もくもく日記、こつこつ短歌
by papiko-gokko
気がかりなパーセンテージ示されてだけど明日もたぶん平和だ
 娘に背中を蹴られ、しぶしぶ布団から這い出して始まる一日。ストーブをつけて、逃げ回る娘をのろのろ追いかけながら着替えさせ、パンとミルクとバナナの朝ごはんを食べさせ、娘のお残しを私が食べてから私も着替え、洗濯機を回して、外の空気があったまるまでしばらく家でもたもたしてから、10時半過ぎに、お散歩へ出かけました。娘が朝から元気いっぱいで、これはもう外を歩かせるしかないなと思ったので、今日はベビーカーなしで、近くの公園まで、初めてあんよで行くことにしました。
 公園までの距離は100メートルぐらいなのに、娘と手を繋いで娘の歩幅に合わせて歩くと、その100メートルが果てしなく遠いものに感じられ、途中で車が通ったのもあって、結局半分以上は抱っこで歩きました。そういえば自分が子どもの頃も、今なら犬の散歩であっという間に通り過ぎてしまうような距離にある公園に行くのも、遠くて長くて、ちょっとした冒険のように感じられていたのを思い出しました。子どもの歩幅では、玄関を一歩でればもう、すべての場所が遠くて長い、ちょっとした冒険の旅なのです。
 公園についてからも、娘はちょっと歩いては立ち止まり、じっと足元を見たり、「あっ」とか「おっ」とか言って何かを指さしたりして、なかなか進みませんでした。マンホールも、大きな石ころも、カラフルな遊具も、植木も立って見上げる空も、娘にとってはなにもかもが新鮮で、驚きで、面白くて恐くて、息をのむものばかりなのでした。繋いでいた手を離してやると、今にも転びそうな足取りでて、てとてと歩き、何度かしりもち付きながらも、泣いたりはせず、立たせてやるとまたすぐ歩きだして、歩いてみる外の世界を黙々と探索していました。
 バネでゆれる遊具に乗せたり、葉っぱを近くで見せたりして少し遊び、さぁ帰ろうかなと思っていたころに、ふた組の親子がやってきて、お母さんのひとりが「おはようございます」と、私に挨拶してくれました。公園で見ず知らずの方からそんなふうに柔らかな挨拶をしてもらえるなんて思わなかったので、はっとしすぎて、私の「おはようございます」はほとんど声になりませんでしたが、伝わるように、二回ぐらい勢いよくお辞儀をしました。
 ふた組とも子どもは2歳くらいの男の子で、おしゃべりしながら走り回っていて、無言でよたよたと歩く娘が、急にものすごく小さくか弱く見えました。家では暴れん坊将軍ですっかり力強くなったもんだと思っていたけれど、やっぱりまだまだ、小さいんだなぁ。男の子のひとりは遊具で、もう一人の子は砂場で遊び始め、娘はそのふたりに興味津々で、まず砂場の方へてってこてってこ近寄って行き、しばらく立ち止まってじーっと見つめてから、今度は滑り台のほうへ近寄っていきました。あまりに一生懸命近づこうとしたので、途中で足が絡まってぺたんと転んで、「おっとっと」と私が抱き起こしたら、挨拶をしてくださったほうのお母さんが、「かぁわいいっ」と、こちらに笑いかけてくださって、なんだかそれが、すごく嬉しくて、目をあわせて笑いました。挨拶をしてくださったときには、動揺していてわからなかったけれど、とても気さくで優しそうな方でした。
 テレビなどで見たイメージから、母親になったら公園でデビューとかママ友とか大変!という先入観をもっていたけれど、今日のお母さんたちは、一緒には来ても特にふたりで話し込むようなことはなく、常にそれぞれ自分の子どものそばにいて、子どものために来ているという感じで、実際は大抵のお母さんがそんなスタンスなのかもしれないなぁと、気が楽になりました。お母さんは、子どものためにいるものなのだから、考えてみればそれが当たり前なのに、私は世間に対して変に構えすぎていました。
 帰りは3分の1ぐらい手を繋いで歩きました。道にわずかに残っていたかちこちの雪も、生まれて初めて踏みました。まだ外を歩き慣れない娘は、赤い靴をはいた自分の足ばかり見ながら歩きます。ほんの100メートル先の公園だったけれど、娘の小さな歩幅では、随分な距離に感じられたことでしょう。
 運動したおかげか、お昼はじゃがいもとほうれん草のグラタンをしっかり残さず食べてくれて、この調子で昼寝もしっかりしてくれるだろうと思いきや、1時間足らずで起きてしまいました。起きてからは、お絵描きしたり、積み木をしたり、おままごとしたりして遊びました。お絵描きは、手先の力が強くなってきて、初めてえんぴつを握らせたころに比べると、かなり力強く線を描けるようになりました。おままごとでは、うさぎさんのパペットに娘が包丁を食べさせるので、「それは食べられないのよ」とうさぎさんの首を振ってみせたら、うさぎさんが力いっぱいはたき落されるという事件が起こりました。可愛らしいおままごとができるようになるのは、もう少し先のようです。
 夫が帰ってきてからは、「パパー」と、甘えていました。「かあさん」はまだ言えないけれど「パパ」はもうはっきり言えて、「パパー」と呼ばれるたびに「どしたのぉ」と、とろけそうになっている夫が、とても羨ましいです。早く私も呼ばれてお返事したいなぁ。
 最近、私や夫から顔に息を吹きかけられて逃げ回る遊びが流行っていて、寝る直前までそれをして遊び、テンションがあがりすぎてよたよたして転んで軽く頭を打ち、泣いておっぱいを飲んで、そのまま夜はすとんとねんねしてくれました。

