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日記と短歌


by papiko

あまおとがぺしょぺしょぺしょぺしょいっている


 週末の大雨で、季節が夏から秋へと一気に動きました。日中はまだ暑くて、蝉も鳴いているけれど、朝晩は過ごしやすい気温になり、聞こえてくる虫の鳴き声も、秋のそれに変わりました。今日の空は、もくもく入道雲と、さらさら鱗雲とが混じり合っていて、外を歩くと、日差しは相変わらずじりじりと容赦なくても、風はこれまでとはどこか違って軽やかで、いままさに秋と夏の境目にあるのだなぁということがよく分かりました。
 「あまおとが ぺしょぺしょぺしょぺしょ いっている」
 これは先日、急に降り出した雨を窓から見ているとき、娘が人生で初めて詠んだ句です。もちろん本人にその認識はないのですが、勝手にこちらが俳句だと感じたので、記録しておきます。「雨音」と「言っている」が、言葉の重複になるかもしれませんが、娘にとって雨音は、雨の音ではなく、あまおと、という、生き物なのかもしれません。初短歌のほうは、すでに2月25日に詠んでいる(と私が勝手に思っている)ので、それ以来、ひさびさの作品になりました。
 私も最近、ちゃんと短歌を詠めていないから、がんばらなくてはと思います。娘のように、意識せずに5・7・5のリズムで言葉を紡ぎ出すことができればいいのだけれど、難しいなぁ。最近、心の余裕、もっと言えば、心の豊かさみたいなものが、私のなかから、砂時計の砂のように、さらさらと無抵抗に減ってきているような気がして、悲しくなります。いま、自分は何をしたいのか、何を感じたいのか、何を得たいのか、そのためにすべきことはなんなのか、そういった抽象的なことに思いをはせるより、目の前にある具体的でせせこましい悩みのほうに、だらだらせかせか思考を持っていかれています。好きなものより、嫌いなもののパワーに、感情をひきずられているような、とても嫌な、窮屈な感じから、抜け出せずにいます。その閉塞感を、すべてこの土地のせいにして、ああ早くここを出て新しい土地へ移りたい、見飽きていない景色が見たいと、そこで思考が停止します。
 わが子が日々すこやかに暮らしていれば、私にとって、それ以上の幸せはなく、娘の可愛さが私にくれる喜びは絶大で、娘の存在は、私を毎日とても嬉しく楽しくしてくれて、それなのに、なぜ心の豊かさを失っているように感じるのか、一体、なにが不満なのか、分かりません。自分で自分を、おこがましいと感じます。欲深いと感じます。前向きに生きない理由が見当たらないじゃないか。だけど、前向きになるきっかけも、なかなかうまく、見つけられない。なにしろ今回の妊娠は、身体がだるくて重たくて。そうか、身体が楽になれば、気持ちも前向きになるのかもしれない。なんだ、単純。恥ずかしい。
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by papiko-gokko | 2013-08-27 00:20 | Diary | Comments(0)