距離が寂しさを生み出してしまうのは、仕方のないことなのかもしれません。そんな娘にとって、半年後に下のきょうだいができるのは、すごくいいことなのだろうと、そう思うことで、今回の発言を、前向きに捉えようとしています。それにそのうち、お母さんがそばにいなくたってぜんぜん平気!と娘が思うようになる時期が、嫌でもくるのだろうし、あまりマイナスに深刻に捉えないことにします。
 急に気温が下がったせいか、今日の娘は朝から寝る前までずっと下痢気味で、お昼も夜もおかゆを食べさせました。お腹が痛むわけではないようで、平気な顔をしていますが、大好きな牛乳を禁止されて、ぽろぽろ泣いて、可哀想でした。ひつようとかひとりぼっちとか、そんな心細い発言をしたのは、体調が万全でなかったことも関係しているのかなと思います。
 夜ご飯のときも雨はやっぱりしとしとと降り続いていて、夕食のとき夫がいないのはいつものことなのに、今日はそれもやけに静かで寂しく感じられ、テレビつけちゃおうかな・・・と思っていたら、そう思ったのとほぼ同時に、娘が「おかあしゃん、てれび、みてみて?」と言ったのには驚きました。普段は、食事のときにテレビをつけていると娘がテレビばかり見て食べなくなるのでつけないことに決めていて、夫がたまにつけると「ごはんのときは、てれびつけちゃ、いけましぇんよ」とすぐさま娘が注意をするくらいなのに、その娘がみずからテレビをつけてと言うなんて、今日はよっぽど、耐えがたい静けさだったのでしょう。急速に終わりゆく夏と秋の訪れは、2歳児の心を大きく揺さぶり、娘と二人で感じる寂しさは、一人で感じる寂しさよりも、迫力があります。
by papiko-gokko | 2013-09-03 23:33 | Diary