日記と短歌
by papiko
乾いた目海にさらせばまばたきのたびぐびぐびと青を飲み込む
 長女が無事、幼稚園を卒園式しました。卒園式はとても厳粛で穏やかな雰囲気の中で行われ、誰もが立派に背筋を伸ばして座り、起立もお辞儀もみんなきちんと美しく、大きな声で返事をして、一人ひとり、誇らしそうに卒業証書を受け取っていました。大きな声の挨拶やお辞儀が苦手だった長女も、よく通る声で返事をして立ち、引き締まった顔をして卒業証書を受け取り、ゆっくり深くお辞儀をして、それから私に満面の笑みを向けてくれました。卒園児全員が一言ずつ自分の考えた言葉を言う場面でも、長女はよく聞こえる声で自信たっぷりに台詞を言っていました。たった1ヵ月前の生活発表会ではまだ少し心細そうで声が小さかったのに、卒業という行事が、長女の心を大きく成長させてくれたようです。胸に花をつけ、みんなみんな最高にいい顔をして、たくさん練習したのであろう歌を元気いっぱい歌っていました。卒園児たちが幼稚園生活で得た自信と思い出が、キラキラ降り注いでくるような、まぶしいやさしい卒園式でした。いろいろなことがあったけれど、長女はまっすぐな心のまま、大好きなお友だちと、楽しく元気に通うことができ、本当によかったです。最高の幼稚園生活をありがとう。
 卒園式の日、人生初の託児経験をした次女のほうは、預けられると分かった瞬間から、ひきつけを起こしそうなほどの大泣きで、私と夫にしがみついて離れず大変でした。私がいるといつまでも駄目そうだったので一足先に離れ、夫が時間ギリギリまでそばにいてから、泣かれながらもその場を離れ、卒園式が終わってすぐに次女を迎えに行くと、次女は保育士さんに抱っこされて、恨みがましい目つきで窓の外を睨みつけていました。ほかの子たちはおもちゃで遊んだりしているのに、次女はまったく遊ぼうとしなくて、ずっと抱っこしてもらっていたそうです。まったく、迷惑をかけてしまいました。これからの1年間でもう少し人見知りを克服しなければ。

 春休み最初の思い出に、車で広島の港まで行き、そこからフェリーに乗って、大久野島という、うさぎの楽園と呼ばれている島に行きました。
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 フェリー乗り場は三連休とあって大行列でしたが、1時間弱待ってなんとか乗ることができました。海の上は風が強くて冷たくて陸よりだいぶ寒かったけれど、そんなこと気にならないくらい爽快な眺めで、15分足らずの短いあいだ、心ゆくまで海を眺めていました。子どもたちも船に大興奮の様子で、船が作り出す波の真っ白な泡立ちを見ていました。子どもには、遠くに浮かぶ島々や水平線や青空よりも、すぐそばで刻一刻と形を変える波の泡立ちのほうが、面白かったようです。
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 上陸したうさぎの楽園は、想像していた以上の楽園っぷりで、本当にあちこちにうさぎがいて、人間を恐れるでもなく、かといって愛想を振りまくでもなく、眠たそうにまるまっていて、近づいてくる人間から気ままに餌をもらって食べていました。長女もうさぎを見つけるなり大喜びで、持参したニンジンをあげていました。幼稚園でもうさぎのお世話をしていたから、ある程度、扱いに慣れていたようです。次女は最初怖がって私にくっついていましたが、楽しそうな長女を見ているうちにだんだん心がほぐれたらしく、最後のほうは長女と一緒になって、怖がりつつも楽しそうに餌をやっていました。私も次女と一緒で、実家の犬以外の動物と間近で触れ合うのは少し抵抗感があるというか、恐怖を感じてしまうのですが、そんな私でも、このうさぎたちの可愛らしさにはとろけました。
