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もくもく日記、こつこつ短歌
by papiko-gokko | |||||
![]() ハイハイが出来るようになる直前に、『いないいないばぁ!』を見せていて、体操のコーナーで1歳くらいの赤ちゃんたちがハイハイするシーンをじっと食い入るように見ていたので、もしかしたら、その動きを見て習得したのかもしれません。だとしたら、ありがとう、センパイ赤ちゃん。毎日毎日、動きたい一心でぺったんずりずりハイハイの練習をがんばっていた娘の手のひらと足の指は今、皮がむけています。努力が報われて、よかったね。ハイハイバンザイ! ハイハイをマスターした娘は、何度か私のところまで来たあと、夫の辞書が三冊積み上げてあるパソコンデスクの棚に向い、しばらく辞書の背表紙を撫でまわしてから、またぺたんこぺたんこ移動して、今度はカーテンを触りに行きました。動けるようになったらまず触りたかったものは、辞書の背表紙とカーテンだったのか。なんて文学的。 文学的といえば、昨日の夜、娘が寝てから久しぶりに太宰治をじっくり読み、泡立てた生クリームに指を這わせているような、たまらなく気持ちいい文体と言葉選びに惚れ惚れしました。素敵です。大好きです。ふらっと恋しそうになります。死の匂いが強い作家だから、出産したら読めなくなるのではないかとも思っていましたが、そんなことはまったくなく、むしろ人の子であり親でもある太宰治という人物を、新しい気持ちで味わうことができました。娘を産んで私の世界は変わったけれど、好きな文章と音楽は、変わらないなぁ。本当に大好きだから、テレビなどで暗さを表す記号として安易に太宰治の名前を使われると、むっとします。好きなものに対しては、心が狭くなるのです。 私が太宰治に浸っていたら、夫が「じゃあおれも」とニヤニヤやってきて、彼の好きな文豪のひとりである武者小路実篤の詩集を読みはじめ、お互いが読んでいて気に入った箇所を気まぐれに声に出して読んでは、太宰治と武者小路実篤の真逆っぷりを面白がりました。そして、太宰治が「十五年間」の中で批判していたサロン芸術と、現代のSNSやツイッターといったネット社会との類似性や、無頼派と白樺派について、学生みたいに語り合いました。 実際に学生だったころは、私も夫も文芸学科生だったので、当然のことながら周りが熱く文学を語る人たちだらけで、いじけ虫の私とひねくれ者の夫は文学を語るということから距離を置きたくなり、文学じゃないことばかり話していました。しかし卒業して数年たった今はもう、お互いに抵抗なく(とはいえ若干の自嘲と気恥ずかしさを含みつつ)文学を語れるようになりました。まるで大した内容ではないけれど、自分の好きな作家の本を手に文学の話をしていると、ふたりの原点に戻れる気がして、楽しくなります。 by papiko-gokko | 2011-09-10 22:22 | Diary
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