# by papiko-gokko | 2012-02-01 22:47 | Diary
新作おもちゃ。娘の声と言葉と怒り。
 ちょうどいいサイズの箱が手に入ったので、包装紙を張りつけて、いろんな形の穴をあけて、新作おもちゃを作りました。穴は、積み木の形にあわせて切り抜いてあります。毎月のように届くこどもちゃれんじのダイレクトメールに、丸や四角や三角のブロックを、同じ形の穴が開いたバスに入れるおもちゃの教材が載っていたので、それを参考にして作りました。今のところ入会の予定はありませんが、ダイレクトメールが届いた時には必ず一通り目を通して、ひそかに何かと参考にさせてもらっています。
 出来上がったおもちゃで遊ばせてみたところ、積み木を渡すとせっせと入りそうな場所に突っ込んで遊んでくれはしたものの、割とすぐに飽きてしまいました。少し前に、うさぎの顔を描いた型紙の口をペットボトルのフタマラカスがちょうど入るくらいの大きさにくり抜いたものをつくったときはとても喜んで、「あーん」と言いながらフタマラカスやら明らかに入らない大きさのものやら延々と食べさせて遊んでくれたのですが、今回はお口に「あーん」じゃなくて単純に形の遊びなので、まだちょっと難しいのかもしれません。箱の外から中に積み木を入れる遊びかたのほかにも、箱の内側から指人形をひょこひょこ出したりひっこめたりして、もぐら叩きっぽいことをすることもでき、娘は今のところ、そちらの遊びかたのほうが楽しいみたいです。
 おもちゃ作りは楽しくて、古本屋で絵本を買うのと同じくらいストレス発散になります。作ったもので娘が遊んでくれている姿を眺めては、満足感に浸っています。手作りおもちゃは安上がりな代わりに強度が低いのが難点で、今日さっそく上に乗ろうとして思い切り体重をかけてへちゃげそうになったので、あっという間に壊れてしまいそうです。気に入ってくれるようならまた何度でも作ろう。