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 うさぎとの触れ合いの合間に、海の見えるベンチでお弁当も食べました。外で食べるお弁当、とくに美しい自然を見ながら食べるお弁当はやはり最高です。寒い冬のあいだ、お外でお弁当を食べられる日を待ちわびていた子どもたちもニコニコ笑顔で、そんな子どもたちの楽しそうな写真をパシャパシャ撮りながら、幸せでした。春の真昼の瀬戸内海は、キラキラのどかに輝いて、いろいろな形の島がぽくぽく浮かんでいて、三角の帆を立てたヨットやモーターボートが気持ちよさそうに行き来していて、眺めていると、瞼が重たくなりました。
 帰りのフェリーもかなりの行列でしたが、3時前には本土に到着して、再び車に乗り、夕方暗くなる前に帰ることができました。途中、なぜか長女も次女も、同じ場所で木の手すりに手をこすりつけていくつもトゲが刺さるというハプニングはあったものの、それも家に帰って抜き取り、無事に冒険の一日が終わりました。
 直島以来の島観光、今回もかなり面白かったです。ちょっとフェリーに乗るだけで、日常とはかけ離れた異世界にワープしたような気持ちになれてしまうから、島巡りって、やけに楽しい。癖になりそうです。瀬戸内海にはまだまだ行ったことのない島があるので、どんな島があるのか、よく調べてみよう。


# by papiko-gokko | 2017-03-20 22:24 | Diary
また今日も椅子取りゲームしたかった卒園なんてよく分からない
 幼稚園、最後のお誕生日会、最後のお弁当日、最後の放課後園庭開放。一つひとつ、最後が通り過ぎていきます。今朝、園門で立って園児に朝の挨拶をしている園長先生に、ついにはじめて、きちんと立ち止まって目を見て頭を下げて大きな声で挨拶をする、ということができました。
 最初のころは、まず大きな声で挨拶することができなくて、年長になったころやっと大きな声を出せるようになり、立ち止まって先生の目を見るところまでできるようになったのは、2学期の終わりごろでした。しかし、残る課題であるお辞儀は、恥ずかしいのか、タイミングが難しいのかなかなかうまくできず、あるとき私が「お辞儀もするんだよ」と注意すると「おかあさんは言わないで!」と怒ったので、それ以来何も言わずに、毎日祈るような気持ちで、挨拶する長女の後ろ姿を見ていました。昨日までは、先生の前で立ち止まるところまではできても、どうしても頭が深く下がらなくて、ヤキモキしていたのですが、今日突然、びっくりするくらい、これまでとは比べものにならないきれいなお辞儀をして、大きな声で挨拶できたのでした。
 最後の最後でやってのけるなんて、うちの子ってば最高じゃないかと、つい親バカなことを思いつつ、元気な背中をいってらっしゃいと見送ったら、なんだか急に、体中の力が抜けてしまって、再び自転車にまたがる気がしなくなって、次女を乗せたまま、家まで押してふわふわと歩きました。途中で同じクラスの子とすれ違い、挨拶を交わしながら、ふいに泣きそうになりました。
 卒園が近づいてから、ふとしたことで、涙ぐんでしまいます。幼稚園の体操服を干しているときとか、長女の髪の毛を撫でているときとか、ああこの子、もう幼稚園児じゃなくなるんだなあと思うと、寂しさと誇らしさで胸がいっぱいになります。そんなふうに感慨にふけっているのは親だけのようで、長女本人はケロッとしています。ただ、卒園したらもう今のクラスのみんなとはもう遊べなくなるんだというのは、なんとなく分かっているようで、今日お昼ご飯を食べながら「もっと椅子取りゲームしたかったのに、今日できなかった」と、うるんだ声でつぶやいていました。つられて私も泣きそうになったけれど、新一年生になる喜びが、そんな寂しさは吹き飛ばしてくれることでしょう。ここ最近、ますます一年生になる自覚が芽生えてきたのか、朝の着替え準備やティッシュハンカチの用意を自分でするようになるなど、また一つ、大きく成長した気がします。
