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日記と短歌


by papiko

途切れない想いと生まれたての決意五月の風に絡めて贈る


 夫のいない休日。午前中は家じゅうの窓を網戸にして、部屋の掃除をがんばりました。すべての部屋に掃除機をかけ終えて、寝室で掃除機をカチリととめたら、日を浴びた土と緑の香りを絡ませた5月の風が、レースのカーテンをふくらませながら、さぁっと部屋と私を撫でて、魔法にかかったようにとろんと気持ちよくなり、思わず掃除機を手放して、ベッドにばたんと倒れ込みました。あおむけに寝そべったまま窓の外を見やると、ちょうど窓のすぐそばに植わっている木の葉っぱが、シャタシャタかすかな音を立てて擦れ合い、そのたび葉と葉の間から覗く小さな青空の形が変わりました。正午近くの陽射しと風を受けて輝く葉っぱを眺めているうちに、自分が寝そべっているのはベッドではなく、日なたの原っぱのような気持ちがしてきて、洗濯機が完了の電子音を鳴らすまで、しばらくそうしていました。リビングで洗濯を干していたら、テーブルに置いてあった数枚のコピー用紙がはらりと、机から光を浴びてスローモーションで滑り落ち、なんだかその一瞬が映画のワンシーンのように詩的で、そのあと窓を閉めるまで、落ちたままにしておきました。5月の風はいいなぁ。物語をつれてくる。

 午後は、3本借りた映画のうち最後の1本、『レナードの朝』を観ました。ハッピーエンドとは程遠い、とても重たい映画でした。見終わってから、実話に基づく映画だということをネットで知り、ますます気持ちが沈みました。
 嗜眠性脳炎の後遺症で体も表情も感情も意志も動かず、映画にでてきた言葉を借りていうと「人間の抜け殻」状態で長い年月を過ごしたレナードをはじめとする患者20人に、ドクター・セイヤーがパーキンソン氏病に使う薬を投与することによって、彼らの意識や体の機能を再び目覚めさせることに成功するものの、最終的にはその薬に対する耐性ができてしまい、すべての患者がまた元の状態に戻ってしまうという物語。この映画の内容は、私には、受け止めきれませんでした。『ショーシャンクの空に』も重たかったけれど、自分の生活とはかけ離れた世界だったから、それほど追い詰められずに見ることができました。しかしこの映画は私に、もう何年も植物状態で生きている祖母の姿を思い出させ、辛くて仕方ありませんでした。
 昨日ちょうど、久々に祖母の夢をみたのです。それは誰かの誕生日かなにかを祝う日の、家族全員の集う食事風景で、誰もがいつもの場所に座り、あたりまえに祖母もいて、母とふたりで忙しく配膳をしていました。目の前には祖母のよく作ってくれた五目御飯とすまし汁があって、おすましには、以前私が好きだと言って以来必ず入れてくれた鞠の形のハンペンが入っていました。夢の私は「なんだ祖母はそういえば元気になったんだっけ」とのんきに思う一方で、「この人と意志の疎通が取れるうちに、このおすましや混ぜご飯が美味しいこと、しっかり伝えとかないと」と思い詰めながら、その懐かしい味を味わいました。目が覚めた直後は、夢の中で感じた香りも味もまだ鮮明に残っていて、本当に食べることができたような気持ちでした。
 こういった祖母の夢をみたあとはいつも、たった一日でいいから本当に意識が戻ってくれれば、たくさんの感謝と愛情を伝えられるなぁと、寝起きの頭で思います。だけど、この映画を観てしまった今、もうそんなふうには、思えそうにありません。本当にほんの一時、奇跡が起こったとして、それが本当に幸せなことなのかどうか、わからなくなりました。祖母がいま目を覚ましてたとしても、そこには意識を失うまえともう随分かわった世界があって、祖母のいないことが当たり前になった生活を送る人たちがいて、年を重ねた自分自身と祖父がいて、それでも、映画のレナードのように、生きる幸せを、改めて実感できるのかどうか。
 今の私には、受け止めきれない映画だったけれど、ロビン・ウイリアムズの演技がとても素敵で、この人のでている映画を、もっと見たいと思いました。ちなみにこれまで見た映画のなかでは、『フック』と『ジュマンジ』が大好きです。つまりやっぱり私は、そういう映画のほうが好きなのだと思います。今度借りるときには、フックやジュマンジのような、スリリングでファンタジックなのを借りよう。
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by papiko-gokko | 2010-05-17 00:00 | Diary | Comments(0)