 今日は娘が5時半に元気いっぱいで起きて、朝から絵本を何冊も何度も読まされました。ストーブの前で体を小さくして読みながら、寝起きの掠れ声に、絵本は合わないなぁと思いながら、でも読むのをやめると怒って大きな声を出すので、夫と近所の皆さんの眠りを妨げないために、読み続けました。
 最近、娘の声が大きくなって、しかも大きい声を出せば私がなんでも娘の言うことを聞くと思っているふしがあり、ちょっと困っています。何かをして欲しいときには、今の娘がしゃべれる数少ない言葉のひとつ「はい」を最大限に利用して、とにかく「はい!」「はい!」と、お腹から声を出して要求し、思い通りにならないと「はーいーーー!!!はーいーーー!!!」と顔を真っ赤にしながら力いっぱい泣き叫びます。「はーいー!」って怒る赤ちゃんなんて、イクラちゃんぐらいかと思っていました。
 こんなに娘がやたらと「はい」を使うのは、私が普段よく「はい」を使っているからなのだろうかと、今日一日娘に対する自分の発言を意識してみたら、思いのほか多用していて驚きました。例えば何かを渡すとき「はい、どうぞ」、何かを渡されたとき「はい、ありがとう」、ぐずる娘に「はい、わかったわかった」、絵本を読み終えたとき「はい、おしまい」、娘が良いことをしたとき「はい、よくできました」、お出かけ前に「はい、準備完了」、ご飯のとき「はい、いただきます」「はい、ごちそうさま」などなど、一日中はいはいはいはい、事あるごとに言っていました。口癖って、こんなにうつるものなのだなぁ。これからはこうして、娘のおしゃべりから自分の言葉遣いの特徴を気づかされることが、多くなりそうです。
 「うん」「はい」以外の言葉はまだほとんどでませんが、何かを渡してくれるとき、たまに「はい、どじょ(どうぞ)」と、言えるようになりました。それからお風呂に入るとき、「お風呂入る?」と聞くと、「はいゆ」とか「はいしゅっ」とか、答えるようになりました。イヤイヤと首をふる動作も覚えて、時にはこちらの提案をイヤイヤで拒絶することもありますが、まだ今のところ、拒絶を訴える手段は怒り泣きのほうが断然多いです。
 ご飯を食べるときも、歯磨きのときも、自分でスプーンや歯ブラシを持ちたくて、今日も怒り泣きしまくりでした。やりたいという気持ちが日に日に強まっていく一方で、今できることの限界がわかっていないので、それを怒りとして私にぶつけてくるのだろうと思います。きっと、もう少しいろんなことができるようになれば、こんなにすぐ怒るようなことはなくなるのではないかなぁ・・・そうだといいなぁ。

# by papiko-gokko | 2012-01-31 23:16 | Diary
振り回し振り回されて腹を立てそれでも一緒にいるのが家族
 夫が休みの日曜日。今日こそ3人で公園へ行って娘に外を歩かせてやろうと思っていたのですが、寒さが厳しい上に風が強くて、また断念しました。春が待ち遠しいです。
 寒さなんてなんのその、娘は今日も元気いっぱいで、泣いたり怒ったりばらまいたり踊ったりと忙しく、なんだかもう、わが家の暴君といった感じです。昨日までは野菜が好きで、なんでも食べていたのに、どうしたことか今日からいきなり、野菜を口に入れるとべえーっと吐き出すようになってしまいました。トマトも、ほうれん草もべえっと吐き出して、今日はほとんど果物(朝のバナナとおやつのみかん)でしかビタミンを摂取していません。これまであまり積極的に食べようとしなかった食パンを、今朝はむっしゃむっしゃと食べたし、どうも味覚に変化が表れてきているようです。これからもこんな感じで変化していくのだろうから、あまり神経質にならず、たくさんある食べ物のなかから嫌いなものを見つけるのでなく、好きなものを増やしていけるように、楽しく美味しくを心がけようと思います。せっかく作ったものをこぼされたり吐き出されたりすると、ついつい、イライラァッとしてしまうけど、そこは深呼吸で乗り切って、がんばろう。
 一日中、娘に振り回されているようでもあり、逆に娘を振り回しているようでもあり、どちらにしても、娘の起きている間はずっと、時間も体もぶんぶんまわって目まぐるしくて、娘が絵本を持ってきて膝の上に座るひと時だけが、台風の目のように、ふうっと穏やかで、その時間が大好きです。お互いに振り回されて振り回して、調子を狂わされまくりながらそれでもやっぱり一緒にいたい、家族ってそういうものだと私は思うから、娘は1歳になって、ますますしっかり家族の一員になったということなのでしょう。大変だけど、この大変さは、後から思い出した時に宝物になるに違いないので、今を存分に味わって愛おしみながら暮らしたいです。と思いつつ、すぐにイライラしてしまうんだよなぁ。