 長女がはじめて経験する、慣れ親しんだ日常との大きなお別れ。まったく、長女にとっても私にとっても、なんて濃厚な2年間だったことだろう。しんどいこともあったはずなのに、別れが直前に迫ると、それも含めて何もかも眩しい思い出に思えてきます。別れが昨日までの日常を遠い過去に変えるたび、自分の人生に愛しいものが増えていきます。

# by papiko-gokko | 2017-03-15 23:09 | 幼稚園生活(長女)
3月11日
 東日本大震災から、今日で6年が経ちました。数日前から、テレビニュースでは震災関連のことをたくさんやっていて、それらの映像を見るたび、当時のことを鮮明に思い出し怖くて苦しくなり、チャンネルを変えたい気持ちと、だけどこの時期ぐらいしっかり直視して向き合わなくてはという気持ちのあいだで揺れながら、見たり目をそらしたりしていました。あの日、東京にいてまだ生後1カ月だった長女が、今はもう6歳になり、卒園と入学を目前に控えています。その時間の流れを思うと、いろいろな感情がこみ上げてきて、6年間という時間の重みを受け止めきれなくて、意識から音と時間が消え、途方もなく遠いどこかへ投げ出されたような気持ちになり、涙が出てきます。
 6年の歳月であの日の恐怖はまったく色あせることなく、忘れるはずがなく、今もしょっちゅう、あの日によく似た恐ろしい地震の夢を見ます。東日本大震災と、そのあとの原発事故で、同じような毎日が平穏に続いていくことが、どれだけ幸せでかけがえのないことなのかを、思い知りました。そして、思いがけない事で突然に壊されてしまった日常と心を元通りにするのが、どれだけ難しく時間のかかることなのかも知りました。あのとき、怯えきっていた私に周りの人たちがかけてくれた「みんなもう普通に暮らしてるよ」という言葉が、励みにもなったし、同時に、追い詰められもしました。きっと誰もが、表面だけでも普通にしてこれまで通りの日常を過ごすことで、心のバランスを保っていたのだと思います。しかし、まだ首も据わらない長女を抱えながら、私はとてもじゃないけれど普通になんて戻れず、もはや普通がどんなふうだったのかも分からなくなっていました。そんなときある人が「被災地にいなくても、あなただって恐ろしい経験をしているのだから、無理に普通にしなくていい、あなたも怖がっていい、傷ついていい」というような内容のメールをくださって、救われたのを覚えています。
 東京にいた私でさえこんなに痛みが残っているあの日の震災で、大切な人を失ったり住む家を奪われてしまった人たちは、どれほど重たく長い6年間を過ごしてきたのだろうか。それはもう想像を絶することだけれど、今日はそれでも、時間をかけて想像します。あの日、あまりにも辛い経験をした人たちが、どうか、やわらかな気持ちで笑える日が、一日でも多くなっていきますように。そして、もう二度と、あんな恐ろしいことが、起こりませんように。日常を愛しています。

# by papiko-gokko | 2017-03-11 22:26
今ここで君を見送ることにした振り返れないぐらい夕焼け
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 久しぶりに、次女と外でシャボン玉遊びをしました。まだコートは手放せないけれど、着実に春が近づいてきています。私の場合、スピッツが聴きたくなったらそれはもう春。夫の場合、スーパーでホタルイカに出会ったら春のはじまり。たぶん人それぞれに、春をキャッチするアンテナがあるのでしょう。長女は春が近づくと、靴の中にたくさん砂が入ります。去年の春をほとんど覚えていないであろう次女は、「春は、ころんでも、痛くないの? 」と私に尋ねてきました。それは毎日のように転んでいる次女がいちばん知っていることだと思うのだけど、どうなのだろう。どうしてそう思うのか次女に問い返すと「だって、春はかわいいピンク色なんだもん」という、乙女チックな答えが返ってきました。