# by papiko-gokko | 2012-01-30 01:01 | Diary
ため息を子に真似されて私には明るさだけが許されている
 生活リズムを保つために散歩は欠かせないのだけれど、なにしろ寒くてあまり外を歩く気になれず、昨日と今日は近所の古本屋へいって、昨日7冊、今日また1冊絵本を買いました。娘の好きなせなけいこの絵本と長新太の絵本を5冊(せなけいこ『いやだいやだ』『あーんあーん』『もじゃもじゃ』、長新太『サラダでげんき』『ごめんなさい』)、私の好きな林明子の絵本1冊『おいていかないで』、それから前から欲しかったエッツの『もりのなか』と、外国の作者の絵本を2冊(『カングル・ワングルのぼうし』『あたまのうえにりんごがいくつ?』)買いました。ちなみに最後の2冊は、昨日休みで一緒に散歩をした夫の選んだものです。私はいつも自分が子供のころに慣れ親しんだ絵本や、世間的に有名な絵本にばかりに目が行くのですが、夫はそういった先入観を一切持たずにその場で開いてぱぱっと選んで、「これなんかおもしろそう」と即決し、それが大抵とても素敵な絵本だったりするので、絵本に限らず、本を選ぶセンスに関しては、恋人時代からいつも感心させられっぱなしです。
 最近、古本屋で絵本を買うことがなによりの個人的な楽しみでありストレス発散になっていて、ついにこれまでの本棚に入りきらなくなったので、CDを収納していた棚を開けて、絵本の本棚にしました。最近娘がCDやMDを棚から出すようになって困っていたので、ちょうどいい機会でした。嬉しいことに、今のところ娘も、朝起きてすぐ絵本をよんでとせがみ、夜も数冊読み終えて「もうおしまい」と言うと泣きだすくらい絵本が大好きで、おかげで選ぶのにも張り合いがあります。
 これはつまり、私が楽しんでいると娘にもそれが伝わって楽しくなるし、逆に私が楽しんでいなければ娘も楽しくなれないということなのかもしれません。散歩のとき娘がいつも仏頂面なのは、私が外をあまり楽しめていないからなのかなぁと、責任を感じています。ただ眩しいだけなのかもしれないけれど。暖かくなったら、しっかりお外の歩き心地を体験させてやりたいです。娘と一緒に、少しずつお外の世界と仲良くなろう。

# by papiko-gokko | 2012-01-29 00:05 | Diary
明け方の夢のほとりに住む象に案内されて寝がえりを打つ
 出張でタイへ行ってきた父から、お土産にゾウのぬいぐるみが届きました。可愛い!見た瞬間ひと目ぼれしました。魅力的な色合いで描かれたゾウの絵柄の布で出来ていて、重みも形も大きさも絶妙に愛らしく、首には金色の鈴がついていて、リンリン優しい音がします。なんだか、夢のほとりに住んでいそうな、異国情緒漂うロマンチックなゾウ。手にとって眺めるたびにうっとりします。ゾウと同じ柄の布で出来たメガネケースふたつも一緒に届き、それが私と夫へのお土産で、ゾウは娘のものなのですが、今のところ私のほうがこのゾウに夢中です。
 娘はどういうわけか、このゾウに対して若干の敵対心を抱いており、そばに置くと、平手打ちで倒すばかりします。仲良く遊んでいるところを写真に収めたくて何度もそばに置いたのですが、そのたび瞬時に平手打ちし、ひどいときには両耳をつかんで逆さづりにしていました。ひどいです。でも、しつこくゾウで話しかけ続けたら、時々はおままごとのナスビを食べさせたり(鼻に押し付けたり)もしてくれました。そのうち「ゾウさん」というものをしっかり認識できるようになれば、もっと仲良くなってくれるかな。娘の心の友として、ちょうどこれぐらいの大きさのぬいぐるみが欲しかったので、このゾウがそうなってくれたらいいなぁと思います。

 今日は娘に振り回されっぱなしの一日でした。お散歩にでたタイミングが悪かったらしく、郵便局でぐずり始め、その帰りにちょっとだけベビーカーで寝たことによって、帰ってきてからお昼寝をまったくしてくれず、そのせいで夕方からものすごく不機嫌になり、抱っこしていないと泣く状態でご飯を食べさせ、お風呂に入れて、お風呂からあがったらなぜかハイテンションになり、寝かしつけようとしても布団から結局10時すぎまではしゃぎ続けていたのでした。
 いたずらも次から次へと本当にすごくて、夕食を作っているときには、妙に大人しくしているなと思ったら、手の届く棚に入れてあった、そばの乾麺を袋から出して、ばきばきに折ってばらまいていたのでした。ボウルや鍋や本やCDや離乳食やコピー用紙や、とにかくなんでも、手に届く場所に収納してあるものは片っ端から引っ張り出して床にばらまきます。それが自分の使命であるかのように、一生懸命ばらまき尽くします。一日に何度、同じものを元の場所に戻すことか。
 なんだかもう、寝るまで絶え間なく娘の要求に答え続けていた感じで、ランプの精にでもなった気分でした。叶える願いは3つどころじゃないけれど。1歳児のパワー、すごい。しっかりしなければ。明日は夫が休みなので、ちょっと外を歩かせたりして、みなぎるパワーを発散させるつもりです。

# by papiko-gokko | 2012-01-27 01:11 | Diary
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