 秋に植えたチューリップも、大きくなってきていて、水のやり甲斐があります。芽を出すまでは、ただ土に水をかけるだけで、いまいち花を育てている実感がなくて、本当に芽が出るのだろうかと不安だったけれど、土の中で、ちゃんと育っていたのだなあと、こうして育ててみてはじめて植物の底力を知り、感動しています。長女も次女もそれぞれ5つずつ植えたのですが、なぜか長女のほうは、6つ芽がでていて、不思議です。一つの球根から二つの芽が出ることもあるのかな。次女のほうは、一つ植える前に球根を踏んづけてしまったのに、ちゃんと五つ芽を出してくれました。少し前に幼稚園から持って帰ってきた長女の鉢植えも隣に置き、とても春らしいベランダになりました。チューリップ、このまますくすく育って咲いてくれますように。楽しみです。

 長女の幼稚園生活が、あと片手で数えられるほどになり、今日はこの1年間に作った作品をどっさり持って帰りました。どの作品も、心から楽しんで取り組んだのが伝わってくる作品ばかりで、勢いがあって愉快できれいで、ああこの子は幼稚園を全力で楽しんだんだなあと、嬉しくなりました。振り返ってみると、親として、あの時もっとああしてやればよかった、こうしてやればよかった、あんなことしなければよかったと思うことがいくらでも浮かんできてしまうのだけれど、そんな頼りない母親でも、長女はちゃんと2年間、くじけず楽しく通ってくれました。年中でも年長でも、たまに私と名前を呼び間違えるほど大好きなお友だちを作れたことが、何より嬉しいです。今日も園庭開放の時間、元気いっぱい園庭を駆け回って、慣れ親しんだ遊具で遊び、仲良しのお友だちと笑い合っていました。
 園庭で遊んでいた年長さんたち、どの子もみんな大きくなって、みんなみんな眩しく感じました。あと数日ほどで、この子たちがみんな卒園して、幼稚園の服を着なくなるなんて、嘘みたいです。ずっとずっと、園庭で駆け回っているような気がしてしまいます。子どもたち自身まだ、卒園の意味をあまり分かっていなさそうな無邪気な笑顔で、いつもとまったく変わらない元気さであっけらかんと遊んでいるので、これがいつまでも続くわけではないのだと知っている大人の胸には、余計に寂しさが押し寄せてくるのです。ああ、寂しい。こんなにも眩しくて寂しい。卒業って、こんなに胸の締め付けられるものだったっけ。

# by papiko-gokko | 2017-03-10 22:13 | Diary
なんだって自分でやってみせるから触れるくらいのところにいてよ
 3月4日で次女が3歳2カ月になりました。
 今日ひさしぶりにトイレができて、私も本人も喜んでいます。だんだん暖かくなってきたので、そろそろ本格的にトイレトレーニングをはじめようと思っています。
 最近の次女は、数字やひらがなに興味が出てきて、これはなに?と聞いてきたり、数字っぽいものや、文字っぽいものをしきりに書くようになりました。そろそろ教えたら覚えるのかなと思い、この前あいうえお積み木で遊んでいるときに、「これはなんの字でしょうか」と問題を出してみたら、まだ答えられはしないものの、興味は示して、楽しそうに「アイロンの、あ!」と、私の言ったことを繰り返していました。こうして遊んでいるうちに、だんだん覚えていくのだろうか。長女のときどうだったか、もうあまり思い出せないので、また新鮮な気持ちで次女と言葉との触れ合いを見ています。
 まだ文字は読めなくても、自分で絵本をめくって眺めるのが最近とても楽しいようで、絵を見て自分で言葉を考え、「ちょちて、ももちゃんは、おなたちゅいたよーと、いって、ないてちまいまちた!」などと、大きな声で自信満々にでたらめな音読をしています。こういうすてきな絵本の楽しみ方ができるのは、文字が読めるようになる一歩前の今だけだと思うから、毎日、次女がその遊びをはじめると、耳を澄まして、笑いを堪えて聞いています。そして、長女にもそんな時期があったよなあと、懐かしく思い出したりします。寝かしつけのときの読み聞かせでは、かなり長い絵本もじっと聞最後まで聴けるようになり、長女に読んでやっている児童書もわりと楽しんでいるようです。長女に負けないくらい、本が好きな子になってきているみたいで、嬉しいです。
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 私と次女だけで過ごす午前中、私があちこち動いていると、すぐに「おたーちゃん、そばにいて!あっちいっちゃだめ!」とごねて私から離れなくなりますが、そばに座ってさえいれば、別にさほど相手をしてやらなくても、一人で黙々と遊びます。粘土、お絵かき、ブロック、おままごと、なんでも楽しく遊ぶ子です。鞄にあれこれ詰め込んで、帽子をかぶったりマントをつけたりして家中を歩き回るのも大好きなようです。最近見ていて、とくに上手だなと思うのは積み木で、私には考えもつかないような奇想天外な積み上げ方をして、前衛的な近代アートみたいなものを作り上げています。絵の具でも、いつも迷いなく筆や指を絵の具につっこんで、自由にぐいぐい紙に伸ばしていくし、折り紙も思いのままにざくざく切って謎のかたちを量産するし、なかなかに直感的で感覚派の子だなあと感じています。聞こえた音を独特の擬音語で表現したり、愉快な比喩を使ったり、そんななにげない言葉を聞いていても、次女が感覚重視で生きているのがよく分かります。長女は小さいころからどちらかというと理屈で考え順序立ててこだわりながら物事をやる子だったので、そのあたりは本当に対称的です。
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 そんな対称的な二人だけれど、だからこそなのか、ものすごく仲良しです。長女が幼稚園から帰ってくると、少し前までとは比べものにならないくらい、長い時間二人で遊んでくれるようになりました。長女が次女に絵本を読んであげていたり、二人にしか分からない世界のごっこ遊びをしていたり、すごろくやカルタをしていたり、ベッドで転げ回っていたり、一緒にお絵かきやお勉強みたいなことをしていたり、とにかくなんでも一緒にしている二人です。ある意味、二人は私なんかよりよほど親密な関係かもしれません。もちろんケンカもするけれど、長引くことはなく、二人とも、相手に腹を立てる気持ちよりも一緒に遊びたいという気持ちのほうがすぐに勝ち、あっという間に仲直りしてまた遊びはじめます。
 次女が長女にべったりくっついて遊ぶ時間が長くなったぶん、私が次女とべったり過ごす時間はますます貴重なものになりました。最近はいろいろな会話ができるようになってきて、一緒に過ごすのがとても楽しいです。今のところ順調にビートルズ好きでいてくれているので、ビートルズをかけると「今日はどのびーとるじゅなの?」「今日はリボルバーだよ」「へえ、りぼりゅばーなんだ」なんていう会話もできたり、キーボードでビートルズのメロディをちょっと弾いてみたら「しょれ、びーとるじゅのうたじゃーん」と即座につっこんでくれたりして、そんなとき最高に幸せな気持ちになります。今日、写真を見せて4人の中でどの人が好きか聞いたら、リンゴ・スターを指さしました。理由は、一番背が低いからだそうです。次女は自分が小柄だから、背が低めの男性が好みだったのか。
 これから春になるので、次女を連れて、散歩をするのが楽しみです。三輪車もうまくなったから、三輪車でお散歩するのも楽しそうです。どこでどんな言葉が飛び出すか、聞き逃せません。たしか長女のときもそうだったけれど、文字を覚える一歩手前のこの時期に飛び出す言葉は、本当にこの時期だけに放たれる輝きがつまっていて、宝物です。

# by papiko-gokko | 2017-03-06 22:27 | 月齢ごとの成長記録(次女)


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